第十四話「夜明けの銃声」3/5

 葛飾は揺れる車内の中で夢を見ていた。

 

 白糸の旦那の助手、塚原杏理には初めてあった時、あまりにも老けて見えると自分の姿を笑われたものだ。

 それは確かに白糸の旦那は見た目よりも若く見えるのだから比べられればそう見られたって仕方ない。それでもまだ30過ぎたばかりで、初めて会ったときはまだ20代だったのだ。

 肝が据わっているというか達観しているというか、あの助手も誰に似たのかは知らないが相当な変わり者だった。


 脳科学なんて研究してるやつはみんなそうなのかもしれないと思ったがそれにしても変だった。俺のような殺人鬼を前にしても怖気ることなく、興味深そうに人殺しをした時のことを聞きやがる。

 本当に変なやつだ、狂ったやがる、俺が言うことではないかもしれんが。


 最初に人を殺したのは13歳のときだった。両親は毎晩のように夫婦喧嘩をしていて離婚問題でいつも揉めていた。不倫の話しや慰謝料の話し、どちらが先に手を出したとかそんな話しばかり、俺は離婚してどちらと一緒に暮らしたいのかを迫られていた。


 二人を責めることは出来なかった。それだけでより揉めることになることはもう飽きるくらいわかっていたし、どちらかと二人で暮らすようになったとき、日々の不満のはけ口が今度はこちらに向けられることはわかっていた。

 この二人はどちらとも暴力を辞められないどうしようもないクズだとわかっていた。


 自分よりも大きく、逆らえない相手を前にして恐怖しない人間はいない、逆らえば逆らうほど虐待されるだろう、そんな未来は見たくなかった。

 ずっと勝手に二人でいつまでも喧嘩していればいいと思っていた。それなのに、どうしてこう自分に責任を押し付けようとするのか・・・。

 迫られる決断の時、いくら考えても、どちらに引き取られるのも嫌でたまらなかった。


 二人きりになれば、どんな風に暮らせばいいのか、どうやって機嫌を取って、どんな顔をして誰かも知らない人の悪口を聞けばいいのか。考えるだけで頭が割れそうだった。


 気づけばもう、両親に対する感謝も愛情を尽き、未来への希望も失っていた。


 ある日の深夜、目が覚めて眠れない静かな夜だった。両親はもう眠っていた。


 一人台所に入り、包丁を手に握った。もういっそこのまま殺してしまえばいい、その方がずっと楽だ・・・。 あんな人間生きていたって誰のためにもならないだろう。

 心はどんどんと冷めていって、今更、自分の中で迷いはなかった。


 包丁を握ると、それはとても鋭く長く恐ろしいほどに鋭利な刃物で、これからすることを考えると”これさえあれば”簡単なことに思えた。


 冷めきった心の中では悲鳴はほとんど耳に響かなかった。あまりに呆気ない簡単な作業、突き刺した包丁が皮膚を貫き、噴き出す血飛沫を浴びた。

 身体が動かなくなるまで、何度も何度も包丁を身体に突き刺して、ベッドはもう血まみれだった。やがて体が動かなくなるのを確認して満足した。


 なんでなんだろう、まだ幼い自分にはわからなかった。あれだけ仲の悪い両親なのに今日は二人裸になって寝ていた。

 別々に寝ている日もあれば一緒に寝ている日もある、それがどっちであるか監視しているわけではないから何時も分かるわけではないが、今日はたまたま一緒に寝ているようだった。


 最近は夫婦喧嘩も酷かったから、こんなことはないと思っていたが、まとめて同じタイミングで殺すことが出来たのは好都合ではあった。


 でも、気分がいいものではなかった。どうして・・・、と言いたい気持ちになる。二人は服を床に脱ぎ捨て裸で寝ていた。寝る前にセックスをしていたのだろう。13歳の自分でもそれくらいはわかった。

 でも分からなかったのはどうして愛情は尽きているように見えて、そんなことだけは出来るだろうという気持ちだった。


 それだけはきっと永遠に分かる日は来ない・・・、そんな気がした。


 本当はさっき仲直りをして、それで”本気で愛し合っていた”のだとすれば、それはどんなに幸せな想像だろう。でもそんな想像、今になっては何のもう意味はない。二人の血まみれになった亡骸を前にして、それほど悲しい感情はない、結局そんなものは妄想でしかないんだ。


 俺の中にはやっと解放された、それが一番の感想だった。


 俺は自分の手で警察に連絡した。


「両親を殺してしまいました、すぐに家まで来てほしい」と、後悔などまったくなかった。その時の自分にはそれ以外に思いつく解決法がなかったのだから。


 それからどうなるのか、自分ではまるで考えてなかったが、二人といるよりはましだろうということだけは思っていた。別に他人が嫌いということはない、話せないということもない。ただ今の自分の境遇を変えたかっただけなのだ。

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