第一章 弱小領地は栄えたい

第八話 ないものねだり

 暑い夏の盛、アルスたちは馬車に揺られて領内を移動していた。


 「田舎だなぁ……」

 「田舎ね……」


 各種作物の栽培、塩鉱山からの塩の採集。

 アンデクス伯領の領民は主にそれらを資金調達源にしていた。


 「市場にありふれているものばかり、これじゃあ少しも豊かになれそうにない」


 予算が枯れるまでのタイムリミットは五年間。

 一見して長く思えるその時間はしかし、産業を興して軌道に乗せることを考えれば短かい。


 「過去のアンデクス伯が残した資料も読み漁ったが、なんのヒントもなかったんだよな」


 馬車の針路は北へ、北の隣国バヴェアリアとの国境へと向かっていた。


 「まもなく最後の村ですよ」


 御者の声と共に見えてきたのはシャルニッツ村だった。

 人口数百の村の門を潜ると物珍しそうな顔で村人たちが出迎えた。


 「これはこれは領主様、どんなご用件で?」

 

 村長がアルスの元へやって来て尋ねた。


 「今、領地の巡視をしているのさ。ときに村長、何か困っていることはあるか?」


 もうこの巡視で何度したかも分からない質問。

 領内に新たな産業を興す、その種を探してアルスは様々なことを訊いて回っていた。


 「新しい領主様は、こんな辺鄙な村にも気をかけてくれるのですかい?」

 「それが領主の仕事だろう?」


 アルスがカッコつけてそう尋ねると、エミリアが隣から肘で小突いた。


 「金になる話を探してる、の間違いでしょ?」

 「シー!!それは言わない約束だ!!」


 小声で言葉を交わす二人に村長は訝しんだ。


 「何かありましたかな?」


 アルスは慌てて


 「いやいや、なんでもないんだ!!それより話を聞かせてくれ!!」


 と、強引に話を変えた。


 「ふむ、そうですな……困っていることと言えば、ここから先は山賊がよく出ましてな、時たま村の娘が攫われるのですよ……」


 村長は困った、という顔で眉毛を八の字にして言った。


 「なるほど……それは困りましたね。うちの兵を僅かですが駐屯させるということも出来ますが?」

 「それは魅力的ですな……しかし仕方ない、と言う程には困ってないので、遠慮しておきます」


 アルスの申し出を村長はやんわりと断った。

 このとき、アルスの中で一つの疑いが生まれた。


 (村の立場からすれば断る理由はないのだがな……なぜ断った?)


 アルスは村長が断った別の理由に思考を巡らせたが他に思いつくものは無かった。


 「なぜ断ったか、疑っておられますな?」


 村長は鋭い視線でアルスを射抜いた。


 「失礼ながら疑っていた」


 そう素直に白状したアルスに村長はニコッと人好きのする笑顔を浮かべて言った。


 「領地様の懐事情を鑑みてですよ。巡視されてきた領主様であれば、この領地にはこれといって産業がないことはお分かりでしょう?少しで出費を抑えたい、違いますかな?」


 アルスの疑いを払拭するように村長は説明した。

 だが、アルスの疑いは確信に至った。


 (そこまで思考が及ぶ時点で只者じゃない。間違いなく何か他の理由があるはずだ)


 そんな確信をアルスはおくびにも出さずに気づかない振りを装った。


 「ふはは、これはお恥ずかしい。実を言えばその通りなのです。この後は他の村人に話を訊いて回っても?」


 そう言いながらアルスはエミリアに目配せをした。


 「これはどの巡視先でも行われているのですかな?」


 村長はエミリアに尋ねた。


 「そうです、領民思いの誇らしい主君でしょう?」


 エミリアは、アルスの意図を汲んでそう答えた。

 もちろん、領民にまで聞いて回る程の時間的余裕はなかった。

 アルスはその嘘を、村長がアルスではない他の誰か、即ちエミリアに尋ねて確かめると読んでいた。


 「そうですか……こんな何も無い村ですがゆっくりとなさってください」


 村長もまた平静を装ってそう答えた。

 そこにあるのは狐と狸の化かしあいというには些か殺伐としたやり取りだった―――。

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