第26話 鞭使いの男

 ―船着き場跡

 シモンはブルウィップをしならせ、地面を撃つ。重い風切り音が速度を増し、砂塵が舞い上がる。金髪に染めた髪を後ろにひとつでまとめ上げ、吊り上がったまなじりに四角い顎、鞭を振る腕はがっしりとした筋肉質の東洋人だ。シモンという名は洗礼名なのだろう。


「ここに何がある、言え」

 シモンはブルウィップを曹瑛の足もとに叩きつけ、威嚇する。曹瑛は眉ひとつ動かさず、冷たい瞳でシモンを見据えて佇んでいる。

「それが人にものを尋ねる態度か」

 曹瑛が全く怯えないことに腹を立てたシモンは、ブルウィップを振り回しながら襲いかかる。


 アイザックもそれに呼応し、サバイバルナイフで曹瑛を狙う。鞭の攻撃を避ければ、ナイフの切っ先が襲いかかる。曹瑛は二人の波状攻撃を確実に読みながら最小限の動作でかわしている。

「どうした、軽口を叩く余裕もなくなってきたか」

 アイザックを味方に優位に立つシモンは、頭上でブルウィップを振り回しながら曹瑛を追い詰めた気になっている。

「悪いな、曹瑛。俺は雪山での屈辱を晴らす」

 アイザックは重心を落とし、サバイバルナイフを構え直す。


 曹瑛は背中に隠した赤い柄巻のナイフ、バヨネットを抜いてアイザックのサバイバルナイフを弾き返した。

「ようやく本気を出したか」

 アイザックはどこか嬉しそうだ。

 シモンがブルウィップを振り抜く。曹瑛はサイドステップでかわす。しなる革鞭が積み上げられた土嚢を撃ち、袋が大きく裂けて土が飛び散る。

「お前もこんな風に切り裂いてやる」


 アイザックのサバイバルナイフが死角から曹瑛の脇腹を狙う。曹瑛は後ろ手にバヨネットで防ぐ。すぐに向き直り、アイザックとナイフの交戦が始まる。金属がぶつかる高い音がのどかな真夏の田園に響く。

 シモンはアイザックに集中する曹瑛の頭部を狙い、ブルウィップを振る。曹瑛はバヨネットでそれを弾き返す。隙をついたアイザックの薙いだナイフが曹瑛の腹を掠めた。シャツが横一文字に裂ける。


 曹瑛はチッと舌打ちをする。バックステップでアイザックから距離を取ったかと思えば、シモン目がけて走り出す。シモンは曹瑛を近づけまいとブルウィップを振り回し、牽制する。

 ブルウィップが地面を撃ち、跳ね返ったところをシモンが引き寄せる前にその先端を掴んだ。距離を詰められ、攻撃の威力もスピードも落ちた瞬間を狙ったのだ。

「くそっ」

 曹瑛はブルウィップの先端を巻き取り、思い切り引っ張る。武器を奪われまいとするシモンも柄を握り締めて踏みとどまる。


 しかし、シモンはずるずるとたぐり寄せられる。曹瑛は長身だが細身だ。どこにそんな力があるのかとシモンは驚愕する。アイザックが曹瑛の背後からサバイバルナイフで襲いかかる。

 曹瑛はブルウィップで一気にシモンを引き寄せ、肘打ちで顎を殴りつけアイザックの方へ突き飛ばす。

「うがぁっ」

 シモンは地面に転がった。曹瑛はシモンから奪ったブルウィップを振る。鋭い風切り音、そのスピードは増してゆく。


 シモンは尻もちをついたまま、自分の得意武器をいとも容易く扱う目の前を男を呆然と見上げている。足もとに鞭が叩きつけられ、慌てて立ち上がる。

「相当な訓練を積んでやがる」

 曹瑛の鞭捌きは隙が無い。アイザックがぼやく。

「あいつは一体何者だ」

 シモンが狼狽えながら曹瑛を指差す。

「プロだと言っただろう」


 しなる鞭がシモンの脚を撃った。

「ぎゃっ」

 情けない悲鳴が上がる。続けて腕、大腿と生き物のように動くブルウィップが肉にめり込む。アイザックが動こうとしたところ、足もとに鋭い一撃が飛ぶ。

 綿密に組まれた革の鞭は壮絶な痛みをもたらし、シモンは涙目を浮かべて身動きが取れなくなった。曹瑛はブルウィップを横に薙いだ。

「ぐぐっ」

 瞬時にシモンの首に何重にも鞭が巻き付く。曹瑛は一気にブルウィップを引く。シモンは気道を潰され、呼吸が出来ない。束縛を解こうと首元を掻きむしるが、その力は徐々に失われ、白目を剥いてその場に倒れた。


 曹瑛はアイザックに向き直る。

「ああ、お慈悲を」

 アイザックは両手を胸の前で組んでおどけてみせる。曹瑛は鞭を放り投げ、バヨネットをくるくると弄ぶ。鋭い目はアイザックをじっと見据えている。

「この先も俺たちを狙うつもりか」

「奴らは財宝を狙う異教徒には容赦しないと息巻いていた、本気で狙ってくるだろうな」

 奴ら、と言うからにはバテレン騎士団に忠誠心は無いのだろう。しかし、仲間を狙うのは許せない。曹瑛の暗い瞳に静かな怒りが漲る。アイザックはそれに気が付き、一瞬息を呑んだ。


「俺は財宝が手に入ればそれでいい」

 おどけてみせたアイザックの足もとに何かが跳ねた。曹瑛の背後にライアンと榊が立っている。ライアンは銃口をこちらに向けていた。

「おい、いきなり弾く奴があるか」

 榊が慌ててライアンを諫めている。

「この男は私を侮辱した」

 ライアンは冷酷な表情で平然と言ってのける。


「ライアン。俺はまだあんたとビジネスパートナー契約を諦めていないぜ」

 アイザックはライアンに愛想を振りまいて手を振る。

「貴様のような野良犬と私が組むと思うか」

 ライアンはフンと鼻を鳴らす。

「野良犬でも愛情深く手懐ければ立派な飼い犬として働くぜ」

「くだらない軽口が叩けないようにしてやろう」

 ライアンは再び銃でアイザックを狙う。


「今はタイミングではないらしい、じゃあまたな」

 アイザックは踵を返し、プレハブ小屋の方へ走っていく。エンジン音が聞こえたかと思うと、田んぼのあぜ道をバイクで走り去っていく姿が見えた。


「バテレン騎士団の奴か」

 榊は土嚢の傍らで気絶している白装束を見下ろす。曹瑛も同じように襲撃されたようだ。

「ここに来ることがわかっていたようだ」

 曹瑛はバヨネットを背中に隠したケースに収納し、マルボロに火を点ける。奴らはまるで待ち伏せをしているかのように現われた。

「奴らも結紀が示した五つの場所を知っているのかもしれない」

 ライアンの言葉に、榊はグループチャットで仲間たちに注意を促した。


「腹が減った」

 ライアンと榊が真顔の曹瑛を振り返る。時計を見れば昼時だ。

「この先を行けば海岸で、うに丼専門店がある」

 榊はチェックに抜かりが無い。三人は再び自転車に跨がり、のどかなたんぼ道を海岸へ向かって走り始めた。


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