#27B 身体を蝕むもの。



——夏まつり当日。




やっぱり朝から駅前ロータリー集合で、これがまた眠い。出かけるという矢先にハルはむくっと起きて寝ぼけていたけれど、僕が夏まつりの準備に行くと言うと超高速で準備をして付いてくるのだとか。別に一度帰ってくるんだから寝ていればよかったのに。昨晩、あんまり眠れていないんだからさ。



「これからなにをするの? まだ5時半だよ〜〜〜ふぁぁぁぁん」

「豪快にあくびしない。って別に見えていないからいいか。これからテントをたてたり、ステージの骨組みつくる手伝いしたりするんだよ」

「そうなんだ。すごいなぁ。こんなにいっぱい人集まるんだね」



強制的にとも言う。ステージ参加者や商店街、商工会はほぼ強制的に準備か後片付けに参加しなければいけない。ちなみに15歳以上の男女に限定されるけど、スパーブでは14歳未満の子たちは参加義務はないものの、保護者が代わりに参加している。みんな真面目なんだよなぁ。



「おはよう。ルア」

「あぁ……朝っぱらから。おはよう蒼空」

「出たな、鏡の魔女」



鏡に映ったのはハルなんだから蒼空よりもずっと魔女っぽいのに、神社の一件以来ハルは蒼空を魔女と呼んでいる(本人に聞こえないのをいいことに)。どうでもいいけど。



軍手を嵌めてテントの足を持って、商工会のリーダーの指示に従う。ハルは認識されていないにもかかわらず僕のとなりで足の端を持ち、手伝ってくれているけど危ないんじゃないかな。認識されないから、別の人の運ぶテントの足がぶつかりそうに。



「ほら、ハル危ないからいいよ」

「だって、なにもしないのも悪いじゃん」

「悪くない、悪くない。ハルに怪我されると困るから、そっちで見ていて」

「むぅ……わたしだけ仲間はずれにして」

「また。拗ねないの」

「拗ねてない」

「拗ねてんじゃん」

「拗ねてない」

「怪我したら病院にかかれないんだからさ」

「……わかったよぉ」



ロータリーのバス停留所のベンチに腰掛けたハルは、自分の両頬を持った手の肘をひざにつけて、つまらなそうにこっちを眺めている。



「ねえ、ルア」

「うん?」

「夏まつりんだけどさ、もし良かったら」



なんかすごいデジャブってる。前にもこんなことがあったような気がする。この世界線Bでは蒼空と付き合っていて、はじめての夏まつりも当然のように一緒だった。でも、現在の世界線Bではすでに破局しているから、そうなるとすでに歴史は変わっていることになる。

本来の世界線Bとは違う、枝分かれした世界線になっているのか。



「ああ、ごめん。別の人と一緒に回る約束しているから」

「……あのさ、一つ聞いていい?」

「なに? それよりも手動かしなよ」

「分かってるわよ。で、なんであたしをそんなに避けるの? もしかして、なにかあたしのことを知っていて避けてるとかじゃないの?」

「蒼空についてなにか……? ってことは、蒼空はなにか秘密があるってこと?」

「ないわよ。そうじゃなくて、ルアは……未来を見てきた……とかじゃないの?」



!?



蒼空は……なにかを知っている? 蒼空は僕のことを知っている? 僕が死に戻りをしたことを知っているということじゃないのか!? 僕は2028年から2023年の春に死に戻って、さらに刺されて世界線を移動した。それは間違いない。蒼空も同じ状況だとしたらいつ死んだ?

僕の知っている限り、蒼空は死んでなんかいない。そうすると……。



気になるのは世界線Aでの蒼空のその後だ。僕が死んだ後になにかの理由で死んだ?

世界線Bで遅くとも2028年までに蒼空が死んだことなんてなかった。



いや、違う。未来は変わっている。



僕がこの時期に蒼空をフッたことで未来が変わった可能性がある。つまり、今、僕がいる世界線Bの記憶はあてにならないってことだ。



僕はバカだ。よく考えれば蒼空と2028年まで付き合った世界線Bでの僕の記憶に、ハルがやってきたなんて記憶はそもそもないし、鏡を持って神社に行った記憶も当然ない。やっぱり世界線Bは変化している。なんで今まで気づかなかったんだろう。



