第十三話「夜を駆ける」2/3

何度も何度も勢いよく木刀を振り上げ男に向かってぶつかっていく。何度仕掛けても突破できない、体力だけが奪われていく。限界が来る前に決着をつけないと、段々と息が上がっていく、ここしばらくの特訓だけでは基礎体力の差まではどうにもできない。   


 こちらは苦しい状況だが、男の方はまだまだ余裕があるようだった。


「段々と速度が落ちてきたなぁ!! そろそろ俺に歯向かったことを後悔させてやろうか!!」


 そういって男は私が怯んだところで脇腹のあたりに木刀で叩きつけた。


「うわぁぁぁぁ!!」


 鋭い痛みが脇腹を襲う、倒れ掛かったところで次は背中に木刀を二度三度叩きつける。


「あああああっぁぁぁ!!!」


 私はたまらず大きな悲鳴を上げた。たまらず私は木刀を地面に落とす。猛烈な痛みのあまり立ち上がれない私の首根っこを男は掴んで身体を持ち上げる。



「もうやめてっ!!!」



 裕子の悲鳴がフロアに木霊する。


「はっはっは!!、やめてやんねぇよ!!!」


 男は歓喜の表情で左腕を木刀で思い切り叩いた。



「ぃああああっっ!!!!」



 あまりの激痛に悲鳴を上げて、私はそのままその場に倒れこんだ。左腕が腫れ上がり、そこから血が流れだす。今まで感じた事のない壮絶な痛みだった。


「もうやめて・・・、このままじゃちづるが死んじゃう・・・」


 裕子が泣きじゃくる、私は痛みで声も出せない、視界がぼやけていって、意識が朦朧としてくる。

 こんなところで倒れているわけにはいかないのに、身体がいうことを聞かない。


「もう終わりか・・・、やはり呆気なかったな」


 男が軽い口調で言った。息を切らしている様子もなく、余裕の笑みを浮かべている。

 殺人鬼が相手では敵わない、力の差は歴然としていた。


「それじゃあ、殺す前にせっかくだから本当の真実ってやつを教えてやる」


 すでに息も絶え絶えな私のことをじっと男は見下ろしている。その表情はいつにも増して真剣で冷酷さを秘めていた。



「お前らは色々と容疑者の父親の容疑を晴らすのために嗅ぎまわっていたようだが、残念だが麻生一家三人を殺したのは俺なんだ」



 男は冷たい口調で言い捨てた。痛みのあまり一瞬何を言ったのかわからなかったが、次第にその意味を理解したその時、衝撃が走った。


「お前が・・・、雫さんやその両親を・・・」


 私は男の方を睨みつけ、絞り出すように言葉を紡いだ。


「やっぱりそうなんだ・・・、なんて酷いことを、ちづるのお父さんはあんたに利用されただけ・・・」


 衝撃を受けているのは裕子も同じだった。


「そういうこった、俺が手早く三人を殺した後で、薬で眠らせておいたあの男に血液のついたままのナイフを握らせて玄関に放置した、そうして見事に殺人犯になり替わってもらったわけだ。

 目撃者もいなければ、俺が指紋を残さないようにしておけば誰も疑うことなく目の前で血の付いたナイフを持った男を犯人だと思うはずだ」


 あれだけ苦労してこれまで捜査してきたのに・・・、そんな単純な手口でお父さんが犯人に仕立て上げられてしまうなんて・・・。


「報道がエスカレートすれば、自ずと責任の所在が求められる。避けようのないことだよ、諦めな、もう容疑者の容疑を晴らすなんてことは出来ないってな」


 今、目の前に真犯人がいる。こいつが元凶、三人を殺した殺人鬼、もうダメだ、それを知っただけでもう許しておくわけにはいかない、なんとしても放ってはおけない、この場で何とかしなければ。


 私は最後の力を振り絞って再度立ち上がり、木刀を右手に握る。



「貴様だけは許さない、お父さんの分も、三人の分もきっちり借りを返えさせてもらう」


「そうか、そんなに憎いか、それでいい、その目だ、その憎しみに満ちた目が欲しかったんだ。さぁ、かかってこい!! 気の済むまで相手をしてやるよ!!」


「絶対に許さない、みんなの無念をここで思い知らせてやるよ!!」



 力強く決意を込めて言葉を放ち、再び木刀を男目掛けて振り下ろす。沸騰した思いが口調までも男の頃に戻させる。

 身体が限界を超えていたって関係ない、ただこの息が続く限り、力の限りを尽くすだけ。

 

