8話。聖杯で汁物を頂く様なものでした。

「九体の吸血鬼の始祖とは異なる始祖にして唯一無二の真祖。無機の王にして最高位のアンデット。新月に祝福されしノーライフキング。この世の摂理に相反した命無き十三柱の怪物の内の一柱。――成程。これはこれは。道理で死なないわけだ。道理で神の御許から追い返されるわけだ」

「おやおやまあまぁ、彼女はそんな大層な存在だったんですか?」

「それはもう……慈悲深い神でさえ匙を投げる程の存在とのことです。――何故、貴方がそんな大それた存在に? 冬休みが入るまではただの殺人鬼でしたよね? 違いましたか?」

「いえ違いありませんよ? 確かに冬休み当日のクリスマスまではシスターヘレナの言う通りただの殺人鬼でした。――いやはやビックリ~。たまたま聖夜の夜に殺してその血を啜った相手が貴女のいう命無き十三柱の内の一人だったとは」

「! 命が無いのに殺せのですか?」


 シスターヘレナの質問に、回答として彼女を殺した形見のナイフを見せる。すると彼女はとても驚いた様子でナイフを見た。


「ダイアナの短剣!?」

「? 凄いの?」

「凄いどころか私のヘルメスの指輪と同じ最高位の聖遺物ですよ?」

「えっ? ただの果物ナイフじゃ……」

「――それで果物切ってたんですか?」

「ニ代続けて切ってましたし、人だって殺してます」

「oh……」


 聞いた事もない声で啼くシスターに変な感情に至る僕。まさかこの果物ナイフが最高位の聖遺物だったなんて誰が想像できようか。


(お父さん。僕達はとんでもない代物で林檎の皮や柘榴を剝いてたみたいです)


「教会の人が聞いたら発狂しますね? でも神の奇跡で作り出した釘で心臓を貫いたのに死なない理由が分かりました」

「ほう? 聞かせて頂いても?」

「良いでしょう。貴方が持っているそれはダイアナの短剣と呼ばれる代物。それは賢者の木とも呼ばれた銀の樹枝結晶で作られたと言われています。誰もが聞いた賢者の石、それの前段階といえば分かりますか?」

「――エヴァーテ〇スタティム!」

「リクタ〇センプラ! の、前作に登場した石です。――あの、いきなり茶々を入れないで貰えますか? お辞儀をさせますよ?」

「おやおやまあまぁ」

 

 このシスター。意外とノリノリである。


「要するにあれですか? この果物ナイフには永遠の命を与える力があると?」

「永遠なのかはわかりませんが、命は与える事は出来てますね。実際に命無きノーライフキングにただ一つの命を与えて殺しているので。それと死なない理由の方なのですが――」

「?」


 銀の泉に手を浸し、冷気と共に引き上げたその手で僕の頬に触れる。


「どうですか?」

「シスターヘレナの信者に見られたら殺されそう」

「私の信者強すぎませんか?」


 嫉妬の念は国を滅ぼすと言います。まぁそんな事は良いでしょう。


「……冷たいです。それと冷凍ミカンの様に固い」

「それだけですか?」

「味も確かめろと?」

「この状況で食レポを求めるわけないでしょう?」

「はいごもっともで」


 シスターヘレナの手が離れ、再度銀の泉に手を浸してその手に付けた銀を洗い流してから説明を再開する。


「吸血鬼なら今ので皮膚が爛れてもがき苦しみます。それが例え始祖や真祖の吸血鬼であろうと何であってもです。――でもそれが無かった。先ほどその聖遺物を果物ナイフと言い二代続けてと仰っていましたよね? どうやら最高位の聖遺物で切った果物を長年口にしていたせいで、銀への耐性と鎮聖耐性を超える神性を得てしまったようです」

「え? じゃあどうやったら死ねるんですか?」

「それを私に聞きますか?」


 力強く頷きます。

 流石に永遠に生きてたら血の味に飽きが来てしまいますので、そうなる前に逝きたい。人生で一番美味しかった血を布に沁み込ませ、それを顔に掛けて思い出と共に香りに包まれながら逝きたいのです。


「一応方法は何通りかありますよ? その特異性のせいで片手の数にまで減らされましたが。そのうちの一つがそのダイアナの短剣です」

「あ、そっか。これで命を与えてから死ねば良いのか」

「命を与える聖遺物で命を絶つとはこれ如何に?」

「確かに! でも良いんですか? そんな重要な情報を与えて。下手をすれば自白になりますよ? 今のシスターヘレナじゃ僕は殺せない――と、言う自白にね?」


 実際、吸血鬼らしい弱点が無く、シスターヘレナが持つ聖遺物で死ななくて、先ほどの洗礼で滅する事が出来なかった。

 

 シスターヘレナ? これは流石に詰んだのでは?


「――己の性を満たす為だけに未来有望な若者を殺すのですか?」

「貴女がそれを言いますか?」

「可憐な乙女を殺すのですか?」

「血が詰まった皮の袋が喋ってる」

「クラスメイトを殺してその血を啜るのですか?」

「極上の背徳感をありがとう」

「なんてこったい」


 ご愁傷様です! ――と、ただの吸血鬼なら、シスターヘレナという人物を知らない人であれば安易に近づいた事だろう。堪能しただろう。


 でも彼女を知っている僕は動かない。向こうもそれを察したのか自ら一歩前に踏み出し、彼女の足元から湧く銀の泉に僕の足が浸る前に下がった。


「ふふっ。正解です」


 と、シスターヘレナは笑みを浮かべて、銀の泉のをその両手で掬うのだった。

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