第6話 入学式の日

 入学式当日。


 俺は今、これから通うことになる大学前にいる。

 入学試験の時は緊張のあまり周りをよく見れていなかったが今は高揚感に包まれて周りを見ることに必死になってしまっている。


 両親は来ていない。別に嫌われてるとかそういった理由ではなく仕事が外せなかったらしい。二人に電話越しで死ぬほど謝られた。

 終わりよければ全てよし、卒業式にさえ来てくれればそれで俺は十分だった。


 それに来られてしまったら紫都香さんの事をなんて話すかまだ心の準備が整っていない。


 紫都香さんは今日仕事らしいし何時に帰ってくるか分からない。俺が帰ったらレシピを見ながらご飯を作ってみようかな。


 周りの景色に目をキラキラさせていると人が多く集まっている場所があったのでそこが入学式の会場である体育館だと分かった。

 この大学の体育館は全国的に見てもかなり大きくて色んな競技の大会に結構な頻度で使われているらしい。


 体育館の近くにいる人たちは俺を含め大半がスーツだった。和装の人も少数ではあるがいた。皆が体育館の中に入って行くので流れに沿って俺も移動する。

 特段早く来たわけではないので中に入ると既に着席している人が多くいた。


 学部ごとに座る所は決まっており、自分が受かった学部の列に来た人は前から座っていくらしい。俺は中盤辺りに座ることになった。


 右隣には影の薄そうなひょろっとした男の人がいた。顔立ちはかなり整っているように思うのだが猫背な所とか下を向いてスマホの電源を付けて消してと繰り返しているところを見るとイケイケな性格ではないと分かる。電源を付けた時にスマホに映った絵を見て気が合いそうだなと思い、今日中に声を掛けることを心に決める。


 右隣に座る彼をちらっと観察していると俺の左隣で物音がする。座る時に鳴る衣服が擦れる音がしたのでおそらく座ったのだろう。ちらっと横を見ると女の子だった。

 肩くらいまである髪の毛先はクルックルッと巻かれていて姿、立ち居振る舞いから透明感があり清楚だと感じられる。その姿を見るにかなり良いトコ育ちのお嬢さんだと思った。


「あ、あの! こんにちは。隣の方。私の名前は白崎雪葉しらさきゆきはと言います。気軽に雪葉と呼び捨てで良いので呼んでください。それと仲良くしてください。」


雪葉は端の席なので唯一隣である俺に話しかけているのは間違いないだろう。しかし友達作りのスタートダッシュが凄いな。こんな綺麗な人と友達になって悪いことなんて無いだろうから嬉しいけど。

 同性の彼より先に異性である彼女に声をかけられた。  


「よ、よろしく雪葉。俺の名前は上田 悠といいます。悠と呼んでくれたら良いのでよろしく」


 このままの流れで隣の彼にも挨拶を続けようとしたのだが……。


「悠さんは大学に入ってからはしたいことなどはありますか? 私はお友達が欲しいです。中学校と高校には家の用事であまり通うことが出来なくてお友達もあまりできなかったんです。ですから仲良くお話が出来るお友達が欲しくって」


「あ、え、あぁそうなんですね! 俺は正直言って何をしようと思っているか決まってないですね。……それと、もし俺で良ければ大学で最初の友達になりますよ!」


 逆を向こうとしている時に話し掛けられたので言葉が詰まってしまう。


「お友達になって頂けて嬉しいです!! 私と色々したい事をどんどん見つけて行きましょう」


 イイ感じに最初の友達が出来たので次の友達を作る為に再度隣の彼の方を向く。


「ちょっといいかな、隣になったのも何かの縁だし話がしたいんだけど。そのさっき見えたスマホのロック画面に映ってた絵ってvtuberの神凪神速だよね。個人勢から最近スカウトで企業に入ったけどまだ固定ファンがあまりいない。


「そうなんですよ。オレ、個人勢の頃は見てなくてオレが箱推ししてた企業にスカウトで入って来てどんな人なんだろうって思って初配信見たら面白くて、いつの間にかファンになってて今では配信を見ることが生活の優先順位の上位にいます」


「箱推し人で良さが分かる人もやっぱりいるんだな。俺は箱に新しい風が吹くと思って期待してたんだよ。入学式から趣味の合う人と出会えて嬉しいな」


「オレもですよ! ……あ、忘れてました。オレは葵崎蓮あおさきれんって言います。呼び捨てでもなんでも好きに呼んで下さい」


「俺は上田悠です。こちらこそよろしく」


 なんか物凄い圧の視線を左から感じる。あぁそうか雪葉は俺に仲介役になって貰って友達を増やしたいのか、なるほど。



「蓮、彼女は雪葉という子で大学での目標は友達を沢山作ることらしい」


「よ、よろしく。オレは蓮っていいます」


「よろしく。……でも私が悠さんの最初の友だちですから! その辺は覚えておいてください!」


「でも、最初に趣味で意気投合したのはオレです」


 なんでそんなに高圧的なんだ? 友だちを作りたいんじゃ無いのか? それじゃあまるで喧嘩みたいじゃないか……。

 何故か互いに張り合うようにして見合っている。友だちになる雰囲気から徐々に遠ざかっていく二人を見て不味いと思ったので話を逸らす。


「そろそろ始まるのでその辺で一旦終わりましょう。俺が始めた話ですけど、一旦ね一旦」


「悠さんが言うなら」

「はい、分かりました」


 大学の入学式、中学や高校の時とは違いその大学の卒業生である有名人が来る大学もある。

 しかしながら今回の入学式では有名人は来られなかった。名前は知らないが人気俳優が来る予定の所風邪で来られなくなったらしい。


 大学の入学式の特色であるイベントもそんなこんなで進んで行き、やがて終わった。

 両隣はそんな出来事に興味がないのか蓮はスマホを触って配信を見ており、また雪葉は家柄故に頻繁に見ている催しかと言わんばかりの欠伸をしている。

 流石は良いトコ育ち、口を開ける仕草は見せない。ただ輪郭の伸び方と目の細くなる所、目元に現れる少量の涙から欠伸だと分かった。


 やがて入学式自体が終わると、俺だけが感じていて両隣は感じていない緊張感が和らいだ。


 買い物も一人だけでご飯を作れるようになる為の練習もしなければならないので今日行われているサークル勧誘はビラだけ貰ってスルーした。


「悠さん、今日はこの後予定ありますか? もし無ければ入学祝いというか親睦会とかしませんか?」


「悠、後三十分後から始まる配信一緒に見ないか?」


 大学から出ようとする俺に続いて二人もついて来る。


「気持ちは嬉しいんだけど、ちょっと予定があってさ、ごめんね。明日なら大学も健康診断で午前中で終わるから三人で親睦会をしようよ! 皆んなで仲良くしたいからさ」


「まぁ、それでも良いけど」


「つまり蓮さんが席を外している間は二人きり!! 実質デート」


 時折雪葉がブツブツ言っているがよく聞き取れない。

 三人で明日のことを話し合いながら大学の入り口まで着いてしまった。


「お疲れ様。仕事で入学式には行けなかったけど、まぁ保護者じゃないし無理か。でもなんとか間に合ったかな?」


 そこにいたのは仕事に行ったと思っていた紫都香さんだった。

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