 ガン!!ダン!!ガンッ!!!と木刀同士がぶつかり鈍い音がフロアに響く。


 何度も何度もぶつかっていく、止まることない剣劇のように互いの木刀がぶつかり合う。

 次第に男も徐々に息が上がり始める、私の意識はすでに朦朧としていたが、身体だけは止まることなく男を捉えて離さずぶつかっていく。

 もはや誰もが時間の感覚はなく、ただただぶつかり合う回数も忘れて打ち合う音だけが辺りに木霊する。


 そして男の一瞬の油断が木刀を男の左腕へと命中させた。


「ぬああぁぁぁ!!」


 男が一際大きく呻き声を上げる。しかし、それはまだ決定打ではなかった。すぐさま男は体制を整えて反撃の一撃を私の脇腹に加えた。



「くうぅぅ、いたああぁ・・・」



 手の力が抜けて私の木刀が地面に向かって吹き飛んでいった。


「さっきのは驚いたぜ、さぁ、残念だがチェックメイトだ」


 倒れこんだ私に向けて男が木刀を突きつける。


「俺がもし負けたら警察で自供してやろうかと思ったがここまでだな。


 あの日、進藤ちづるの父親が通りかかったのは偶然だった。

 どれもこれも偶然が重なって起きたことだ、誰でもよかったと言えばそうかもしれない、失業して家出をしていたというのは警察が動機として判断する上では好都合だったがな。

 人間ってのはツイてないときはとことんツイてないもんだ。お前らの負けだ、父親のことは諦めるんだな」


 男が話し終えた後で静寂が流れる。

 身体の節々が痛みを訴えて身体を動かそうとしてもいうことをきかない。

 視線をずらすと裕子が泣きはらした表情で声を出す気力もなくただ二人の死闘の行方を見守っていた。



「さぁ、諦めな」



 男は再度終戦を勧告する。私は一つ大きく息をする、もう時間が来たようだ。


「残念だけど、どうしてもあなたのことは許せないわ」


 私がそう告げると、次の瞬間、バンッ!!!と大きな音を立てて扉が開かれた。


「進藤さん」


 扉を開いて出てきたのは新島俊貴の姿をした礼二さんだった。


「新島君!!」


 私は来てくれたことに感謝を込めて名前を呼んだ。


「なに!?」 男が視線を扉の方に向けて驚き声を上げる。




「警察だ、葛飾蓮舫、観念しろ!!」


 続いて出てきたのは村上警部、持っていた拳銃の銃口をまだ動揺を隠せないままの男に向かって向ける。


「くっ!お前が呼んだのか?!」


「それは念には念を押しておかないとね」


 私は傷つきながらも得意げに笑って見せた。


「抵抗しても無駄だ、署まで来てもらうぞ」


 村上警部が銃口を突きつけながら一歩一歩近づいてくる。



「そうか、全部時間稼ぎだったってわけか」



 男が諦めたようにつぶやく。ようやく殺気立った敵意をやめる。驚くくらいの潔さだった。もしかしたら本当は他にも策を用意していたのかもしれない。しかしそうしたものが機能しなかったのか、それはわからないが、この前の一件も含めて計画全てがこの男の単独で行われたことではないことは何となくわかっている。そうした謎はまだ残っていて、それらはまだ解決していない。




 葛飾と呼ばれた男は銃口を前に抵抗することはなかった。




 静かに男の手首に手錠が掛けられる、それでこの場はとりあえず、ようやく終わったように感じて、脱力した。


「なんとか間に合ったな」


 礼二さんが呟いた。礼二さんが裕子の縄をほどく、裕子が小さくか細い声で”ありがとう”と言っているのが聞こえた。


「助かりました、二人を信じてよかったです。来てくれて、ありがとうございます」


「こんな大事になってるのに、俺をのけ者にしてたんじゃ承知しねぇからな、連絡をくれて感謝してるぜ、これでもう一度この事件を考え直すことが出来る」


 村上警部の言葉が胸に沁みた。いろいろな人に支えられて今生きている、そんなことを素直に感じられた。


 カバンに入れていた無線の電源は入れていたので、この場の音は二人に聞こえていた。


 私がやったこととすればちづるへの書置きにこれからここに来ること、裕子が人質に取られていること、そして村上警部の連絡先を書いて”この人は頼れる”と書いて残していったくらいだ。一枚の書置きから生まれた連携によって無事裕子を助け出すことが出来た。みんなには感謝しておかないと。


