くっだらねぇ能力




 ――高利貸しのニーガルタス・アルヘンと、エイテ傭兵団のベレンスキー。

 書面に載ったその名をみて、エノチカの顔の筋肉がたしかにこわばった。

 ……あの男、約束は守るのか。


「両名とも、危険な人物です」とリィリンが言った。「エイテ傭兵団のほうは、おふたりも聞いたことがあるかもしれませんね。六年ほど前に、ルナズ・テック社の金庫襲撃事件を起こした凶悪犯、ベレンスキー・レクトの率いる兵団です。長く足取りが掴めていませんでしたが、つい数週間ほど前に、個人金融業者のニーガニタス・アルヘンと行動を共にしていることが判明しました」


 リィリンの簡単な説明を聞きながら、エノチカは二名の罪状に目を通した。

 ニーガルタス・アルヘンのほうは、もともとは合法的に活動していた金貸しだ。

 いや、厳密には偉大都市法令――通称「大市法」――には違反していたに違いないが、その活動域が中央街からは遠く離れていたために放置されていた、悪徳の金貸しだった。

 その手法は悪烈極まりなく、ニーガルタスは自身の砂塵能力を利用して作った、でっちあげの契約書を基に借入人に返済を迫るのだという。


 その砂塵能力とは、だ。ニーガルタスの砂塵粒子は、アルコールを過剰に摂取した際と同じような成分を対象に分泌させるものと予想されている。そうした状況に追いこんで書かせたサインには、しかし法的な拘束力はあった。少なくとも、連盟に訴えかけるだけの力のない小市民たちを縛りつけるにはじゅうぶんな効力があった。


 ニーガルタスの恐喝人生は、おおよそ順風満帆といえた。

 契機は、ニーガルタスの一派が連盟関係企業の男の命を奪ってしまった日のことだった。

 その被害者は、連帯保証人としてサインしてしまい、巨額の借金を背負いこむはめになった友人の代理人として、ニーガルタスの配下である取立人に直接抗議に向かったという。

 ニーガルタスはこれまで連盟関係者にだけは手を出さないように敏く立ち回ってきたのだが、あまりにも抗議がうるさかったその男を、その部下が身元をたしかめる前に勢い余って殺害してしまったのだった。


 連盟に目をつけられたニーガルタスは、すぐに余罪と経済活動の実態が調べられて、粛清対象として黒手帳ブラック・ノートに名を連ねられた。

 以降、ニーガルタスは闇社会の住人にならざるを得なくなった。もともとあまり陽の下を堂々と歩けるタイプの人間ではなかったはずだが、それでも二番街のアサクラ・アミューズの高級ホテルや、夜半遊郭の伝統的な旅館などに本名とマイマスクで泊まるくらいのことはできていた男が、そうした振る舞いはいっさい許されなくなった。

 だが、金貸しには所詮、金を貸す以外の生き方ができなかったようだ。

 連盟に狙われていることが知られ、かつてのような人脈は使えなくなったニーガルタスが採った手段は、さらなる暴力によって完璧な取り立てをおこない、どうにか鎬を削ることだったようだ。


 そのさらなる暴力というのが、エイテ傭兵団と呼ばれる少数組織だった。

 率いるベレンスキーという男は、ビジネス傭兵というよりも精神的倒錯者に近く、特別な自傷癖を持つと同時に、過度な加虐嗜好の持ち主なのだという。

 ベレンスキーは、いっぷうかわった砂塵能力の持ち主だ。ある種の特別な能力が、その使用者に独特な精神構造を作らせるのではないかという旨の精神分析学の論文に、ベレンスキーの名が挙げられるらしいと、エノチカは与えられた捜査資料を読んで初めて知った。

 ともあれ、連盟に目をつけられてしまったニーガルタスは、もうこうなっては仕方がないとでもいうかのように、同じく黒手帳に名を載せるベレンスキーと手を結んだ。

 そして今、二名のもとには裁断を下す手が迫ろうとしている。

 粛清官候補生たちによる、正式な粛清案件として。


「この二名の犯罪者は、それぞれ連盟の規定する犯罪者等級としては、第四等と第五等犯罪人に区分されています」とリィリンが言った。「これは、とりたてて高い危険水準とは言えません。候補生に任せる案件の等級としては、平均的になります」


 どうやらそのようだった。候補生とはいえ、粛清官の位を得ようとする人間には、生半可な仕事は与えられないようだった。


「が、その事実は、この粛清案件が容易であるということを意味しません。私の経験上、こうしたタイプの犯罪者はなにをしてくるのかわかりません。プロファイリングを読んでもらえればわかるように、とくにニーガルタス・アルヘンのほうは必死です。かつ、自分がこんな状況に追い込まれることを不当に思い、連盟をうらんでいると思われます。もちろん、とんだ逆恨みなのですが」


 そこで、リィリンはちらりとふたりに目を向けた。マゼンタカラーの瞳が、まるで美術品の真贋をたしかめる目利きのように、候補生たちの心情を探る。


「どうでしょう。おふたりには、かれらを粛清することはできますか?」

「まっったく問題ありませんわ!」と、元気よく答えたのはキャナリアだった。「ええ、どんな犯罪者でもまったく問題ありませんとも。ぜひあたくしにお任せください、警壱級!」

「……アタシも、大丈夫です。やらせてください」


 上擦った声のキャナリアと、反面、聞き取りにくいほどに声の低くなったエノチカ。

 ふたりを見比べて、かの一流の粛清官は少し心配にでもなったかのように、ほんのわずかに首を傾げた。


「ひとつ俺からもいいですか、リィリンさん」


 ずっと黙って話を聞いていたウォール・ガレットが、そのとき口を開いた。

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