第23話 2泊3日の修羅場 1

「お邪魔しまーす……あれ」

「お邪魔します。えっと……」


 二人は家の中に入って早々立ち止まった。どうしたのかと二人を見ると同じところに目線を落として凝視している。俺も二人と同じ方へ視線を移動する。


 そこにあったのは女性物の靴……紫都香さんのものだ。


「「お兄ちゃん……」」


 ゆっくりと首を回してこちらに顔を向けて来る二人。身体は微かにこちらに動いたが向こうを向いている事には変わりない。

 元気な詩とどちらかと言えば元気だった有佐の表情が一変した。


「これは、なに?」


「有佐これは誰の? 有佐が居るのに……どういうことお兄ちゃん」


「私聞いてない。妹だよ? この人とはどんな関係なの? 教えてくれたっていいじゃん。むしろ教えるのが普通だよ」


 年下とは思えない程の圧を掛けて来る二人に後退しながらも本当の事を話そうと口を開いた瞬間玄関に紫都香さんが現れる。


「これはわたしの靴です。そしてわたしと悠くんの関係ですが……。一緒に暮らすほどの関係でしょうか。ね、悠くん」


「そ、そうですね。一緒に住んでいます」


 ここでいきなり同居している事を話してしまうのか、確かにバラすしかない状況ではあったけど……。てっきり俺はお茶でも飲みながら話していくつもりだったんだけどな。


「な……?!」


「ウ、ウソ?! 私に内緒で……。どうして言ってくれなかったの?」


 二人の様子が、家に来た時と打って変わって非常に暗めになってしまった。


「まあ、その色々突然の出来事で……兎に角部屋に入ろう、ね」


 言える訳がない。詩に話した場合、可能性として親の耳にも入る可能性がある。それを避ける為に詩には内緒にしていた。


 俺は想定していた通り席について話をするべく中に促す。渋々と言った様子で中に入って来てくれる。


「うそだ、うそに決まってる。有佐のお兄ちゃんが女の人と暮らしてるなんて、だって約束したもん。……分かってたよ。お兄ちゃんが都会に行ってもしかしたら彼女が出来る可能性もあるって。でも、一緒に住んでるなんて……上京まだ全然経ってないのに早すぎるよ」


 有佐が小さい声でボソボソ何かを言っているが小さすぎて聞えない。


「こんなに馴染んでるなんて、いつから同居してたの、お兄ちゃん……」


 二人で過ごしている感満載の部屋を見てあっけらかんとする詩とは対照的に部屋に入ってもボソボソ呟く有佐。


「お兄ちゃんが似合ってるって言ってくれた、好きなはずのハーフアップじゃなくてショートの、それも同世代じゃなくてこんな年増OLと一緒に住むほどの関係になるなんて!!!」


「…………」


 俺だけではなく二人にも聞こえる程の声量で聞こえてしまった一文があった。


『こんな年増OLと一緒に住むほどの関係になるなんて』


 紫都香さんはまだ社会一年目の、見方によってはまだ全然同世代と言っても年の差だ。決して年増ではない。

 これにはさっきまで温厚そうに接していた紫都香さんも流石に怒るかもしれない。そう思った俺は紫都香さんの方を見る。


「……どい。……ひどい。悠くんの前でそんなことを言うなんてひどい。わたしまだ社会に出て全然経ってないし。それにまだ、『学生さん?』なんて聞かれることもあるのに……。悠くん」


 後ろにいた俺に倒れこんでくる紫都香さん。怒ると思っていたがまさか萎れてしまうとは。俺は朝起きて来た時の様に頭を撫でる。


 怒らないで萎れてしまうメンタルはやはりあの就活の時の経験と俺が形成してしまったのかもしれない。

 あの精神的に崖っぷちだった時に十分に誰かを頼れなかった紫都香さんはいつでも頼れる、甘えられる人が出来た事で少しの事でもこうやってへこたれるようになってしまったのかもしれない。


「わっ、お兄ちゃん。それずるいよ~。私にもやって!」


 紫都香さんの隣に立って頭を撫でてもらおうと詩が移動して頭を近づけて来るので空いている手で頭を撫でてあげる。有佐も撫でて欲しいだろうか、とこのナデナデの状況を造り出した有佐を見る。


「そ、そんな……うそだ、有佐と詩ちゃんだけのものだったナデナデが……」


 クリクリ目をぱっちり開けて膝を床に落とす有佐。いくら何でもそんな絶望に浸った顔をしなくても……。


「もういいですか? 紫都香さん」


「ありがとう、悠くん。いつもいつもごめんね」


 離れる時に一度ラスト撫でと言って自分の手を使って俺の手を自分の頭に乗せて手を動かす。紫都香さんだから許せるけど他の人なら許せないかもしれない。


「全然大丈夫ですよ。……ほら詩ももうおしまい」


「はーい」


 詩も快く返事をして潔く離れてくれる。


「約束したもん!! おっきくなったら有佐と結婚してくれるって」

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