第4話 イナリとの昼食

「なんか悩み事かー? ラオ?」


 イナリに相談しようと思い、声をかけるタイミングを探っていたら、お昼休みになるとイナリの方から話しかけてきた。


(こういうところが、スゴいよな。イナリは)


 イナリの凄さに改めて関心しながら、ラオは返事をする。


「ちょっと相談があるんだ。中庭にいいか?」


「オッケー。購買でパンを買ってくるから、先に行っていてくれ」


「弁当は?」


「もう食べた」


 ニシシと笑いながら走っていくイナリを見送り、ラオは中庭に向かう。


 ラオのほかにもまばらに生徒がいたが、ラオが座りたかった、端の方においてあるモニュメントの場所が空いていたのでそこの場所をとる。


 しばらく待っていると、イナリが大量のパンを抱えてやってきた。


「相変わらずスゴい量だな」


「購買のパンはウマいからな! ほら、目玉焼きパン! 買えたんだぜ! いいだろー」


 イナリがいう目玉焼きパンとは、ハムとクリームチーズを挟んだサンドイッチの上に、ベシャメルソースをかけて半熟の目玉焼きを乗せた、いわゆるクロックマダムというパンのことである。


 しかし、購買では目玉焼きパンという名称で売られているので皆そう呼んでいる。


「やるよ、ラオ」


 目玉焼きパンを、イナリはラオに手渡す。


「……いいのか? 確か、一番人気でなかなか買えないパンじゃなかったか?目玉焼きパンって」


「いいっていいって。僕は一番大好きなお稲荷パンを買えたから」


 いいながら、イナリは油揚げを挟んだサンドイッチ。


 お稲荷パンの袋を開けておいしそうに頬張りはじめた。


 ちなみに、このお稲荷パンは人気が無くて普通に買える。


 正直、イナリ以外が買っているところを見たことがない。


(スゴいな、イナリは)


 ラオが何かに悩み、落ち込んでいることを悟ったのだろう。


 一番人気の目玉焼きパンをわざわざ買ってきて、ラオに食べさせようとしてくれた。


 ラオは目玉焼きパンの袋を開けて、一口かじる。


 ハムとチーズの塩味の後に、ベシャメルソースの甘さが加わって、卵の濃厚なうまみが口の中に広がる。


 とても幸せな味だ。


 悩みが食べている間だけ飛んでいく。


 モグモグと二人で昼食を食べ終えると、ラオはおもむろに口を開いた。


「なぁ、イナリは神様って信じるか?」


 ラオの荒唐無稽な質問に、イナリは真顔で答える


「ああ、もちろん」


「……そうか。少し意外だな」


「僕は勇者になりたいからな」


「唐突なカミングアウトだな、オイ。勇者って、あの勇者か? ゲームとかに出てくる」


 唯一信用できる同性のクラスメイトの夢が勇者だった。


 剣を振り回して、魔法を打ちたいのだろうか。


 それは、高校生が持つ夢としては、少し幼稚すぎないかとラオは遠い目をする。


「……まぁ、イナリはカッコいいからコスプレしても映えるだろうけど」


「んー、僕の言っている勇者は、そういうコスプレイヤー的な意味じゃないんだけど」


「じゃあ、なんだよ。魔王でも倒したいのか?」


「魔王なんていないでしょ」


 それはそうである。


「僕はね、人を助けたいんだよ」


「人を助けたい? それで、なんで勇者になりたんだ?」


「勇者ってのは、別に魔王を倒す職業の人じゃないよ?もっとも、僕が言っているのは、『勇気ある者』って意味でも無いけど」


 クスクスとイナリは笑う。


 そんなイナリを見て、ラオは以前から疑問に思っていたことを聞いてみた。


「ちょっと話が変わるけど……なんで、そんなに人助けばっかりしているんだ?」


「んー。皆の笑顔が好きだから?」


 こんな偽善に満ちた言葉を、何の気負いもなく言ってしまえる男が、イナリという少年だ。


「だから、なるべく目に届く範囲で困っている人を助けているんだけど……それも限界があるからな。だから、僕は勇者になりたい」


「……そうか。警察とかじゃなくて?」


「警察の仕事は基本的には『治安維持』。だから、別に困った人を助ける事じゃない。むしろ、救えない人も多いだろうし。ラオの時も、警察は動かなかっただろ?」


 イナリに助けられたときのことを、ラオは思い出す。


 簡単に言うと、ソラやリク、ウミと仲良くなっていたラオに、上級生が因縁をつけてきたのだ。


 そのとき、十名近い上級生に囲まれたラオをイナリがやってきて助けてくれた。


「そうだな。あのときは、ありがとうな」


「僕は何もしていないだろ? あのときは、黄昏さんが頑張っていたから」


「でも、イナリが来てくれたから、大きなケガもなかったし」


 イナリが半分の上級生を相手にしてくれたおかげで、ラオは無事に上級生たちを撃退できた。


 その後、学校や警察に上級生の暴行を訴えたのだが、ラオ達が彼らを撃退してしまったために、一方的にラオが悪者扱いになりそうになってしまった。


 それをウミが情報を集めてくれて、なんとか上級生たちを停学に追い込めたのである。


「あのときから、俺はイナリのことを英雄(ヒーロー)だと思っているよ。いや、勇者って呼んだ方がいいのか?」


「英雄(ヒーロー)も嬉しいよ。でも、僕は勇者になりたいかな?」


「英雄(ヒーロー)と勇者って違うのか?」


「英雄(ヒーロー)は皆が認めた英雄。勇者は神様に認められた存在、って感じかな」


 そんな区別ははじめて聞いたが、イナリなりの解釈なのだろうか。


「神様、か。それが、イナリが神様を信じている理由か?」


 イナリは、ラオの質問に当たり前のように答える。


「ああ。勇者を任命するのは神様って相場は決まっているだろ?」


「そんな相場、どこで決まったんだ……」


「けっこう有名な話だぞ?」


「ゲームとかの話か?」


「いや、現実の話。この地域は多いんだ。神様に認められて、『力』を与えられた勇者の話」


 イナリの答えは、幼なじみだった神様に力を与えられているラオにとって冗談だと笑える内容ではなかった。

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