#11B零 クリスマスプレゼント



クリスマスイブ前日の12月23日。



翌日のクリスマスイブに向けての準備をしたいというハルのために、一緒に駅ナカに来た。ちなみに学校は二人してズル休みをしたまま冬休みになった。学校に行ったところでハルと離れ離れになるし、その間になにか問題(突然の病気とか突然死とか代償にかかわるもの)があっても嫌だし、そもそもハルは学校に行くことが絶望的に無理だった。



だって、ハルの通う高校って東京だし。



学校に行っていないこともあってか、毎日のように蒼空から電話が掛かってくる。うざいのなんのって。



ケーキを予約して、それから飾り付けを買い込む。



「なんかさー」

「なに? 東京と違ってダサいのしかないって文句はナシね?」

「そんなこと言ってないよーっ! そうじゃなくて、なんかデジャブってるの。クリスマスの飾り付けどこかでしなかった?」

「……んなわけないじゃん。ハルとクリスマス一緒に過ごすのはじめてだからね?」

「そうだよねー……」



とはいえ、そう言われるとはじめてな感じがしないな。



「あ、そうだ。肝心なこと忘れてた!」

「な、なに?」

「クリスマスプレゼントなにがいい? ルア君はなにがほしいの?」

「……うーん」



2022年の僕は蒼空と一緒にいて(付き合ってもいないのに、今考えると何をしていたんだろうって思う)、クリスマスを共に過ごした記憶がある。とは言っても、クリスマスイベントに出演したあと一緒にいて、ケーキを食べたことくらいしか覚えていない。



そのときは何がほしいって訊かれて、「物欲がない」って答えたんだったっけ。

でも実際は喉から手が出るほど欲しい物があったのに、値段的に考えて蒼空に言えなかった。買ってもらうわけにはいかないって思っていたし。



でも、きっとそれじゃダメなんだろうな。欲しい物がないって言えばハルを困らせるだけだし、欲しい物を欲しいと伝えて、もらったときにちゃんと喜ばないといけないんだって今なら分かる。だって、僕も、ハルの欲しい物を贈って、ちゃんとハルに喜んでほしいから(ただし、高価すぎるものはダメだけどさ)。



「僕はそうだな……」

「スニーカー!! わたしの欲しい物。ルア君とおそろいのスニーカー! 2022年の冬ってさ、仕事入れまくってて、欲しい物を買い逃しちゃったんだよね」

「え? ハルもスニーカーほしいの? 僕もスニーカーが欲しかったんだけど?」

「うんっ! ルア君はどんなのが欲しいの?」



ちょうど2022年の今ごろは、90年代の復刻版のスニーカーが欲しいと思っていたんだった。90年代に流行っていたエアメックスの復刻版、エアメックス95もいいと思うけど、ダンクローカットのパンダモデル(白黒のデザイン)が欲しかったんだ。でも手に入らなかった。だって高いし。高校生が簡単に買えるような値段じゃなかったから。それをプレゼントにもらおうなんて、当時は全然思わなかった。



そもそも、このど田舎に売ってないし。それで2022年の僕は諦めていたんだった。11月頃からずっと安いの探してネットを見ていて、スパーブのみんなとそんな話をして盛り上がった気がする。



「ダンクローカットのパンダ……」

「うそ……わたしと丸かぶりしてるよ!」

「ハルも?」



ググって「これこれ」と話が盛り上がって、ハルは喜んだ。ハイカットのほうもいいなって思ったけど、やっぱりローカットのレトロバージョンが欲しくなって探すことに。



駅ナカのスポーツショップからスニーカーショップを巡っても売ってない。さすがに無理だろうな。あの当時の僕も色々と探したけど売っていなかったと記憶している。ネットでなら買えるけどプレ値(いわゆるプレミアム価格)がついちゃって、高すぎるので却下したくらいだし。



