第23話 山の奥で

 部員たちは山の奥まで駆けて行ったので、相当、疲れていた。みんながゼイゼイと肩で息をしていた。しばらくは誰も口を開こうとせず、不気味なほどの静寂した時間が流れた。

 舞子はカバンを胸にしっかり抱えていた。やがて息の乱れが収まった彼女は響子を睨みつけて大声を上げた。


「もう怒ったわ! 先生に言いつけてやる!」


 その言葉に響子が反応した。彼女もぐっと舞子を睨みつけた。


「何を言いつけるって言うの? 万引きしたあんたが?」

「そんなの関係ないわ! ここでみんな、お酒を飲んで花見をしてるってね!」


 舞子のその言葉に響子や部員たちははっとした。確かにジュースにしては味がおかしかったし、気分が高揚して顔が火照っている。渡が大和に尋ねた。


「おい、大和。あれってお酒なのか?」

「えっ! そう言えばそうだな。いつも飲んでいるからわからなかった。」


 酒屋の息子である浜口大和は、いつもこっそり店のものを部屋に持ち込んで飲んでいたようだ。ジュースではなくアルコール飲料を。それでうっかりアルコール飲料をこの場に持ってきてしまったようだ。知らなかったとはいえ、高校に知れればただでは済まない・・・部員の誰もがそう思った。舞子はさらに言った。


「こんなことが学校に知れればみんな停学。部は活動停止、いや廃部かもね!」

「あんたも同罪よ!」

「かまわない! もうどうにでもなればいいわ!」


 舞子はやけくそになっていた。もうどうなってもいい。停学になっても学校にも行かずに済むし、軽音楽部もなくなれば少しは苦しみから逃れられるだろうと・・・。

 だが響子は青ざめていた。プライドが高い彼女は不祥事で停学などもっての外だった。それに部がなくなってしまったら・・・響子は舞子を睨み続けた。それはさっきとは違って恐ろしい目をしていた。


「絶対に言うな! チクったらどうなるかわかっているの!」

「あんたたちはもう終わりよ。はははは・・・」


 舞子は笑った。それはもう感情のコントロールできない笑いだった。しかしそれが響子には自分を嘲笑しているように感じた。彼女は立ち上がって舞子の肩をつかんだ。


「そんなことは許さないわ!」

「何するの! 放して!」

「このことを言わないと約束しなさい。じゃないと痛い目に合うわよ!」

「言うわ! そんなことをされてもいいつけてやる!」


 舞子も立ち上がって響子の肩をつかんだ。2人は言い合いながらつかみ合いをしていた。

 そんな2人の争いを見ても、今度は部員たちは止めなかった。舞子が自分たちをチクるという・・・部員たちは響子と同じく舞子に対して反感を持った。それに今までのいじめの復讐のために、舞子が自分たちを脅してくるという恐怖も感じていた。その中には舞子さえいなければと思う者もいたかもしれない。

 響子と舞子が取っ組み合いをして争っているところに他の部員も立ち上がって加わった。


「先生に言うなよ! 俺たちがどうなってもいいのか!」

「もしチクったら許さないぞ!」


 部員たちは舞子を周囲から小突き回した。だが舞子は「うん」といわなかった。彼女にとってここにいる部員全員が敵だった。もうやけくそで暴れている舞子には誰も許せなかった。

 響子や他の部員たちはあくまでも反抗する舞子への憎しみが増すばかりだった。彼女への攻撃は次第にエスカレートしていき、その後は・・・・。

 急に舞子が足をとられて転んだ。その拍子に頭を地面に置かれていた硬い石に打ち付けてしまった。


「あっ!」


 それが舞子の最期の言葉だった。そしてあおむけに倒れて目を見開いたまま、そのまま動かなくなった。頭からは大量の血が地面に流れてきた。


「ま、舞子・・・」


 恐ろしくなった響子が恐る恐る声をかけた。だが返事はない。ゆすってももう動くことはない。ずっとそのままだった。ただ彼女の見開いた眼がじっと彼らを見ていた。他の部員たちはその様子に恐怖を感じた。みんな声を上げることもできず、その場にしりもちをついた。


「し、死んでるのか?」


 やっとのことで渡が口を開いた。


「知らないわよ! 転んで頭を打っただけでしょう。」


 響子はそう言い返すが、どう見ても舞子は死んでいるようにしか見えなかった。大和が勇気を出して舞子のそばに寄った。そして舞子の口に顔を近づけた。


「やっぱり息をしていないぜ。死んでいる・・・」


 その言葉にみどりや葵、若菜が泣き始めた。清彦や和也や正樹は震えて声も出なかった。こうなったら飲酒どころではない。殺人だ。みんなこれからどうなってしまうのかと大いに不安を感じていた。翔太が響子に食って掛かるように言った。


