エピローグ「君とそばにいるためのたった一つの方法」2/3

8月の終わりも近い、夏祭りの日、私は山口さんの家に来ていた。元々旅館だったというだけあって立派なお屋敷に圧倒されながら、大きな和室に案内されて、山口さんに浴衣を着させてもらった。


「着物じゃないけど、浴衣姿もとっても素敵ね」


「ありがとう、髪まで結んでもらっちゃって」


「いいのよ、これは感謝の印、約束だからね」


 私はウイッグを着けるのをやめてショートヘアのまま山口さんの前に立っている、ウィッグをつけているほうが見栄えはいいのかもしれないけれど、でもこれからはありのままの自分でいたかった。

 まだ髪は短くて手術痕が消えることはないけど、もう今の自分を受け入れて、これが自分の身体なのだと思うことにした。まぁ目立つほどじゃないから傍目にそんなところにまで気付く人はいないだろうけど、それでもこれが今の私なりの気持ちの変化の現れだった。


 夕方が近づいて、オレンジの色に空が染まり始める中、私と山口さんは浴衣姿で神社へと向かう。

 神社が近づいてくると祭囃子が聞こえ始め、平和が戻ってきたような感覚を覚えた。

 山口さんは私と新島君が入れ替わっていたことなんて知らない、それだけ新島君の演技がうまかったということなのか疑問だけど、こうして友達が増えたことは純粋に嬉しかった。


「でも、本当に進藤さんには驚かされてばっかり、本当に真犯人を見つけ出しちゃうなんて」


「運が良かっただけだよ」


「そんなことない、お父さんを助けたいっていう気持ちがあったから出来たことだと思う、私だったら怖くてそこまでできなかったな。批判を受け止めながら、信じて立ち向かうのは簡単な事でないわ」


 こうして褒めてもらえるのは素直に嬉しいが私の功績というわけでもないので何だか複雑な心境だった。山口さんも納得してもらえるだけの結果が残せてよかった、素直にそう思った。


「ちづるーー!! 山口さんーーー!!」


 私たちを呼んだのは裕子だった。神社までの途中の道で待っていた裕子はこっちこっちとブンブン手を振りながら、すでに浴衣姿で準備万端だった。


「裕子似合ってるね、浴衣姿」


「二人には負けるよ~!」


 今日も元気そうな裕子が笑って答えた。周りから見れば結構イケてる三人組に見えるだろうか?、そうだといいなぁだなんて思いながら私たちは無事合流した。


「さぁさぁ、もう少しだから、神社へ急ぎましょ」


 私の手を引いて、サンダルを履いた裕子が歩き出した。



「あら、あれは文芸部の二人組」



 神社に着いたところで待っていたのは、秋葉君と大島君の二人だった。


「よっす」


 私服姿の秋葉君がちょっと遠慮がちに挨拶をする、まだ完全には気持ちは晴れてないようだ。


「二人も呼んでたんだ」


 山口さんが言った。


「せっかくだからね」


 裕子がそう言って先に進んでいく、私達は談笑しながら神社の中へと入っていった。



「あ、お姉ちゃんだ!」



 神社の中、屋台の立ち並ぶ境内の通りに三人の姿が見えた。一番に声を上げた明里ちゃんと、竣くんと新島俊貴君、もといお父さんだ。


「久しぶりね、元気にしてたかな?」


「当然だ、姉ちゃんに勝つために修業は続けてるぜ」


 私の問いに竣くんは元気に返事をした。修業とは例のゲームのことだろうと分かって苦笑してしまった。

 いやぁ・・・、その強さは本当は私のものではないんだよなぁ・・・。


「屋台行こうお姉ちゃん、金魚すくい、金魚すくいしよ!!」


 横から腕を引っ付いてくるように明里ちゃんがやってきた、相変わらず人懐っこいところは変わりないようだ。


「いいよ、それじゃあ二人とも、いこっか」


 竣くんと明里ちゃんに引き連れられ屋台へと入っていく。お父さんはそんな姿を遠くから優しい表情で見つめていた。


 何だか、ついにお父さんが新島君の姿をしているのに慣れてしまった。本人ももう何食わぬ顔で家族とうまくやっちゃってる。仕事のない暮らしがそんなに快適か。私はちょっと恨み節になってしまった。



 次に遭遇した赤月さんと織原弁護士は屋台の通りを並んで歩いていた。



「久しぶりだな」


「あらあら、随分賑やかね」


 二人の声を聞くのも久しぶりだ。


 全員で固まって歩いているわけではないが、かなり大人数になってしまっていて、和やかな雰囲気の私たちを見て織原弁護士と赤月さんが笑った。


「これはこれは・・・、二人はデートですか?」


 そんな傍観している二人を茶化してやろうと私が聞くと、肯定はしなかったが、こうして二人で夏祭りに来ているところを見るとまんざらでもなさそうだった。


「せっかくここで会えたことだし、君のおかげでいい記事も書けたしな、かき氷を皆に奢ってあげよう」


「またあれですか、人の不幸でメシがうまいってやつですか」


「記者を悪人呼ばわりするな! 俺は真面目だよ」


「ホント、蓮くんはカッコつけなんだから、そこがいいんだけどね」


 ママ感のある織原さんのおっとりした声は聴いていて癒されてしまう。

 二人でいるの見るたびに、やはり二人はただならぬ仲なのではと思わざるおえなかった。


「あんまり文句言ってると奢ってやらんぞ」


「まぁまぁ、それなりに今回の件は感謝してますから」


「そっかそっか、それじゃあかき氷欲しいやつは、ついて来い!!!」


 そういって照れ隠しをするように長身の赤月さんが先導する。その後ろににぎやかな連中が次々と付いていく。



「おじさん私イチゴ味~!」

「俺はメロンがいいぞ」

「私と佐伯さんは小豆入りの宇治抹茶で」

「あっ、じゃあついでにメロン二つ追加で」

「私と新島君はイチゴでお願いします」



 一斉に後ろから駆け寄ると次々に元気な注文が続いた。


「一体何人いるんだよ!!」


「あらあら、大人気ね、蓮くんったら」


 大人数でかき氷の屋台に押しかけて大盛況となった。こんなに賑やかなのは本当に初めてかもしれない。これが私たちが勝ち取った未来と思っていいんだろうか、なんだかこうして私を中心に大勢でいるとこそばゆい心地だった。


 美味しくかき氷をいただいた後、多かったメンバーも自然と散り散りになっていった。


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