#06C 4人目の存在




それから一ヶ月が過ぎた。風が冷たくなる寂しい季節は嫌いだ。だって、心細いじゃない。いや、去年は秋も好きと思っていたから、気の持ちようだと思う。

わたしは、体調不良という名目でアイドル活動を一時的に休止して、貯金を切り崩して生活をしている。立夏さんがまとまったお金を置いていってくれたけれど、まだ手を付けていない。



だって、100万円なんてお金がすぐになくなっちゃうことをわたしは知っている。これはいざというときのために取っておこうって。どこまで行ってもわたしは貧乏性なのだ。少しずつ切り詰めて生活をしないといけない。



先は長いのだから。



「……あぁ」

「ルア君、お腹すいたね。もうこんな時間。ルア君お昼食べようか」

「……あぁ」



自炊にも慣れてきた。昨日の夜作ったカレーを今朝も食べて、お昼にも食べようとしている。ルア君には悪いけど、ほんのちょっとだけ我慢してね。それでもルア君は文句一つ言わず(言えないとも言う)、食べてくれる。



食べ終わった食器を洗っていると、ルア君はわたしの隣に立って洗い物を不思議そうに見ていた。水が気になるのか、手を伸ばして指先で蛇口からあふれる水に触れた。



「気になるの?」

「…………」

「じゃあ、ルア君はこのお皿持っててね?」

「……あぁ」



食洗機に入れるお皿を持っていてもらうお手伝いをしてもらった。片付けが終わり、ルア君の背中を押して再びリビングに移動する。ルア君は表情一つ変えずにソファに腰掛けた。



「ルア君はテレビでも見ていてね」

「……あぁ」



サブスクの中から歌系の番組をチョイスして掛けておくと、ルア君はずっと聴いていてくれる。歌とダンスはやっぱり好きみたい。ルア君らしいよね。



「さてと……」



わたしはその間、ルア君の症状が改善する方法がないかを検索する。ずっと病院を探しているけど見つからない。一度、名医がいると言われている病院に運良くかかれたけれど、検査をしたら「無理です」ときっぱり断られて以来、少しだけ怖くなってしまった。



だって、病院に行くたびに「手の施しようがない」と言われれば、それだけ希望が消えていくような気がするんだもん。少しでもいいから治療をするとか、お薬を出してくれるとか、そういう前向きな答えが欲しいだけなのに。



「あぁ!!」

「ん……あ、ユメマホロバか」



偶然掛かったユメマホロバのライブの映像にルア君は反応してくれた。真ん中で踊る夢咲陽音がわたしだって理解しているのかな……って、んなわけないか。でも、ルア君は前のめりになってじっと凝視しているから、興味があるのは間違いない。



「どう?」

「あぁ! あぁ!」



喜んでいるみたい。自分の曲を聴いて反応してくれているルア君を見ていると、ほろりと涙が溢れた。タブレットで検索する手を止めて、わたしもテレビを見入った。

メンバーのみんなは元気しているかな。この日のライブは汗だくだったけど、楽しかったな。まさかこうやってルア君と観る日が来るなんて、このときは思わなかったよ。あの頃は夢を追いかけて、ルア君と会える日を夢見て、必死に努力して前に、前に全力で進んでいたなぁ。



「日本全国探しても、分かんないや。電話を片っ端から掛けてみても、結局地元の病院に行けって言われるし。名医は3年待ちとかだし。はぁ……」

「まち……まち?」

「そう。待ちが長いの……」



ルア君はタブレットを覗き込んで、広告を指で触れてしまった。



「あぁ、ダメだよ。そこはダメ」

「そこ……だめ?」

「うん。あはは。なんだかえっちだね。そういえばそんなこと言ってルア君とじゃれあったっけ。春が懐かしいね」



広告は……なにこれ。あなたのチャクラを開いてヒーリングします?

なんだ……これ。スピリチュアルかっ! 絶対にお金掛かるやつじゃん。ルア君は光る水晶玉のバナーが気になって触っちゃったのかな。



「ダメだよ? こういうのはお金掛かるの」

「おかね……?」

「そう。お金掛かるの。ルア君、わたし達は貧乏なの」



とはいっても貯金は割とあるし、貧乏っていうほどではないんだけどね。でも、治療費とかその他諸々考えると贅沢はしていられないよ。



「び……んぼ……う?」

「うん。だから、ルア君がお金余っていたら、わたしを助けてね? わたしが困ったらルア君が助けてくれると嬉しいな」

「……たすけ?」



なんて冗談を言っても仕方がないんだよね。ルア君はわたしからタブレットを奪い取って、両手で掴んでディスプレイを覗き込んでいる。



「ルア君返して。わたしは大事な調べ物してるんだよ?」

「……あぁ」



すんなり返してくれるところがまた可愛い。スピリチュアルか。全然信じていなかったけれど、藁にもすがる思いっていう言葉が今はすごく理解できるよ。気晴らしにパワースポットでも行こうかな。近場で、それらしい神様いないか調べてみよう。



この辺は田舎だから神社やお寺の数も多い。



そういえば、昔行ったのは下草の海岸の祠だっけ。あそこはここからちょっと遠いし、第一海を見たルア君がなにをするか分からなくて怖い。もっと町の中にないかな。

近場では年嶽神社かぁ。



ん〜〜〜まあ、信じているわけではないけど、神頼みでもしてみるか。



それにちょっと面白そう。こうして部屋に閉じこもっていてもストレスが溜まっちゃうし、ルア君と散歩がてらお参りにでも行ってみようか。



「ルア君散歩に行こう?」

「……あぁ」



暑くもなく寒くもないちょうどいい気温だけど、夕方になると一気に寒くなるのが海沿いの気候。風邪を引くのも馬鹿らしいから、お揃いで買ったマウンテンパーカー(これは必要だから贅沢じゃないよね?)を着込んでいざ出発。