「そんなわけ……ないじゃん」

「ふーん。それにしては随分と動揺してるみたいだけど?」



僕はおもわず手を滑らせて(ツブツブ滑り止めがない軍手を選んでしまった)テントの足を落としてしまった。瞬間、右足に痛みが走る。



「痛ッッ!!!!」

「ちょ、ちょっとルア大丈夫!?」



足の甲にクリーンヒットし足を押さえようとしゃがんだ瞬間、別の人が運んでいたテントの足がこめかみにゴツンと当たって僕は倒れた。



「春亜君!? だ、大丈夫??? 大きな音したからびっくりして、それで」

「大丈夫。ミクちゃん大丈夫だから」

「私、なんてことを、ああああ血が出てるじゃないですかッ!?」

「ミク、あたしが病院連れて行くからここはお願い」

「蒼空ちゃん、ごめんなさい、本当にごめんなさいッ!! 春亜君ごめんなさいッ!!」

「ミクちゃん僕は大丈夫だから。気にしないで。僕の不注意だから」



痛いけどそれよりも流血がひどいのか目に血が入ってきた。これはなんていうか。トラックに押しつぶされた時とか、刺された時なんかよりは全然痛くないけど。周囲が手を休めて集まってくる恥ずかしさのほうが痛い。なんて冷静に考えていると鈍痛と激痛が同時に押し寄せてくるような痛み。ああ、やっぱり痛い。そりゃ、血が出てるんだから痛いよな。



そんな僕を見て、慌ててハルが駆け寄ってきた。



「ど、どどどうしよう。ルア君死んじゃダメだからね、絶対。病院に……病院に行かなきゃ」

「ハル……これで死ぬなんてことはないから大丈夫だって。顔の、目の周りは皮膚が薄いから切れやすいんだよ。大げさに血が出てるのもそのためだから」

「で、でもぉ……もうイヤだよ。ルア君が死んじゃうなんてもうイヤなの」



大粒の涙をボロボロと流してハルはペタンと尻を地面につけた。ああ、ハルの心配しているところじゃなかったな。僕のほうが流血騒ぎを起こすなんて。



「ルア、歩ける? 今、病院に電話したら救急外来に受診してって。救急車呼ぶ?」

「いや、本当に大丈夫だって。むしろこんなんで救急車呼んだら怒られるから」

「でもさ、自分で言うよりも傷ひどいよ?」

「死んでなければ大丈夫だよ」



蒼空が僕の脇の下に手を入れて立たせる。



「一人で行けるって」

「そんなわけいかないでしょ。さすがにこれで病院に一人で行けって鬼じゃん」



気持ちは嬉しいけど、蒼空と一緒に病院に行きたくない……とは言えなかった。おそらく心底心配してくれているのだろうし、これは付き合うとか付き合わないとかの問題じゃなくて、けが人がいたら誰でもする普通のことだと思う。



「わたしが連れて行く。ルア君を病院にわたしが連れて行く……」



もう片方の脇の下に手を入れたハルは、泣き顔のままブツブツとつぶやいて僕と蒼空の歩みに合わせて足を動かしているけど……。



「でも、わたしが誰にも認識されないから……きっと何の役にも立たない……。悔しいよ。わたしがルア君のこと……お世話したいのに。なんで蒼空ちゃんなの……」

「ハル……」

「ハル? またハルって言った?」

「ああ、いや。春の頃も滑り止め付きの軍手を使わなくて滑っていたのに、なんで学習しないのかなって」

「そういうもんじゃないの? どうでもいいことまで気を回していたら疲れるものよ?」

「そうかもしれないけど」



そもそも僕は、蒼空が未来から来たか、もしくは世界線を移動してきたんじゃないのかって疑っていて気を取られたんだった。蒼空がもし僕と同じような存在だとしたら?

なぜ死んだのかが気になる。その死んだ理由が、僕が別れたことによるものだとしたら厄介だ。世界線Aでの蒼空のその後を僕は知らない。もし、蒼空が僕を追って来たとしたら。それにこの世界線Bでの蒼空の未来だって変わっているかもしれないし……ああああ意味分かんねええ。



「蒼空……蒼空はもし僕が死んだとしたらどうする?」

「……こんなんじゃ死なないって自分で言ってたじゃん」

「そうじゃなくて」

「いや、その質問はメンヘラを通り越しているからね?」

「答えて。もし僕が死んだことを知って……どうする?」



いや、この質問じゃダメだ。これではアツアツに盛り上がったカップルがするような、聞いていてバカじゃんって思うような質問にしか聞こえない。世界線移動が前提の死を理解していなければ答えようがない。なんてもどかしいんだ。



