第22話 調査 その3

「どうしたんだ、雁首揃えて珍しい。」


 清文がミドリに声をかける。


「ウン、おにぃにちょっと聞きたいことがあって。」


「オイオイ、学校では『先生』だろ?」


「ええやんか、どうせ誰もおらへんのやから。」


 ミドリの言う通り、職員室には清文以外誰もいない。


 夏休みに入ってからは、先生方も交代で休みを取ったり、研修などで留守にしていることが多く、まだ新米教師である清文が、こうして留守番を任されているのだ。


 だから、ミドリの口調も普段と変わらず砕けたものになっている。


 一応ミドリを弁護すれば、彼女も普段はケジメをつけて「霧島先生」と呼んでいるのだが……。


「それでなんだ?文化祭の事か?この前のHRで無茶苦茶言っていたって報告を受けてるぞ?」


 清文は笑いながらそう言う。


 清文としては、多少無茶をしていても、元気に楽しく学生生活を送っているミドリの姿が見れることはとても嬉しいのだ。


 だから、妹に甘いと言われようが、彼女が笑顔で過ごせるように、多少の事は聞いてやるつもりだった。


「ウン、全く関係ない訳やないけど、ライトはんにアポ取って欲しいんや。出来れば今日会ぇへんかって。」


「それくらい構わんが、いきなりどうしたんだ?」


 清文はスマホを操作しながら聞く。


「こいつらに、ライトはんを紹介したくて。ほら、Yukiのファンやから。あと文化祭の相談にも乗って欲しいんや。」


「文化祭にYukiを呼ぶって奴か?やめとけ、無理だって。」


「ウチとしても、何で無理かって事を知りたいんや。そう言う意味ではおにぃにも相談に乗って欲しいんや。とにかくやれるだけの事はしたいんや!」


 ミドリの熱意に押されながらも、清文はため息を吐く。


「まぁ、やれるだけやればいいさ。レイも30分後にヴァリティで待ってるってさ。」


 清文はライトから返信があったチャットアプリの画面をミドリに見せる。


「おにぃ、ありがとな。これから行って来るわ。」


「あぁ、気を付けてな。遅くなるようなら連絡するか、レイに送って貰えよ。」


「先生は相変わらず妹LOVEですね。」


 美音子がクスクスと笑いだす。


「ほっとけ……あぁ、後な、みゃーこが居たらYukiの話題は避けた方がいいぞ。」


 清文は美音子を軽くにらんでから、ミドリにそう忠告する。


「みやびちゃんがおったら?なんでや?」


 ミドリが首を傾げる。


「真理の話だとな、先日Yukiからレイのスマホに写真が送られてきたんだと。それを見たみゃーこがご機嫌斜めなんだとさ。」


「なんでライトはんのスマホに、Yukiの写真が送られてくるん?」


「さぁな、俺にも分からん。詳しい事は真理か、本人に聞いたらいいよ。」


「……ほな、そうするわ。」


 ミドリは、礼儀正しく礼をすると職員室を後にする。


「まぁ、オカルトに振り回されるよりマシだよな。」


 清文は、ミドリ達が出て行った扉を見ながらそう呟くのだった。


 ◇


「なぁ、さっきのどう言うことだよ?」


