#03 わたしは見返すためにアイドルになった。浮気しているあなたになにが分かるのッ?




「わたし、今日からこの町に住むことにしたの。しばらく東京から離れたくて」

「へぇ」

「さて、辛気臭い話は終わりにして、遊ぼっ♪」



そんな気分じゃないと断りたかったけど、一人でいても蒼空のことを思い出しそうだったから仕方なくハルに付き合うことにした。となりにアイドルがいると思うとなんだか奇妙な気分だけど、中学のときのハルだと思えば緊張もしない……いや、少しは——かなり緊張するッ!!



「そういえば、ルア君はダンスまだ習ってる? ルア君のいたところの子たちが出演するみたいだから観たいんだけど?」

「いや、一昨日辞めた」

「え? ダンスを? あんなにがんばっていたのに?」

「まあ、色々とあって。ダンスはやめる気はないから、新しいスクールかチーム探してる」

「そっかぁ。ははーん。さては蒼空ちゃんとなにかあったな」



僕の脇腹あたりを軽く肘で突いて、ニヤつくハルの勘の鋭さが怖い。さっきから核心をつく言葉が刺さりまくって、まるでかさぶたを強引に剥がされるような痛みだ。



「べ、別に。なんもないし」

「あ、あんなところに蒼空ちゃんがっ!」

「ああああッ!?」

「なんで顔を隠すのかなぁ。やっぱりなにかあったのね。ま、なんとなく想像はつくけど。わたし的には蒼空ちゃんを悪く言うつもりはないけど、よ」

「え? どういう————」

「なんでもなーーーーい。あ。あんなところにチーズドッグが。ほら、元気がないときには食うべしッ!」



僕の背中を軽く叩いて、ハルは「行ってみようよ」とか言って再び顔をサングラスとマスクで顔を隠した。そんな姿じゃ余計に目立つような気がするんだけど、素顔を晒したらさらに大変そうだったからあえてなにも言わなかった。それにしても、となりにいる僕まで目立つじゃん。

そうなっちゃうと、なんとなく蒼空が寄ってきそうだから嫌なんだよな。



「ねえ、ハル」

「ん? 一口ほしいの? 間接キッス狙うなんてルア君も男の子だね。うわぁ、ねっちょりしてる。なんかエロくね?」

「……その発想はおかしいッ!! そして断る。そうじゃなくて、本当になんで東京から離れたかったの? さっきからやけにソワソワしているけどさ」

「望郷の念ってやつだって。あとは、なんていうか、見返してやりたくて」

「え?」

「小中ってね、ルア君も蒼空ちゃんも仲良くダンスしていてカッコよくて。羨ましくて。わたしなんて両親がケンカばかりでダンスなんてとても習える家庭環境じゃなくて。どうしようもなかったんだけど悔しくて。で、アイドルになったから、超踊れるし。今なら負けねえよ?」



これから悪戯でもしてやろうかと企む子どものように笑ったハルは、「冗談だよ」って言ったけど、どこか本音混じりのセリフのような気がした。



「はいはい。どうせ僕は下手ですよ」

「またまたぁ。ルア君って見た目よりも意外と謙虚だからなぁ。信用できないじゃないか!! 今度勝負しよう?」

「今度な。それよりもそろそろスパーブのステージはじまるみたい」



ん……僕のことよく知っているような口ぶりだけど、なんだか違和感がある。中学生の頃の僕と今の僕の印象が同じという意味なのか、それとも……。

なんだろう。記憶が——ハルの記憶が頭のどこかでくすぶっている感じがする。

すごく気持ち悪い。



ステージ前は演者の親御さんやらお客さんで大混雑していて、面倒を避けるためにも僕とハルは少し離れた場所から観ることにした。ハル——夢咲陽音の存在だけではなく、近づきすぎると僕の存在に気づく子もいるだろうし。一番の懸念材料の蒼空は最前列で応援をしているはず。君子危うきに近寄らず、なんて言うじゃん。



スタジオスパーブは高花市たかばなしに限らず、関東においてハイレベルなスクールだと知れ渡っている。輩出したダンサーは数しれず。また多くのダンサーが上を目指してが門戸を叩く名門中の名門で、ダンスの予備校なんて二つ名があるくらいだ。そんなスタジオスパーブの不動のセンターである早月蒼空さつきそらがいかにすごいか。歳も18にもなれば大先輩で子どもたちを教える立場でもある。だから、ステージ下からアドバイスをしているのだろう。



