第14話 湖上の考察

 湖国は下の荷室に車両を積み込める駐車場のスペースがある。岸壁はもちろん、航行中でも後ろの扉を開けて、直接、ジープやボートを収容できるのだ。佐川はジープを湖国の方に向けた。すると湖国の後方の扉が開いた。彼はそこにジープで突っ込ませて、中の荷室に止めた。そこには航行課の水野がいた。


「頼むぞ! ガソリンを満タン入れてくれ。」


 ジープを降りて後のことを彼女に頼むと、階段を上っていった。捜査課に行くと、そこに荒木課長が机に腰かけて待っていた。


「ご苦労だった。犯人を見たんだな。 やはり香島か?」

「いえ、はっきりとは・・・。あまり遠かったため断定できません。男だと思いますが。」


 佐川はそう答えた。香島のような気がするが、あやふやなことを言うわけにはいかなかった。


「どんな様子だった?」

「遠くから現場を見ていました。私が気付いて近づくと、エンジンボートに乗って逃げて行きました。」


 それを聞いて荒木警部が怪訝な顔をした。


「それは妙だな。なぜ逃げもせず、そんなところにいたんだ。」

「サイレンを鳴らしたジープが湖から来たので、ボートで逃げられなかったのではないでしょうか?」


 だが荒木警部は首を横に振った。


「いや、それは違うな。もともと小型ボートは死体を積んでいるのを観光客に目撃されている。海津大崎だ。そんなところにボートで行くのは見つけてくれといわんばかりだ。つまり犯人は人目を惹きたかったのだ。」


 そう言われれば、佐川はそんな気がしてきた。


「確かに。そうであればあの男の行動は捜査の目をここに引き付けるため・・・」

「そうだ。我々の目をここにくぎ付けに知るためだろう。それなら別な場所で何かが起こっている可能性がある。」


 荒木警部はきっぱりと言った。しかしそれはまだはっきりわからない。しかし見当はつく。狙ってくるのは・・・それは10年前に卒業した日輝高校軽音楽部のOBである可能性が高い。


「警部。狙われるのは10年前に卒業した日輝高校軽音楽部のOBです。日比野香を除いて被害者は皆そうでした。彼らを守る必要があります。」

「わかった。捜査本部に伝える。県警から各所轄に頼むしかないな。」


 荒木警部はそう言って捜査課を出ていった。県警が動けばそのOBの居場所を特定して警護できるかもしれない・・・佐川はそう思った。

 その部屋には若い梅沢刑事と上村事務官がいた。2人の話を聞いていた梅沢が尋ねた。


「犯人はやはり香島で決まりなのですか?」

「多分な。だが動機がはっきりしない。どうして同級生だった軽音楽部のOBを狙うのか・・・」


 佐川がそれを調べようとした矢先に事件が起こって、海津大崎に行ったのだ。


「しかし香島は捜索しても見つかりませんでしたね。緊急配備までしたのに。どこに隠れているのでしょう。」

「まあ、うまく隠れたいたのかもしれない。もしかしたら陸上にはおらず、湖上の舟に隠れていたのかもしれない。それなら湖や川沿いに移動できる。それがこちらの盲点だった。」

「なるほど。」


 梅沢は大きくうなずいた。すると横で聞いていた上村事務員が口を出した。


「梅沢君。感心してばかりいないで犯人を捕まえる方法でも考えなさいよ。」

「いや・・・思い当たらなくて・・・」


 梅沢は頭をかいていた。すると上村事務員はまるで教えるかのように梅沢に言った。


「湖上署が指揮を執って、警備艇やボートを出して航行する船をチェックする。怪しい舟がいないかどうかね。それで犯人の動きを封じて網を張る・・・ということ。」


 彼女はどや顔になっていた。長くあちこちで警察の事務員をしている彼女は、業務のいろんなことに通じている。刑事をしたら、梅沢以上に活躍できるかもしれないと佐川は思っていた。


「上村さんにはかなわないな。できる女は違うな。」


 佐川はそう言葉を漏らした。すると上村事務員はうれしそうだった。


「いやいや、それほどまでは・・・。でも静岡県警から来られた山形警部補はできる人だね。今朝、ここに来たついでに厄介な事務書類を片付けていったよ。」


 彼女は感心したように言った。


(そういえば山形警部補はどうされているだろう。海津大崎の現場に行かれたのか? 彼女も香島の足取りを追っていたがいまだに逮捕できずに悔しい思いをしているだろう・・・)


 佐川はふとそう思った。電話で少し話して彼女へのわだかまりは消えたが、捜査が進展せず、新たな被害者が出てしまったことに責任を感じているかもしれない。とにかく一刻も早く事件を解決しなければならない。県警が動いているから軽音楽部のOBはまず安全だろう。明日は動機の解明のために、家で療養している当時の軽音楽部の顧問であった藤宮氏を訪ねようと思った。