ネットで購入するにしても、今からでは明日には間に合わない。準備が遅かったことが悔やまれる。仕方ないことなんだけどさー。



「ねえ、ルア君」

「うん?」

「欲しい物を妥協して別の代替品をプレゼントするくらいなら、いっそ探しに行かないかい?」

「……どこに?」

「東京に」

「ははは……無理」

「なんで無理なのさーっ! だって、そうしないと買えないぞっ!」

「夢咲陽音と謎の男が一緒にスニーカー買いに来てました。とか、ネットで拡散されたらまずいじゃん。仕方ないから諦めよう?」

「でも、ルア君欲しいでしょ?」

「それは……欲しいけど。でも、スニーカーなんて別にどれでも——」

「スニーカーじゃないよ。気持ちだよ。ルア君の喜ぶ顔を見たいし、一瞬でも幸せになってほしいからプレゼントを送るんじゃないかっ! 妥協したらそこで終わりだよ?」



確かにそのとおりだ。気持ちがすべてだ。困難を乗り越えた上のプレゼントなら価値も倍増するはず。その苦労して入手したクリスマスプレゼントなら、より一層輝くというもの。



「……分かった。じゃあスニーカーを探しに行こう。でも闇雲に探しに行くのはダメだ。念入りに在庫チェックをしてからね」

「うんっ! ちゃんと変装するね」



一度帰宅して下調べをすることにした。在庫の探りを入れるのは僕の役目で、電話で僕とハルの足のサイズを伝えて、2足分確保しないといけない。転売ヤー対策でひとり一足までしか買えないために事情を説明して購入可能かどうかを調べる。



クリスマス前なのが原因なのかどうかは不明だけど、思った以上に売っていない。さらにどこかのインフルエンサーがコーデをアピールしたのかここに来て人気が再燃しているらしく、絶望的な状況に陥ってしまった。



「ねね、ルアく~~~ん」

「……うん? どうしたの?」



振り返るとハルがウィッグとメガネをしてさらにストリート系なファッションに身を包んでいた。控えめに言って似合う。いや、夢咲陽音はなにを着ても似合うのは知っているけど、今回の変装もなかなか可愛い。



「可愛い? かっこいい? ねえねえ、どう?」

「うん、可愛いよ。かっこいいよ」

「ちょっとぉ~~~もっとちゃんと見てよっ!」

「可愛いっちぇッぶへ」



両手で顔を挟まれた。そのままなぜか顔をグリグリしていじられる。やめて?



「ちゃんと見なさいっ! ルア君、君の彼女はがんばってメイクして変装したんだぞ?」

「ひゃい……」



彼女……だったんだっけ? でも、恋人と同じようなことをして、同じような生活をしている。これがただの友達だったら、たしかに不自然だ。



「彼女……か」

「否定しないってことは彼女でいいんだよね?」

「だって……さ」



ハルのこと好きだし。きっとハルも僕のこと……。でも、成り行きでそうなっただけで言葉では伝えていなかった。それでいいのかって、いつも心のどこかで自分に問いかけている。



「今はそれでいいよ。それよりも時間がないからさ。見つかった?」

「ないんだよね。どこにも在庫がなくて……」

「スニーカーフリマアプリのランキングで堂々の1位だもんね。どこもかしこもダンクローカットばっかり。困ったなぁ。もっと早く気付けばよかった」

「でも、まだ掛けていないショップもまだあるから」

「うん。じゃあ、わたしも電話かけるよ。一緒に探そ?」



と言いつつ、ハルのスマホは、誰かからのメッセージを受信する。

ハルは誰かとやり取りをしているらしく、スマホを弄っていると思ったら電話を掛けに廊下に出ていった。いったい誰とやり取りをしているんだろう?



仕事かな?



でも、2022年のこの時期はバリバリアイドル活動をしていたし、電話なんかしたら戻ってこいって言われそうな気がするけど。



ハルは5分くらいしたらまた戻ってきて、何かをググり始めた。



僕はほぼ諦めかけていた。だって、どこのお店に掛けても在庫がなくて、あったとしてもサイズがものすごく小さかったり、逆に大きかったりして絶望的な状況だし。でも、無いから妥協するという選択肢はハルにはないらしい。



どこにもない……。

どうすればいいんだ?