「蒼空ちゃんやっぱり前にいるね」

「あ。そだねー」

「蒼空ちゃん以前にも増してかわいくなったね」

「ま。そだねー」

「蒼空ちゃんみたいな子と付き合えたら幸せだよね」

「ふ。そだねー」



小学生たちがジャズダンスやヒップホップダンスを披露し、リズムに身体を委ねる。でも、僕はずっと早月蒼空の後ろ姿を見ていた。やっぱりまだ蒼空に惹きつけられていて、気持ちが断ち切れていない。これは重症だ。

告白を断ったのは間違った判断だったのだろうか。



「わたし、やっぱり踊りたいな」

「うん?」

「踊りたい……や」



ハルの顔が翳った気がした。ハルはやっぱりなにかを隠しているんじゃないかな。



「踊ればいいじゃん。ダンスは時と場所を選ばないよ? 音楽さえあればいつでも踊ることができるのがダンスじゃん。一緒に踊ろうよ?」

「そうだよね。じゃあ、ルア君はその言葉に責任持ってね?」



30分のステージが終わって、スパーブのメンバーが散会していく。



「へぇ。ルアは彼女いないって言ってたよね?」



気づくと僕とハルの前に早月蒼空が仁王立ちして立っていた。




「あぁ。久しぶり〜〜〜蒼空ちゃん!」

「……誰? ルア? この子彼女なんじゃないのッ!?」




蒼空は僕に食って掛かるように距離を詰めて問いただす。いや、僕と蒼空はもう幼馴染の友人であって、それ以上でもそれ以下でもないじゃないか。たとえハルが彼女だとしても蒼空には関係ないことのような気がするんだけど……。



「ああ、えっと。ハル——鈴木陽音って覚えてない?」

「中学のとき転校した? え? ハルなの?」



ハルは、サングラスとマスクを外して蒼空に抱きついた。蒼空とハルが仲良かったかどうかといえば、そのあたり僕はよく分からない。普通に話はしていたし、仲が悪そうな様子もなかった(と思う)。蒼空は誰とでも仲良くできるコミュ力おばけだったから、クラスでの中で人気があったのだと思う。対してハルはあまり人付き合いが得意な方じゃなかったような気がする。



「うーん。蒼空ちゃんにハルって呼ばれるのはちょっとむず痒いなぁ。中学の頃のまま呼んで構わないけど?」

「……え。ちょっと、ままま待って。え? どういう……え? あのユメマホロバの夢咲陽音ゆめさきはるね? な、なんで? え? あの鈴木陽音が夢咲……嘘よね?」

「ぜんっぜん話聞かないところとか、本当にあの頃のままみたい。それにしても本当にカワイイ。カワイイ子は好き。見ていて飽きないもんね」



ハルも蒼空も互いに相手を気にしていないというか。マイペースっていえばそれまでだけど、まるで会話が成り立っていない。蒼空は確かに人の話を聞かないところもあるけど、この場合は蒼空じゃなくても困惑すると思う。だって、夢咲陽音が目の前に現れて、それが中学の時の同級生だったなんて、混乱しかないのは当然だろう。



「ってことで、蒼空ちゃん、申し訳ないけど今日のルア君はわたしが一日レンタルしちゃったのです。ね? ルア君」

「……えっと」

「ルアが困ってるじゃん。あたしは絶対に納得いかない。ルアは今日あたしと遊ぶ約束してたじゃん」

「約束なんてしてた……か?」



慌ててスマホを取り出してメッセージを読み返すと、確かに告白される数日前そんな約束を取り付けていたみたいだった。いくら一度経験した過去だとしても、そんな細かいところまで覚えていない。そもそもB世界線での蒼空と僕は恋人同士という関係で、スパーブのイベント手伝いとしてお祭りに参加していた。だから約束もなにも関係なく、子どもたちのイベント出演が終われば当然のように一緒にいたのだから、約束の記憶なんてどこかに吹っ飛んでしまっている。