 佐川は上村事務員が入れてくれたコーヒーで一息入れた後、机のパソコンを広げた。メールで捜査一課の堀野刑事からの事件についての情報が送られてきていた。


『被害者は村田葵、28歳。喫茶の店員。死因は頭部の挫傷。傷は棒のようなもので殴られた跡とみられる。』


(今回は立川みどりの時のようにその上から石で殴った偽装をしていない。手口は同じだが、なぜ偽装していないのか? そしてこの棒の正体は何なんだ? 犯人は持ち歩いているのか? )


 佐川はそう思いつつもさらにメールを読んでいった。


『凶器の特定をしている。その形から携帯用の警棒ではないかと推測されている。具体的なメーカーなどについてはまだ不明だ。』


(警棒と言えば、自分も状況によって携帯用の特殊警棒を持つことがある。小さく縮められるものだがずっしりと重い。そんなものはネットでも気楽に買えるものだから足がつきにくいだろう。)


 メールはさらに続いていた。


『遺体発見は午後3時頃、死亡推定時間は午後1時頃。2時間程度の空白がある。村田葵は瀬田にある喫茶「風水」の店員で今日も朝から勤務していたが、昼休みに用事があると急に外に出てから帰ってきていない。殺害現場は瀬田川の川原・・・』


(瀬田川の川原も桜が咲いている。やはり犯人は桜の木の下で村田葵を殺害した。それからボートに乗せて海津大崎まで運んだ。しかし一体、なぜこんな手を込んだことを・・・)


 佐川は疑問に思った。


『村田葵が外出した後、その後で怪しい男が彼女を訪ねてきた。応対した店員ははっきりその男の顔を見ていない。マスクやサングラスで顔を隠していた・・・』


(これは一体どういうことなのか・・・。)


 佐川は考え込んだ。村田葵を呼び出した相手が犯人なら、後で訪ねてきた男は何者なのか? その男は香島なのか? それとも関係のない者か・・・と。メールは続いていた。


『こちらは人員を増やして捜査している。しかしあちこちで殺人事件が起こるのでてんてこ舞いだ。山形警部補は捜査本部に所属しているが、独自で捜査している。今のところ収穫はないようだが、そのうち手柄を上げるかもしれない。噂によると彼女は静岡県警でもかなりの凄腕だそうだ…』


 山形警部補は香島の足取りを追っているのだろう・・・もしかしたら彼女の方が犯人に近づいているかもしれない・・・佐川はそう思った。


(山形警部補にも高島の海津大崎の殺人について報告しておくか・・・。もしかしたらまだ耳に入っていないかもしれない。)


 佐川は山形警部補に電話を入れた。もしかして彼女なら何か手掛かりをつかんでいるかもしれないと。


「はい。山形です。」

「湖上署の佐川です。あれから大変なことが起こり・・・。」


 佐川は高島の海津大崎の事件のことや犯人と遭遇したが逃げられたことを話した。


「今さっき、捜査本部に戻ったところなのでお話が聞けて助かります。こっちも動きがあわただしくなっているわ。」

 確かに電話の向こうからはざわざわした感じが伝わっている。


「被害者の村田葵も日輝高校軽音楽部のOBでした。やはり彼らの過去に何かあると思われます。」

「確かにそうですね。佐川さんの目には狂いがなかったということですね。私が間違っていました。謝ります。」

「い、いえ・・・そんな・・・・」


 山形警部補にそうまで言われるとは思わなかったので佐川は面食らっていた。


「こちらで10年前の日輝高校の軽音楽部OBの名簿が作られているわ。早速、今どこに住んでいるか、調べています。わかった人から近くの所轄署の警官が護衛につくそうです。」


 捜査本部も荒木警部に言われて早速、動き出しているようだ。


「それなら早々に犯人を挙げることができますね。」

「早くそうならないかと思っています。ではまた。お電話、ありがとうございました。」


 佐川には、山形警部補は心なしか、前より元気になっている気がしていた。犯人逮捕の道が見えてきたためかもしれなかった。


 窓の外を見ると、もう日が暮れてきていた。湖国は進路を変え、大津港に戻ってきていた。今日の湖上の捜索はここまでというところだろう。

 思い返すと、昨日から多くのことが起こり過ぎた。あれから方々を走り回った私は気が付けば疲労困憊だった。溜まっていた報告書の山を何とか夜中までには片付けたものの、折角、預かってきた日輝高校の卒業アルバムや名簿も目を通さずに、佐川はそのまま机にうつ伏してそのまま寝込んでしまった。気がつけばもう朝だった。

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