鳥居をくぐって神秘的な森を抜けて海の見える丘を登り、今度は下り坂を少し歩いて拝殿所の奥に見えるのが本殿みたい。ルア君の分までお賽銭を賽銭箱に入れてお祈りをした。ルア君にやり方を教えても難しいみたいだから、わたしが代わりに手を合わせて願い事を心の中で唱えた。



ルア君がこれ以上辛い思いをしませんように。

ルア君が少しも苦しまない未来が開けますように。



潮風が少しだけ強く吹いて冷たくなってきた気がした。あまり長居はしないほうが良さそうだと判断して戻ることに。



再び鳥居をくぐって、少し歩くと旧道の存在を思い出した。そういえば中学生の頃、この通りに建つ中華屋さんに連れて行ってもらったんだった。ルア君は覚えているかな。



「少しだけ寄り道していいかな?」

「……あぁ」



さびれた商店街……というか昭和の町みたいなところを歩いていくと、中華屋さんは変わらない風体ふうていで店を構えている。相変わらず怪しい感じだけど、まだ営業はしているのかな?



お店の前でルア君と2人で看板を眺めていると、突然、ガラガラと引き戸が開いておばさんが出てきて、わたしはびっくりしてしまった(ごめんなさい)。ルア君は何の反応も示さずにぼーっとおばさんを見ていた。



「あら鏡見くんじゃないの?」

「え、覚えていらっしゃるんですか?」

「なに言ってるのよ。少し前までよく食べに来ていたわよ? 最近来ないからどうしているのか心配してたんだよ」

「そうだったんですか……」



病気をして、療養していたことを言うべきかどうか迷ったけれど、となりにいるルア君はどう見ても以前とは様子が違うし、嘘をつくのもどうかと思っておばさんには話をした。ルア君のことをよく知っているみたいだし、むしろ言ってあげたほうがいいのかなって。



「そう……そんなことが……。それは災難だったね」

「……はい。そういえば、わたし中学生の頃、ここに一度だけ来たことがあるんです。おじさんはお元気ですか?」

「あぁ。うちの亭主は去年亡くなってね。心筋梗塞でさぁ。朝起こしに行ったらもうね……」

「ごめんなさい」

「いいんだよ。それより何か食べいきな。ごちそうするよ」

「……はい、ありがとうございます」



とは言ったものの、さっきカレーを食べてまだお腹は空いていないのよね。でも、せっかくそう言ってくれているし、断るのも申し訳ないかなって思って覚悟を決めてお店に入った。



「ルア君懐かしいね。二人で来るのは何年ぶりかなぁ。あのときはね、結構ドキドキしてたんだよ」

「……あぁ」



壁にベタベタと貼られた手書きのメニューと4人がけのテーブルが6つ。それに壁に掛けられたテレビはさすがに新しい薄型のものになっているけれど、どれもこれも懐かしいなぁ。



「今日はデートかい?」

「そうですね。春亜君も家にこもってばかりでもストレス溜まっちゃうかなって。神社に行ってきました」

「年嶽さま?」

「はい。海が見えて気持ちよかったですけど、少し寒かったですね」

「あぁ、新しい方は海が見えて気持ちいいもんね」

「新しい方……ですか?」



古い方もあるってことなのかな?



「昔はすぐとなりが年嶽さまだったんだよ。よくうちの母親に聞いたけど、空襲がひどくて焼夷弾しょういだんで焼け落ちたって言ってたね。それから戦後には奉遷ほうせんされて今の場所、ほら海の近くに落ち着いたんだとか」

「すぐとなりですか?」

「ああ。公園になってるけど、今でもかわいいやしろは残ってるよ」

「そうなんですね。あとで行ってみます」

「でも気をつけるんだよ? 年嶽さまは御饌みけを奉納する代わりに願いを叶える神様だからね? 昔はよく神隠しがあって、御饌に選ばれたせいだとか言われてたらしいけど、まあ、迷信だわ」

「へえ、こわい神様なんですか?」

「神様に怖いもなにもないよ。心次第ってやつ。ただ、鏡見君が小学生の頃、海岸清掃に行って海に落ちたろ? あれは神様もひどいことするもんだと思ったがね〜」

「……え? 春亜君が海に落ちたんですか?」

「あぁ、そうそう。あと他に3人の子が海に落ちて、とうとう1人は戻ってこなかったわ。あれは可哀そうだったなぁ。音羽ちゃんも生きていればねぇ」

「ええっと……音羽ちゃん?」



小学生の頃、海岸清掃に行ったのは覚えている。もちろんルア君と蒼空ちゃんと一緒に海岸清掃をしたことを今でもぼんやりと覚えているけど、海に落ちた記憶はない。それに音羽ちゃんという名前にはまったく聞き覚えがない。



「音羽ちゃんって……名字を教えてもらってもいいですか?」

「あぁ、蓮根はすねさんのとこの子だよ。蓮根音羽はすねおとはちゃん」

「……蓮根音羽……ちゃん。春亜君と同じ年ですか?」

「そうだよ。鏡見君と仲が良くてねぇ。幼稚園から一緒だと思うよ?」



幼なじみってやつだ。蒼空ちゃん以外に幼なじみがいたなんて、ルア君は一言も話さなかった。いや違う。わたしとも同じ小学校だったのだから、わたしが覚えていないのがおかしいんだ。





蓮根音羽ちゃんっていったい誰……?








——————

#05Cの改稿のお知らせを近況にアップしました。詳しくはそちらのほうで。

今日の近況ノートはお休みいたします。

また、明日と明後日は作者の仕事の都合により更新できない可能性があります。

よろしくお願いいたします(できるかもしれません)

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