「っていうか、なんでハルがルアを誘ってんのよ?」

「うーん。なんでって言われても。運命?」

「は? 意味分かんない。なによ運命って。ルアに勝手に運命こぎつけないでくれる?」

「運命っていうのは、うーん。なんだろ。企業秘密が多くてねぇ。まあ、運命は運命ってやつかな? ってことでルア君、行こうぜよ」



告白を断ってしまった蒼空と一緒に歩けば未練を断ち切れなさそうだし、第一蒼空に対して失礼だ。蒼空はきっと未だに僕への想いを募らせているはず。告白拒否をした僕の選択が間違いだった、なんて一瞬思ったのはきっと気の迷いだ。

二度とあんな惨めな思いはしたくない。だから、あんな未来はなかったことにするって心のどこかでは分かっているじゃないか。



「ああ。うん。蒼空、そういうわけだから」

「え? 待って。え? ルア冗談だよね? あたしよりもハルを選ぶの? アイドルだから?」

「しつこいなぁ。ハルって呼ばないで欲しいんだけど。な。それともルア君の前でわたしの話をしたことがない?」

「……鈴木陽音……あんた」



ハルは蒼空の耳元で何かをささやいたけど、僕にはまったく聞こえなかった。にっこり微笑むハルと、対称的に蒼空は青ざめたような顔で固まっている。いったいハルは蒼空になんて言ったんだ……?



「スクールカーストの最底辺だったわたしだもん、蒼空ちゃんとは生きている世界が違っていたのは当然なんだよね。あ、勘違いしないでほしいのはね、そのことはぜんっぜん怒っていないってこと。いかにもヒロインっぽくていいじゃん。今となって思い返せば灰被りのシンデレラみたいだし。ほら、愛嬌、愛嬌。だから蒼空ちゃんはあんまり気にしないでね? ささ、ルア君いこーっ」

「あ、ああ」



首だけ振り返って確認するも、蒼空は追ってこなかった。それどころか肩を震わせていて、後ろ姿の蒼空がどんな顔をしているのか分からなかった。泣いているのか、あるいは怒っているのか。

とにかく、なんだか僕の知らない女の世界を少しだけ覗き込んでしまったような気分だった。ハルが蒼空を見返してやりたいって言葉は、もしかしたら本心なのかもしれないな。



「ルア君、桜きれいだね。ね、改めて聞いていい?」



腰のあたりで手を組んだまま、ハルは振り返りそう聞いてきた。なんだか所作しょさの一つ一つがアイドルっぽくて可愛いけど、一歩間違ったらあざといんじゃないかって思う。まるで演劇のように準備していたように型にはまって見えた。気のせいか?



ああ、よく見たら、遠くで蒼空がじっとこっちを見ていた。なんだか可哀そうかもしれないと思ったけど、仕方ないよな。



「うん。な、なに?」

「しばらく茨城にいるけど、まずは……お友達になってくれませんか? って。真剣に聞いちゃうけど自分でも草生えるわ〜〜〜」

「お友達って、もうずっと友達だろ。今さらじゃん」

「そっか。ルア君はそう思ってくれていたんだね。なんだか嬉しいな。わたしさ、今まで友達なんていなかったからさぁ」

「そんなふうには見えないけど?」

「ふふ。そういうもんなの。あ、たこ焼き食べようよ〜〜?」

「はいはい、買ってくるよ」

「買いに行こっ! 一緒に、ね?」



たこ焼きは食うわ、焼きそばも食うわ、綿あめからフライドポテト、最後にりんご飴ならぬいちご飴を食べて上機嫌。その細い身体のどこに入ったのか疑問だけど、筋肉を見る限り相当ストイックなのはわかる。しなやかな筋肉はダンサー独特のもの。



「ジロジロ見てるってことは、お主も男よのう……」

「なに? 僕が今エロいこと考えていたと思ってるわけ?」

「違うん? 別にいいよ? なんなら今晩のおかずに写真撮る?」

「……マジでそういうのいらんて。それよりもダンスはじめて何年?」

「うーん。えっと……そうだなぁ、3年ってところかな」



3年でこれだけの身体を作るのには、それなりに自分を追い込んだのだろうと思う。それだけの信念があったということになるわけで。



ハルはしきりに周囲を見回した後、「あ、家に来ない?」と言って誘ってきた。



え、どういう展開?





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