親孝行をするために、セレスティアは婚約者を見つけたい

 時は遡り、アリアネル学園一年生として過ごす最後の日。セレスティア・エスメラルダは中庭で少し遅めのランチをとっていた。


 アリアネル学園は、一国の王子が通うこともある、屈指の名門魔法学校だ。学園の敷地内には、寮や校舎はもちろんのこと、魔法を使うことのできる体育館や、運動場、魔法研究室に、薬草を育てる温室など、各分野の最新技術が集結している。


 そのような学園に、辺境の男爵家生まれのセレスティアが入学し、はや一年が経とうとしていた。社交的な性格のセレスティアも、友達と呼べる者は出来ず、学園内ではこうして一人で過ごしている。


 しかし、セレスティアがその現実を受け止めるのに、それほど時間はかからなかった。


 最下位の貴族称号である男爵は、この学園に入る最低ラインであり、セレスティア以外の男爵は片手で数えられるほどしかいない(現在何人いるのかさえ、分からない)。そんな幾つも下の階級であるセレスティアと、交流を持つことにメリットを感じないのは、この世界では一般的な価値観である。


(一人の方が勉強は捗るし、意地悪をされていないだけ、この学園の品位を感じられる……。でも気がかりなのは……)


 暖かい春の陽だまりと、爽やかなそよ風。セレスティアはそれらを感じながら、プレーン味のクッキーを口に運ぶ。


「はぁ……」


 美味しいはずのクッキーを無心で食べ、思わず大きなため息が出てしまうセレスティア。それには訳があった。それは、辺境の地で暮らす両親からの手紙のことだ。


 “セレスティアも、もうすぐアリアネル学園の二年生になり、婚約者が居ないとおかしい年頃になりますね。私もお父様も、政略結婚をさせるつもりはありませんが、私たちが死んだ後に、セレスティアが一人寂しく暮らすことだけは耐えられません。私たちは辺境の男爵家。そのような家柄の娘が婚期を逃せばどうなるか、セレスティアも分かっているはずです。どうか私たちを安心させて頂戴。”


 両親の言いたいことは痛いほど分かっている。だが、セレスティアの中で婚約者を決めるという事は、非常にハードルが高かった。


 なぜなら、貴族というのは、自身がメリットになる交流を求める生き物。そうなると、男爵令嬢であるセレスティアが、この学園内で、異性と関われる可能性は限りなく低くなってしまう。


 ならば、見合いをすれば良いのでは? と真っ先に考えるが、セレスティアには、お見合いや政略結婚をしたくない理由があった。しかしそれが、本人が思っていた以上に厄介だった。


 というのも、セレスティアの両親は恋愛結婚をし、他の貴族に比べると、裕福ではなくとも幸せな家庭を築いていた。それを間近で見ていたからか、結婚をするなら、素敵な恋愛をして、その末に結婚をしたい。というこの世界では、なんとも夢見がちな娘だったのだ。


(でも、お母様たちを不安にさせることの方が親不孝だわ。残りの二年でお相手を探さなければ……、でもどうやって……)


 令嬢令息関わらず、セレスティアの年齢であれば、婚約者は決まっていることの方が多い。決まっていない場合は、余程の変わり者か、何かしらの問題がある者ばかりだ。


(私も人のことは言えませんが……)


 一人脳内会議をしながら、二枚目のクッキーを一口ふくみ、その甘さを噛み締める。


 さらに面倒なことに、セレスティアは感覚で婚約者を選ぼうとする。その第六感に反応する者は未だかつて現れていない。そしてこれからも現れるかは不明である。


「はぁ……」


(婚約者を条件や家柄、顔立ちなどで決められたなら、どれだけ良かったでしょうか)


 セレスティアは、自身のこだわりによって、己の首を絞めてしまっていたことに気づく。


(私って、とんだ親不孝者だわ)


 そう思いながら、彼女は手に持っていた残りのクッキーを口に運び終えた、その時だ。


 セレスティアの眩しく光る金髪に、何者かが影を落とした。セレスティアは、春の日差しによって、じんわりと温められていた体温が徐々に下がっていくのを感じた。


「ねぇ貴方」

「は、はい……」


 声のする方に目を向けたセレスティアの瞳には、学園で噂になっている悪女が映っていた。

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