 学校を出ると、これ以上は待てないといった感じで裕也が聞いてくる。


「さっきのって?」


「レイさん?ライトさん?って人のことだよ。Yukiから直接写真を送ってくるような人と知り合いなのか?」


「うーん、正直ウチも驚いとるねん。ライトはんは、Yukiの仕事仲間や言うとったんやけど、まさかプライベートな関係やとは思ってなかったで。」


「あ、それなんだけどね、ライトさんってYukiさんのクラスメイトだったんだって。昨日お姉ちゃんがそう言ってた。」


 訝しむミドリに、まどかは昨日知ったばかりの事実を話す。


「それホンマか?……ライトはん、まだ色々隠してそうやな……。まどか、ネコ、早よう行って問い詰めるで!」


 そう言いながら走り出すミドリ。


「そうだぞ、急ごうぜ!」


 それに追従するエイジと裕也。


 特に裕也は、憧れのYukiを間近に知る人物から話を聞けるかも知れないって事もあって興奮していた。


「えっと、いいのかなぁ?」


「まぁ、仕方がないでしょ?」


 ミドリ達の興奮具合に、ライトに迷惑が掛かるのではないかと、不安になるまどかに、諦めにも似た声を出す美音子。


 今となっては、まどかに出来ることは何もなく、美音子の言う通り仕方がないのだ。


 まどかは頭を切り替えて、ミドリの後を追う。


 こうなったら、楽しまなきゃ損と言うもの……まどかだってYukiの事は色々知りたいのだ。


 ◇


 カランカラーン……。


 ドアベルが鳴り、中学生の男女が店内に入ってくる。


 まどかちゃん達だ。


「お姉ちゃん、ただいまー。」


 まどかちゃんはそう言いながらカウンターの中に入り、一緒に来た子達の分のお冷やとおしぼりを用意し始める。


「ライトはん、突然でゴメンやけど。」


「あぁ、清文から聞いてるよ。その子達もYukiのファンなんだって?」


 そう答えるライトの横で、みやびはライトの事を軽く睨む。


 みやびとしては、Yukiの事を楽しそうに話すライトを見ていると、何だか心の中がモヤモヤするのだ。


 それが嫉妬と呼ばれる感情だと言うことは、みやびにも分かっている。


 だからと言って、Yukiのファンだと言う中学生の夢を崩す訳には行かない。


 でもモヤモヤする……その相反する感情が、ライトを睨みつけるという行動に現れているのだった。


 ライトも、そんなみやびの心内が分かっているのか、邪険にすることもなく、好きにさせている。


「ホンでな、ライトはん、Yukiのクラスメイトやったって聞いたんやけど、ホンマなん?」


「誰からそれを……って真理か。」


 ライトが真理に視線を向けると、まどかが慌てて頭を下げる。


「ライトさん、ゴメンナサイ。喋ったの私なんです。お姉ちゃんは悪くなくて……。」


「はぁ……、別にいいよ。Yukiとはクラスメイトで仲間だった……丁度今の君たちみたいにね。だから、卒業してからも、連絡を取ることもあるし、CDの時みたいに困っていたら助ける。ファンにCDを上げたら泣いて喜んでいたって報告する事もあるよ。……だからこそ、プライベートな事は教えて上げられない。」


