第32話 滋賀へ

 香島良一の話を聞いて、荒木警部が口を開いた。


「日比野香が先に行って、お前はその後を追いかけたんだな?」

「はい。僕は香に復讐をしてほしくない。なんとか彼女を思いとどまらせることはできないかと思いました。それで香が3人のうちの誰かのところに行くと思って、それぞれのところに電話をかけました。すると長良渡のところに女の声で電話があったらしいことを聞いて、僕は渡と密かに会うことにしました。香が復讐に現れるかもしれないと警告するために・・・。彦根城の大手門の桜の木の下に呼び出したのです。11年前のことでと言って。」

「長良渡は驚いただろう?」


 良一はうなずいた。


「ええ。電話の向こうで震えているのがわかりました。多分、急いで走ってきたのでしょう。待ち合わせ時間より早く・・・。だが僕が来たときには、彼はもう殺されていた。ナイフで後ろから刺されたようであおむけに倒れていました。僕は香が殺したと思いました。そして彼女はまた殺人をすると・・・。警察より早く彼女を見つけて、やめさせなければと思ってその死体を奥の草むらに隠しました。その後すぐに警備員に見つかってしまい、面倒なことになると思って逃げました。」

「それからどうした?」

「香がまだこの辺りにいるんじゃないかと思って彦根の町を歩き回りました。一晩中・・・。でもそこにはいなかった。」


 荒木警部は腕を組んで聞いていた。彦根の長良渡殺しは良一の犯行ではなかった。日比野香が持っていたあのナイフで殺したのだ。良一は死体を奥に隠しただけだった。


 ◇


 山奥の桜の木の下で日比野香は復讐をしようとしていた。佐川は何とか説得できないかと思っていた。その彼を前に香は饒舌にしゃべっていた。


「まずは長良渡。彼は彦根にいたわ。それは電話をかけて確かめておいた。バーをやっているようでずっと見張っていた。出てきたところを殺そうと思っていたの。すると何か慌てて店を飛び出していったわ。私は後をつけた。すると彦根城の大手門のところで誰かを待っていた。」

「そこを刺したんだな?」


 佐川が聞くと香は微笑んでうなずいた。


「そうよ。ちょうど桜が咲いていた。舞子の復讐をするのに舞台は整っていたわ。後ろから一突き。声も上げずに死んでいった。私はすぐにそこから離れて米原に歩いて向かった。そこで電話をかけた。次のターゲットは立川みどり。次の日の朝、三井寺に来るようにと言って呼び出した。11年前のことでと言うと電話の向こうでおびえていたわ。もう夜は遅いからそのままそこで過ごして、朝に米原から新幹線で京都に向かった。」


 香は立川みどりを三井寺の桜の木の下で殺害しようとしたのだろう。だがその計画は狂った。思わぬ人物が彼女の前に現れたからだ。


「そこで山形警部補に会ったんだな?」

「そう。あの女が偶然、私を京都駅で見つけて尾行してきたようだった。青山翔太殺しの容疑者として良一を追っている途中でね。長い髪のかつらをかぶって変装しているのに気付かれたわ。さすがは警察官ね。私は尾行に気付かず三井寺駅まで行った。そこであの女に声をかけられた。」

「それで山形警部補はどうしたんだ?」

「あの女は私を呼び止めて、事情を聞くからと言って大津乗船場の先の人気ひとけのない倉庫に連れて行った。今から思うと。口封じに私を殺すつもりだったのかもしれないわね。それを良一のせいにして・・・。」

「それでどうなったんだ?」

「私は言ってやったわ。 『舞子を殺した! 人殺し警官! 許さないわ! 証拠があるから警察の上の方に訴えてやる』って。そしたらあの女は逆上して襲い掛かって来た。落ちていたロープで私の首を絞めて殺そうとした。でも私のコートのポケットにはあのナイフがあった。それで思いっきり突き刺してやったわ!」


 香はまた笑った。復讐に喜びを感じているのかもしれない。


「するとあの女のスマホが鳴った。仕方ないから私が出た。」

「じゃあ、あの時・・・」

「そう。最初のあなたからの電話は私が出たの。人を殺した後に刑事から電話なんて・・・。そこでとっさに思い付いたの。入れ替わってしまおうと。」


 確かに佐川が最初に電話をかけた時、山形警部補の様子がおかしかった。上の空と言うか、動揺しているというか・・・。


「この現場にいないことを示すために三井寺にいることにした。確か、電話でそう伝えたわね。それからすぐにあの女に私の眼鏡とかつらをかぶせ、コートとジャケットを交換した。それで何とかごまかせそうだった。それに私は捜査1課で事務員をしていたから、あの女の変わりはできそうだった。」


 それで日比野香と山形警部補は入れ替わったのだった。


「それから三井寺に急いで行き、人のいない山の方でスマホを足で踏みつけて壊したわ。暗証番号も知らず、ロックの解除もできなかったら怪しまれるから。そしてあたかも良一の襲われたかのように、口が開けっぱなしの肩掛けカバンを少し離れたところに置き、私は自分の手と桜の木に手錠をかけた。これであなたに発見されるのを待った。」


 佐川はその時の様子を思い出した。山形警部補が香島に襲われたと疑う余地もなく思い込んでいた。確かに香島が山形警部補を襲ってロープで首を絞め、その後に倉庫に行って日比野香を殺してロープを落としたという説明に違和感を覚えてはいた。ロープが倉庫に落ちていたのはそこで首を絞められたからだった。


「あの女に化けていつ、ばれるか、ひやひやしたわ。元は女優だったから演技には自信があったけど。あの日は彦根に行って帰った後、立川みどりに電話を入れたわ。静岡で青山翔太が殺されているのを知って警戒していたけど、警察官であり、先輩の山形響子なら電話で話を聞いてくれたわ。」

「それで石山寺に呼び出したんだな。」

「そうよ。11年前のことでと言うと、夜中でもあんな人気のないところに来たわ。私はレンタルバイクを借りてそこに行った。彼女は私を山形響子と信じていたわ。後ろを向いたところをあの女がカバンに入れていた警棒で殴りつけた。すごい威力ね。2,3発で頭に穴が開いたわ。これでは警棒で殴ったとわかると思って、近くの石で上から殴ったけど無駄だったみたいね。警棒が凶器だとばれてしまったわ。でもそれが私が持っていた警棒とはだれも疑わない。」


 香はまだ笑っていた。佐川は思った。もしかして殺人が喜びになってしまったのではないかと・・・。

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