「どうするんだ!」

「あわわわ・・・。」


 響子も言葉にならない音を口から発して慌てていた。しかしそのうちに落ち着きを取り戻してしばらく頭を押さえて考えていた。


「警察を呼ぶしかないか・・・正直にあったことを言おう・・・。」


 大和がそう呟いた。しかし響子がすぐに顔を上げて行った。


「だめよ! 絶対にダメ!」

「じゃあ、どうするって言うんだ! お前が突き飛ばしたんだろ!」


 翔太が大声を上げた。その言葉は(すべて響子がやった。自分は悪くない!)と言わんばかりだった。


「そんなことはないわ。みんなで押していて舞子が倒れて頭を打ったのよ。みんなでやったのよ。」


 響子はそう言い返した。それは(みんな同罪で逃げることはできない)と部員たちに暗に告げていた。その言葉に部員たちは身震いした。


「私たちどうなるの? 死刑になるの?」


 葵が泣きながら言った。


「いいえ。そうならないわ。大丈夫よ。」


 響子の顔は暗く陰湿なものだった。そして冷ややかに部員たちに言った。


「ここに埋めましょう。」

「えっ!」


 思わぬ響子の言葉に部員たちは驚きの声を上げた。響子はそれにかまわず言葉を続けた。


「埋めて隠しましょう。それがいいわ。」

「そんなんじゃあ、すぐにばれてしまうぞ。」


 翔太がそう声を上げた。だが響子は何かに取り付かれているかのように冷静な顔で言った。


「ばれないわ。舞子は家出してきたのよ。ここには来ていないと思うわ。電車もバスも人数が多かったから舞子のことなんか覚えていない。多分、家に書置きしてきているはずだから、家出としてもっと遠いところを探しに行くわ。でも見つからない。そのうちに年月が経って失踪者ということになる。誰も気にしなくなるわ。」


 何気なく話す響子はまるで感情を失っているように見えた。部員たちはただ唖然として聞いていた。


「ここにスコップもある。深く埋めれば出て来ないわ。それにここはもう手入れをしないみたいだし、人なんて来ないわ。それから桜の木の下に埋めれば、根を張って隠してくれるはず。この木を倒してまで探そうという人はいないわ。」


 部員たちは響子の話に引き込まれていた。じっと固唾を飲んで、うなずきながら聞いていた。


「あとはこのことを誰にも言わないこと。何があっても。言ってしまったら、ここにいるみんなは破滅よ。死刑になるのよ! いいわね!」


 部員たちは響子の気迫にすっかりのまれていた。そして全員が同意して大きくうなずいた。その目はすべて冷たい目をしていた。人間としての心を失ってしまったかのように・・・。


「じゃ、掘って! その桜の木の下。」


 響子はやせた桜の木の根元を指さした。そこは土が柔らかそうで掘りやすそうだったからだ。


「わかった。」


 まず翔太と渡がスコップを手に取った。そして穴を深く掘っていった。しばらくして大和と清彦に交代し、それからみどり、葵、和也、若菜、正樹と掘っていった。響子はそれを死んだ魚のような目でじっと見ていた。


「ザッ! ザッ! ザッ!・・・・」


 山に穴を掘る音が不気味に響いていた。その穴はかなりの深さまで掘ることができた。1メートルぐらいの深さはあるかもしれない。響子は頃合いと見て部員たちに言った。


「もういいわ! あれを落として!」


 響子が指差したとは舞子の亡骸だった。今の響子にとってそれは、という物なのだ。逆らえない雰囲気を醸し出す響子を前に、部員たちは命ぜられるがままにスコップを使ってといわれた舞子の亡骸とカバンを穴に落とした。


「ドサッ!」


 と音がして舞子の亡骸が穴の底に落ちた。部員たちがのぞきこむと、仰向けに開いたままの目が彼らを睨むように見ていた。


「ギャッ!」


 部員たちはその恐怖でのけぞった。しかし響子は動ぜずに静かに言った。


「じゃあ、埋めて。上から土をかけるのよ。」


 その言葉に部員たちはスコップで土をかぶせ始めた。また何度も交代しながら・・・。やがて土はかぶさった。響子はさっとその上に乗り、しっかりと足で踏み固め始めた。


「あなたたちもやりなさい。しっかり踏み固めるのよ。もう出てこないように・・・」


 その言葉に引き寄せられるかのように、部員たちもすぐに埋めた土の上に乗って足で踏み固めた。それで地面はしっかりと閉じられた。


「これでいいわ。みんな、いいわね。絶対、誰にも言わないのよ。裏切りは許さない。舞子はここに来なかった。私たちは楽しく花見をしていただけ。いいわね!」


 響子は念を押すように言った。部員たちは催眠術にでもかかったかのようにぼんやりした顔でうなずいた。そして何事もなかったかのようにその山奥の場所から離れた。その一行は響子を先頭にして、来た時の自分たちの足跡をたどって進んでいた。誰一人、言葉を発せず、それは不気味な行進だった。やがて彼女らは何とか花見をしていたレジャーシートのところまで戻って来た

 そこでも部員たちは誰もしゃべらなかった。ただ花見をしていた跡を隠すかのようにきれいに後かたづけをした。もうそこにはもう何もない。部員たちの気配さえ消し去ってしまったかのようだった。

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