こんなことってある?

普通、一足くらい置いてあってもいいと思うんだけど。



「ねえ、ルア君、水戸にショップがあるの」

「え? 水戸? そんなはず……」

「最近……というよりも2022年12月にオープンしたばっかりのセレクトショップだよ? しかもイオンの中の」

「え? そんなところあったの?」

「わたし、掛けてみるね」



ググった結果をハルに見せてもらった。それは、地元民の僕でも聞いたこともないようなお店で、店主のセレクトしたスニーカーを取り扱っているのだという。マイナーすぎて存在すら知らなかった。



「あ、もしもし。お尋ねしたいのですが。ええ。ダンクローカットのパンダ。えっとレトロのほうです。ええ、え? 本当ですかーーーッ!? わーーーッ!! ありがとうございますっ!!」




え? まさか。



「あったのッ!?」

「うんっ! ちょうど2足だけあるから今日中に来れば取り置きしてくれるって」

「マジで……。っていうかそんなお店なんで知ってたの……?」

「そのショップね、ミオちゃんが教えてくれたの」

「え? ミオが?」

「うん。正直に話します。実はね……ミオちゃんの相談というか心のケアというか。お話を聞いていたんだけどね」



確かに買い物の合間にもスマホで誰かにメッセージを送信しているなとは思っていたけど。そうか、さっきの電話も。まさかミオだとは思わなかった。



「話の流れでルア君のプレゼントの話になったの。そしたら、ルア君はダンクローカットが欲しいんだと思うってミオちゃんが漏らして。ごめん」

「なんで謝るの?」

「なんだか反則技使っちゃった気分。あ、でも、わたしも欲しかったのは本当だからね? 合わせているとか絶対ないからね? それにパンダが欲しいとはまさか思ってなかったから。お揃いの色を履けるのも嬉しかったのは本当だよ?」

「分かってるって。それに……それのどこが悪い話?」

「気分の問題……かな。ルア君から直接聞きたかったんだけど、ミオちゃんから先に聞いちゃったから。なんだかさ」

「……いや、それ気にするところ?」

「気にするのっ! それでもしかしたら水戸のそこのショップで売っているかもしれないってミオちゃんが教えてくれて」



近場で本当によかった。イオンの中のお店には本当に在庫があって正直驚いた。僕がハルの、ハルが僕の、スニーカーを買って帰ってきた。開けるのは明日のクリスマスイブの夜にしようって約束をして、その後ハルは包装紙を買いたいというのでふたりで100均に赴いた。



帰ってきて、箱を包装紙で包む作業に四苦八苦していると、テレビのニュースで聞き覚えのある地名が流れてきた。



『高花市のダンス講師、葛根冬梨容疑者を指名手配しました。葛根容疑者は複数の女児を未成年と知りながら暴行をした疑いがもたれています。現在葛根容疑者は行方をくらましていて警察は行方を追っています』



「まだ捕まっていないんだ……怖っ! 完全に犯罪者じゃんかっ!」

「普通逃げるか……? っていうかそういう人だとは思わなかったな」



ハルが言うにはミオのことはそれほどまでに心配はいらないらしい。ただ、24日のイベントは出ないことに決めたんだってさ。スパーブ自体が葛根を思い出すから嫌だって言っているようで、このままダンスが嫌いにならないことを願う。



「ルア君、明日のイブ楽しみだね」

「そうだな。クリスマスイベントもなかなかいいよ」

「ソーセージとか出るんでしょ」

「ソーセージ……まあ。ドイツチックなイベントだからね」



僕的にはイルミネーションを指していたんだけど、ハルはお腹が空いているのかソーセージに反応したみたい。ハルらしくていい。



「ふふん、ふん♪」



機嫌が良いのか鼻歌を歌いながら包装紙でスニーカーの箱を包んで、また僕にすり寄ってきた。




……幸せな冬だな。





だけど、まさかクリスマスイベントであんな事件が起こるとは思ってもみなかった。






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