 ライトはそう釘を刺す。


 ファンサービスの一環として、少しだけ踏み込んだ話をする分にはかまわないが、興味本位でゴシップ的なことまで根掘り葉掘り聞かれるのは願い下げだった。


「ひとつだけ、一つだけ教えて下さい!「セイ」がYukiとバンドを組んでたって本当ですか?」


 それまで黙っていた裕也が堪えきれなくなって口を挟む。


 さっきミドリ達に見せてドン引かれた雑誌を、ライトにも見せる。


「セイの奴、こんな事もしてるのか……成長したなぁ……って痛ぇ。」


 みやびに二の腕をつねられ、顔をしかめるライト。

みやびは、そのままその腕にギュッとしがみつく。


「ライトはんもこう言うのがええんか?」


 少し醒めた目でライトを見るミドリ達。


 それを見て、しまったと頭を抱える裕也。


「ちょっと違うな。実用と観賞は違うんだよ。お前等には少し早いかな。」


 ライトはそう言いながらみやびの頭を撫でる。


「ばかぁ……。」


 みやびはそれだけ呟くと顔を真っ赤にして伏せてしまった。


「成る程……。」


「凄ぇ!参考になるっす!」


 裕也とエイジは尊敬の眼差しでライトを見つめ、まどかたちは羨ましそうな目でみやびを見ていた。


「子供相手に何言ってるのよ。」


 コーヒーを持ってきた真理が、空になったトレイでライトの頭を軽くたたく。


「それでセイって『気まぐれ天使』のセイ?」


 そのまま横に座った真理がそう聞くと「気まぐれ天使?」と聞き返すライト。


 ちょっと待ってて下さいね、と言って奥に引っ込んだまどかが1冊の本を持って戻ってくる。


「これです。」


 そう言って、まどかが抱えていた本を差し出す。


「漫画?」


 ライトはその漫画を手に取り、パラパラとめくって行く。


「……自虐ネタかよ。」


 ライトは思わず呟く。



 漫画の内容は、一人のパワフルな女の子が、自分に向いているのは何だろうか?と様々な部活に入ってはトラブルを巻き起こすという学園コメディだった。


 そして、そのエピソードの一つ一つに、ライトは心当たりがあった。


「これ、モデルのセイさんが描いた漫画で、セイさんは気が向いたら何でもやるので、この漫画のタイトルと同じく『気まぐれ天使』って呼ばれているんです。」


「へぇ、アイツが天使ねぇ……まぁクラッシャーよりは似合ってるか。」


 ライトのそんな呟きをミドリはしっかりと捉える。


「ライトはんがそう言う言い方するって事は、セイのことも知っとるちゅう訳やな?」


「まぁな……えっと、裕也君だっけ?君の言う通り、セイとYukiは一緒にバンドを組んだ事はあるよ。」


 ライトはそう言ってスマホを取り出し、音源を探して再生する。


 ポップな曲調とアップテンポ気味のYukiの声が店内に響く。


「この曲のベースがセイだよ。それから……。」


 ライトは他の曲を選択して再生する。


 静かなメロディと透明感のある歌声……先ほどの曲とはテンポもイメージも違うのに、それでもしっかりと歌い上げ、イメージを描き出すYuki……この音域の広さと表現力がYukiを「歌姫」と言わせる由縁だった。


「このピアノを弾いてるのがセイだよ。」


「嘘っ……このピアノ、セイなの?」


 信じられない、と美音子が呟く。


 他の二人ほどYukiに興味のない美音子の、お気に入りの曲がこの曲だった。


 Yukiの歌声もさることながら、ピアノが特に良かった。


 自分でも少し弾くだけに、一見ゆったりと演奏している様に聞こえるそのピアノがどれだけ巧いかというのがよくわかるのだった。


 いつかは自分も、と密かに目指していたのは二人には内緒だったが。


 驚きが先に来たせいか、裕也とエイジの緊張も解け、二人は矢継ぎ早に質問をし、ライトが語るエピソードに驚き、自分がどれだけYukiに夢中か、と言うことを熱弁し始める。


 途中、ミドリやまどかも加わり、会話は弾んで和やかに時が流れていった……エイジがこの後の一言を言うまでは……。


「文化祭にYukiを呼ぶっていうのは、ヤッパ無理っすかね?」


 エイジの言葉にライトの身体が強張る。


 ライトにしがみついていたみやびの腕の力が増す。


「い、いや、難しいんじゃないかなぁ、ほら、向こうも忙しいから、連絡もろくに取れなくて……。」


 ライトがそう言った途端、テーブルに置いてあったスマホが震える。


 画面には発信者の名前……Yukiが表示されていた。


「エスパーかよっ!」


 ライトは呟くとスマホを切ろうと手を伸ばすが、横から伸びてきたみやびの方が速く、次の瞬間にはみやびによって、スピーカーのボタンが押される。


『ライト?出るの遅いよっ!私だって忙しいんだからね。』


 スピーカーから流れ出す声は、さっきまで聞いていた歌声と同じだった。


「嘘っ、本物……。」


 ミドリが思わず声を上げる。


『ライト?……ゴメン、誰かいるの?取り込みちゅうだった?』


「いや、大丈夫だよ。」


 いきなりのみやびの行動に唖然としていたライトが、我を取り戻して応える。


『何かゴメン……、後でかけ直す?』


 長い付き合いだ、ライトの声音に何かを感じ取ったYukiは通話を終えようとする。


「いや、たぶん一緒だから……それより雪乃からかけてくるなんて珍しいな。何かあったのか?」


 ライトは色々諦めてYukiと通話を続けることを決める。


 後で面倒なことになりそうな気もするが、滅多にかけてこないYukiからの用件の方が気になったのだ。


『あ、うん……この前のチャットアプリの件でね、ちょっと大人げなかったなぁって反省したの。気を悪くしたらゴメンねって、ただそれだけ言いたかったの。それじゃぁ、いきなりゴメンね。』


 Yukiがそう言って通話を終えようとした時、「待って!」とミドリが叫ぶ。


『えっ、誰?ライト、誰かいるの?』


「突然割り込んで堪忍や。ウチ霧島翠って言います。突然やけど、ウチらの文化祭に来て貰うには、どないしたらええやろか?ウチ大ファンやで、皆にYukiの歌聞いて貰いたいんや。」


