第32話 聖杯のメダリオン
スマートフォンが振動した。榊からグループチャットが入ったようだ。宝のヒントを見つけた、とマリア像の彫刻されたメダリオンの写真が届いていた。
「バテレン騎士団に襲われたって」
榊の端的な説明に、伊織は青ざめる。このチャットを送れるくらいだからきっと無事なのだろうが、物騒な話だ。
「奴ら、俺たちを監視しているようだな」
郭皓淳がコーヒーの空き缶に吸い殻を捨てる。ここにもやってくるかもしれない、とあひる口を釣り上げて不敵な笑みを浮かべる。
「さて、お参りにいこか」
周囲に地元漁船が居なくなったことを確認し、漁船を岩場に寄せる。停泊することはできないため、伊織が操舵しながら待機することにした。
郭皓淳と劉玲はひょいと岩場に飛び降り、島の頂上に続く曲がりくねった石段を登っていく。岩場に木が生えただけの小さな島だ。頂上には三分も歩かないうちに到着した。
そこには木々に守られるようして小さな社があった。潮風に吹かれて木がずいぶん黒ずんでいる。
「これだけか」
郭皓淳が周囲を見回してぼやく。階段の突き当たりの狭い敷地に社だけがぽつねんと建っているのみだ。
「せやな」
先ほどまでノリノリだった劉玲も拍子抜けしている。社の周辺を観察してみるが、注意を引くものはない。社の中を覗き込んでみると、御札が奉納してあるだけのようだ。
***
伊織のスマートフォンがグループチャットを受信した。今度は孫景のところだ。剣が刻印されたメダリオンを発見したこと、そしてバテレン騎士団の襲撃に遭ったこと、御神鏡を取り返したことが書かれていた。
洞窟の光が示した五箇所に同じようなメダリオンがあるのではないか、と予測できる。どちらも十字架の刻印が目印になっていた。
「目印を探せばメダリオンがある」
伊織は社に向かった劉玲に電話をかけようとして、手を止めた。
「あ、十字架だ」
伊織は目を見開く。エメラルドブルーの海に十字架が浮かび上がっている。浸食された磯の岩が武骨な十字架を形作っていた。そう思って見なければ、気付くことはないかもしれない。これは調べてみる価値はある。
劉玲と郭皓淳が石段を降りてくる。その表情を見れば、収穫が無かったことが分かる。
「そこの磯を調べてもらえませんか」
「どういうことや、伊織くん。・・・おっ」
伊織が指差す磯を見て、劉玲は岩を飛んで磯に向かう。しゃがみ込んで十字架を形作る岩を凝視する。
「なるほど、よく見つけたな」
郭皓淳も十字架のシルエットに気が付いたらしく、劉玲に続いて磯を調べ始める。波に濡れて黒い磯の一部に、白い十字架の刻印を見つけた。劉玲が興奮気味に尻ポケットから取り出したナイフを岩の亀裂に差入れる。隙間なく嵌め込まれた蓋がパカッと外れた。
「あったで、伊織くん」
劉玲が嬉しそうに叫ぶ。表にマリア像、背面は聖杯を刻印したメダリオンだ。
「こんな場所に隠していたのか」
郭皓淳は磯を眺めながら感心している。陸地から見えない島の裏側で密かに信仰を捧げていたのだろう。
「やりましたね」
伊織も嬉しさに興奮している。手にしたメダリオンの重みに本当に宝に近付いていると実感できた。
そのとき、港の方から猛烈なエンジン音が近付いてきた。小型のモーターボートが波の上を滑るように一直線にこちらへ向かってくる。
「島に上陸したのがバレたかな」
地元の漁師が怒ってやってきたのだろうか、いやどうも違うようだ。白装束が風になびいている。フードがめくれて、茶髪を逆立てた男の顔が見えた。遠くからでも人相の悪さが窺える。
「バテレン騎士団だ」
伊織は頭を抱える。この漁船のエンジンでは絶対に逃げ切れない。
「おお、来よったな」
劉玲は口角を上げて笑みを浮かべる。郭皓淳もニヤニヤ笑っている。この状況を楽しんでいるのだ。
伊織が漁船を発進させようとすると、茶髪の男が白装束の下からショットガンを取り出した。躊躇いもせず漁船の鼻先を狙い、発砲する。
「ひえっ」
散弾が水飛沫を上げて、伊織は恐怖に身を竦める。
白装束はモーターボートを漁船に横付けする。運転手と、茶髪の男の二人組だ。茶髪はショットガン、運転手は小型マシンガンMP7A1をこちらに向けている。
「お前らは確か、なんつったかな」
郭皓淳は頭をガシガシかきながら名前を思いだそうとしている。全然覚えていないなら言わなくていいのに、と伊織は密かにツッコミを入れた。
「俺は十二使徒のマタイ、この男はペテロだ」
茶髪で目尻の吊り上がった男がマタイ、ボートの舵を取るのがペテロだ。
「貴様は裏切り者のヤコブだな、使徒の名を受けながら許されざる行為だ。貴様には神の裁きを下す」
マタイが郭皓淳を睨み付けながら指差す。怒りで眉間が小刻みに震えている。
「使徒の名って、バイトの募集に来たら勝手にニックネームをつけられただけだ」
郭皓淳が肩を竦める。その態度に、マタイは今にも発砲しかねない。
「待て、その前にメダリオンだ」
ペテロが頭に血が昇ったマタイを窘める。マタイはチッと舌打ちをして向き直る。
「そういうことだ、さっき見つけたものを渡せ」
弾薬を装填したショットガンを突きつけながら手を差し出した。
「わかった、でもちょっと待って」
伊織はその場にしゃがみ込んだ。
「妙な真似をするな」
マタイはショットガンの銃口で伊織を狙い、引き金に手をかける。
「やめい、待てというとる」
劉玲はマタイを制する。マタイは先ほどまで人の良さそうな笑みを浮かべていた男の眼光に、まるで金縛りに遭ったかのように思わず動きを止めた。引き金を引けばこっちが殺られる、何故か一瞬そう感じたのだ。
「何をしている、早くしろ」
マタイは苛立って怒鳴りつける。
「海水を拭き取ったんだ、今渡すよ」
伊織は慌てて立ち上がり、タオルでくるんだメダリオンを震える手で差し出す。マタイは悪態をつきながらメダリオンを奪い取った。その瞬間、こぼれんばかりに目を見開く。
「う、うぎゃああああ」
マタイは絶叫し、ショットガンを放り出してメダリオンを持つ手を押さえている。指の感覚が無くなったのか、メダリオンも手からこぼれ落ちた。
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