第43話
森の狩人――ダイアウルフとその配下、グレイウルフの群れ。討伐可能ランクはB。それが5匹。
ここは街からそう遠くない。巡回も多い。いる筈がないのだ。こんな凶悪なモンスターが!
「ど、どどどどうするミュゥ⁉︎」
「落ち着いておにーさん。まずおにーさんがウルフを引きつけて」
「お、おうっ」
「その隙にミュゥが助けを呼びに行く」
「肉壁⁉︎」
あまりにも自然な犠牲の誘導、思わずツッコんでしまった。
「……」
……が、正直それが最も現実的かもしれない。俺は口をつぐみ、短剣を握り締める。
「……おにーさん?ちょっと、冗談だよ。何本気にしてんの?」
「……」
ミュゥは強い。強いが、所詮子供だ。亜人故の身体能力の高さはあるが、それもCランクの域を出ない。初級魔法でBランクモンスターに対抗するのは不可能。エンチャントは時間が必要な上、碌な未来が見えない。
こいつ1人なら、逃げられるかもしれない。やっぱり……。
「ね、ねぇ」
「……何分で帰ってこれる?」
「だから冗談だっッ!」「っ」
「グルァッギャン⁉︎」
瞬間飛び掛かってきたグレイウルフの顔面にミュゥが蹴りを入れ、同時に動き出そうとした数匹を俺が短剣を振り回し牽制する。
「っそれしか道ないだろこれ⁉︎」
「っそんなことしたらおにーさん食べられちゃうでしょ⁉︎ッ」
「おいっ⁉︎痛っつ⁉︎」
ミュゥの爪先がグレイウルフの顎を蹴り上げるも、続く2匹目が彼女の太ももを切り裂く。
俺が咄嗟にヒールを掛けようとするも、その腕に3匹目の牙が食い込んだ。焼けるような激痛に涙が滲む。ヤバいぞホントに⁉︎どうするどうするどうする⁉︎
「くッ!」
「キャン⁉︎」
ミュゥのゲンコツが俺に噛み付いていた1匹の脳天に振り下ろされ、腕が解放されるも、すぐさま別の数匹が駆け出して来る。
涙を堪え血まみれの腕にかざした俺の手が、しかしミュゥにガシっ、と掴まれる。
「今回復しちゃダメ!」
「な、なん」
「デバフで動けなくなるでしょッ‼︎」
「っ」
っそうだった。今までは結局ミュゥが何とかしてくれていただけ。一歩間違えれば、待っていたのは死だ。
「ぬぁ⁉︎」
「登って!」
俺を近くの木までぶん投げたミュゥは手を叩き合わせ、
「『ボルトッ』」
「「「ギャン⁉︎」」」
放電を起こし3匹を足止め、すぐさま木に向かって駆け出す。
「『ファイア!』」
木に登ろうとしていた1匹に火を放ち炙り落とし、枝の上の俺に向かってジャンプ。
俺はその手をガッチリ掴むも、
「っウッ」
「っミュゥ‼︎ッの野郎!」
飛び付いたダイアウルフが彼女の足に噛みつき肉が裂ける。
俺は苦痛に堪えるミュゥを思いっきり引き上げ、ぶら下がるダイアウルフの眼球に短剣を突き刺した。
「ギャイン⁉︎」
引き離したはいいものの短剣を持ってかれた俺は、ミュゥを抱え更に上の枝に登り、眼下の犬共を睨む。幹に爪を突き立て、既に登ってこようとしている。
「ハァっ、ハァっ、ぅぐ」
「おい!大丈夫か⁉︎今」
「いいっ」
「でもお前、足がっ」
「っミュゥじゃアイツらに勝てないの‼︎そのくらいバカなおにーさんでも分かるでしょ⁉︎」
「っでも」
鬼気迫るミュゥに俺は唇を噛む。……っ言いたことは分かるさ。エンチャントで俺が倒せってんだろ?でも、でもよ、1発打ったらダメになる腕で、5匹をどうやって倒せってんだよ?
「俺が、そんなこと出来るわけないだろっ」
「いつもの自信はどこにいったのさ⁉︎」
「お前1人なら枝を渡って逃げられるだろ!俺のことなんて放って行けよ‼︎」
「ッ……何で、何でそんなこと言うの……?」
絶句し、悲しみに顔を歪ませるミュゥに、俺は掛けようとしていた神聖魔法を中断してしまう。こいつのこんな酷い顔、初めて見た。
だがそれはこっちのセリフだ。何でそこまでして俺を守ろうとしてくれるんだよ?何でそこまで俺を信じれるんだよ?自分より年下の少女に守ってもらわなきゃ何も出来ない、ヘタレだぞ俺は⁉︎
「ミュゥ達、パーティじゃないのっ?捨てないって言ったじゃんっ、一緒にいてくれるって言ったじゃんっ」
「っ……」
涙を浮かべる彼女に、俺は息を呑む。
ミュゥにどんな過去があるのか俺は知らないし、別に聞く気もない。
ただ、1つだけ言うなら、……この世界での、ましてや彼女にとっての『パーティ』を、俺は軽視しすぎていたのかもしれない。
俺はミュゥに、一緒にいる、と言ってしまった。
面倒なことに、男に二言はないらしい。
……人生で1度くらい、女のために命かけるのも良いかもしれない。
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