『えっと、翠……ちゃん?ひょっとして、この前の写真の子?ライト、アンタマジに中学生に手を出してるの?』


 電話の向こうの声が冷たく響く。


「雪乃、落ち着け!誤解だ!ミドリはこの間話したお前のファンだ。」


「そうだよー、れーじんの彼女は私なのぉ。」


 横からみやびが口を挟む。


「あらっ?じゃぁ私はあやちゃんの愛人ね。」


 真理が面白がってノッてくる。


『れーじん?あやちゃん?愛人?』


 通話先の声がどんどん低く冷たくなる。


「あ、私はライトさんに買われましたぁ。」


「わ、わたしもですっ!」


 何か面白くなりそうだと思ったのか、美音子がそんなことを言いだし、状況に着いていけず、テンパったまどかが、それでも何かを言わなきゃ、と、とんでもないことを口にする。


「お前等いい加減にしろ!!……雪乃、誤解だからな!」


『誤解ねぇ……その割にはとっても楽しそうね。』


「だからっ……せめて言い訳させてくれっ。」


『何を言い訳……(雪乃ぉ、準備できたよ。ボクだって暇じゃないんだから)……セイ、うん、分かってる、今行くからもう少し………、……ライト!今度ゆっくり聞かせて貰うからね。それからミドリちゃんだっけ?』


「は、はいっ!」


『文化祭の話、今度ゆっくり詳しく教えてね。前向きに検討するわ。』


「オイ、ちょっと待て………。」


『ゴメン、セイが怒ってるから、またね。』


 ツー、ツー、ツー………。


 後には電子音だけが残されたのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「なぁ……。俺達Yukiの生声聞いたんだよなぁ?」


「あぁ、霧島に文化祭前向きに検討するって言ってたよな。」


「………HRで話してた時はさ、こうなったらいいなって夢みたいな話だったけど……コレってマジでひょっとするんかなぁ?」


「ひょっとするかもな。」


「じゃぁ、俺達マジで霧島達の力にならないと不味くねぇか?」


「霧島の機嫌損ねないようにしないとな。」


「……俺帰ったら先輩に電話してみるよ。8年前の事件について知ってることが無いかどうか。」


「そうだな。俺も母さん達に聞いてみるわ。」


「あぁ、じゃぁまた明日な。」


「また明日。」


 エイジと裕也はそう言っていつもの場所で分かれる。


 二人とも、今日の出来事が夢じゃないといいな、と思いながら。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「れーじん怒ってる。」


 皆が帰った後、みやびがボソッと呟く。


「怒ってないよ。」


 ライトはそう答えるが、みやびは納得しない。


「嘘っ、怒ってるよ……ゴメンね、私だって、何であんなことしたのか分からないの。」


 みやびは泣き出しそうになるのを、必死に堪えながらそれだけを伝える。


「本当に怒ってないよ。」


 ライトは、みやびの頭に手をのせ、軽くなでる。


「ただ、悪いと思っているなら、これ以上困らせないでくれ。」


 ライトはボソリと呟く。


「俺にとっては、みやび達も雪乃達も同じぐらい大切なんだよ。」


 帰る場所をずっと守り続けていたみやび達。


 帰る場所を新たに作ってくれた雪乃達。


 ライトにとっては、どちらも掛け替えの無い、大切な者達で、どちらかを選ぶなんて出来るはずがなかった。


 そもそも「選ぶ」と言うのが間違っているとライトは思う。


「私、どんどん弱くなってる……。前はこんなんじゃなかったのにね。れーじんと再会して……れーじんへの想いが大きくなって……れーじんと離れたくなくて……れーじんがいなくなるって考えたら怖くて………れーじんがいないと何も出来なくなりそうで………こんな弱い私……イヤだよぉ……。」


 泣き出すみやびの頭を撫で続けるライト。


横では真理が『抱きしめなさいよ!』というゼスチャーを送ってくるが無視する。


 ライトがこの町に戻って来てから、まだ半月程度しか経っていない。


 その半月の間に色々なことがありすぎて、心が処理し切れていないのだろうと、ライトは思う。


 だから、感情も不安定に揺れ動いているのだろう。


 とりあえず、みやびが落ち着くまでは、頭を撫でることにしたライトだった。

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