「ルア君……なに考えてるのよ……やっぱり蒼空ちゃんのことが好きなの?」

「あああ、もう。そうじゃなくて」



ダメだ。ハルとの会話も蒼空には筒抜けだろうし、ハルと会話をしていることがバレるのは話がややこしくなるだけだ。



「そうじゃなくて? なに? もしかして、死んだら時間が戻るとかそういう話?」

「!?!? えっ?」

「もしそういう話が前提で訊いているなら……追うと思うよ?」

「は?」

「ああ、今読んでる小説にそういうシーンがあったから、なんだか主人公のセリフがルアの言葉と被っちゃって。だからヒロインを真似してみただけ」

「……もし、その小説が現実だとしたら? 本当に後を追う?」

「好きな人ならね。でも、そんな質問馬鹿げてると思うよ?」



横を見るとハルは神妙な面持ちで黙り込んでいた。めずらしく黙り込んでなにかを考えているようだった。



病院は駅からすぐの場所にあって、総合病院だけに当直の先生がいるらしくすぐに診てもらえることになった。想ったよりも眉間と額が切れていて縫合して消毒をし、すぐに診察と処置は終わったけれど、運動は控えてくださいという先生の言葉に僕はうなだれた。



「激しい運動をすると傷口が開くかもしれません。え? ダンス? うーん、止めておいたほうが良いと思いますね。一応、CTを撮って帰ってください。そうですね。万が一もあるのでダンスはやめておいてください」



診察室の外のベンチに座って僕は頭を抱えた。自分自身がステージに立てないことも悔しいけれど、それ以上に周りに迷惑がかかってしまう。ソロダンスならまだしも、チームで出演するステージではポジショニングが重要で、右と左では違った振り付けをすることも多い。



「ダンスできないって……いいや、そんなの無視して決行するか」

「ダメに決まってるじゃん。ルア、あんたアホなの?」

「ルア君それはダメに決まっているよ」



蒼空とハルの二人からダメ出しを食らって、僕はどうしようか考えた。とりあえず如月先生に連絡を入れて、それからグループメッセージを送って……はぁ、気が重い。



「あたしが入るよ。ルアのチームにあたしが入るって」

「は? 蒼空振り付け覚えてんの?」

「あたしを誰だと思ってるの? ずっとルアを見てたんだから覚えていないわけないじゃん」

「うわぁ……重いわ。蒼空ちゃん重すぎるわ」



ハルの言葉は無視するとして(会話が筒抜けはまずい)、蒼空はやる気のようで僕の振り付け動画を送信してくれというので、スマホからスマホにエアドロッパーで送っておいた。



その後、CTを撮ってなんだかんだとしているうちに夏まつりの開催時間になってしまい、僕は一人で大丈夫だと伝えると蒼空は渋々会場に向かっていった。



「やっと行ったか。蒼空ちゃんいるとイヤ」

「……でも親切で連れてきてくれたんだから、そう邪険にもできないじゃん」

「どうだかね〜〜〜本当はルア君と二人きりになりたかったんじゃないの?」

「いや、それはないだろう……多分」

「それよりも……ルアく……ん!」



そう言ってハルは抱きついてきた。僕の胸に顔をうずめたまま、小刻みに震えている……。え? 泣いてるの?



「ホントに心配したんだから」

「だから、大丈夫だって言ってるじゃん」

「でも……ルア君が血を出すとこ見たら……思い出しちゃって。もう死んじゃうところなんて見たくないよぉ」

「死なないって」

「ほんと?」

「ほんと」

「死なない?」

「うん、死なないって」



どっちが重いんだか。そう思ったけど、口に出すのはやめておいた。ハルは確かに心配性だけど、確かにあの血を見たら驚くのも無理はないよな。それに、世界線Aの僕が刺された後のハルを想像するとやるせない。今ごろ向こうのハルはどうしているのか。ふさぎ込んでいないといいけど。目の前のハルが世界線Aのハルとのつながりがあるのかどうかは分からなかったけれど、とにかくハルを泣かせるのはよくないよな。また反省……。



「鏡見春亜さん……CTの結果が出ました。お話がありますので診察室までどうぞ」

「はい」



診察室に入ると先生は深刻な顔をしてなにかを言おうとしているようだった。ハルも認識されていないことをいいことにちゃっかり付いてきている。




———脳腫瘍が見つかりました。




「脳幹部の深いところにあって手術はできません。余命は5年程度と考えてください」





ハルは大声を上げて泣き出した。









—————

レビューありがとうございました。素敵なレビューなのでぜひチェックしてくださいね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る