「お前の強さは見させてもらった、今回はお前の勝ちでいいさ。じゃあな」


 その潔さには疑念を抱かずにいられなかったが、今かける言葉も思いつかなかった。


「後は警察に任せてくれ。君の気持ちはわかっているつもりだ」


 村上警部はそれ以上は言わなかった。村上警部が男の腕を握り連行していく、間もなくパトカーが来て署まで連行していくようだ。


 私としては父の無実が証明されることを願うばかりだ、そうすれば柚季さんも解放される。そのためにここまでやってきたのだ、どうか報われてほしい。


「ふぅぅ・・・、なんとかなったわね。

 勘づかれたらどうしようかと思ったけど」


 フロアに三人が残される、やり切った気持ちで脱力して座り込んだままの私の傍に二人が駆け寄ってくる。


「無茶ばっかしやがって・・・、急いできて正解だった」


 なかなか経験しないようなことをやり遂げて、無事に二人を見ているだけで安心できた。



「ちづる!! ちづる!!! ごめんね、あたし・・・、あたしずっと本当は謝りたかったの。でもどう言っていいのかわからなくて、素直になれなくて、本当にごめん! あたしはちづると一緒にいたい、一緒にいたいよぉ!!」



 私は抱き着いてきた裕子を抱きしめ返す、こんなに泣かせることになるだなんて思わなかったけど、裕子の気持ちは嬉しかった。



「私も一緒だよ、ごめんね、怖い思いさせちゃって。裕子の事、巻き込んじゃったね。

 私も裕子と一緒にいると安心する、大切な友達だって思えるの」



「違うよ、巻き込んだのはあたしの方なの、あたしは顔は覚えてなかったけど、あの男と会ったことがあるの、だから狙われたの。

 あの男はあたしのことを最初から殺すつもりでいた、口封じのために、あたしはあの日、玄関で倒れてるちづるのお父さんを見てしまったから、そして白いワゴン車も」



「白いワゴン車・・・」



 裕子の言葉に礼二さんは反応した。その言葉の意味するところは私には分からなかったが、裕子には目の前にいるの人が本当は礼二さんであることは言えないので、この場で白いワゴン車について聞くのはやめた。


「でもあたしは誰にも言えなかった。言えば今度は殺される、そう思って言えなかった。だってあの男はあたしのことを知っているんだから。

 ごめん・・・、あたしは貴重な目撃者の一人なのに、あの男に薬で眠らされて、気づいたら公園に倒れてて・・・、あたしはこの事を忘れようとしたの、あたしが臆病だったから!!」


 裕子が捲くし立てるように事情を話す、初めて聞いた話ばかりでなかなか自分の中でも整理がつかない。


「話しは後でゆっくり聞こう、今はここを出てけがの治療をするのが優先だ、考えるのは後だ、気になることはたくさんあるけどな。

 村上警部があの男のことを葛飾蓮舫と呼んでいた。あいつが今回の事件に大きくかかわっていることは間違いない、あいつの素性が分かれば、事件は一気に解決に向かうかもしれない」


「その葛飾という男が麻生さん一家三人を殺した元凶なんだ、一体何者なんだろう・・・、一体どうしてこんな事件を起こしたんだろう。

 本当にお金のため? 依頼されたんだとしたら一体誰がそんなことを・・・、どんな動機があってそこまでしなくちゃならなかったんだ」


 考えることは山ほどあった。

 色々な情報が出てはきたが、まだ整理の付いていないことだらけで、疲れた頭ではなかなか正解が見えてこない。

 葛飾という男が事情聴取で何を話すのか、出来ればそれで父の容疑が晴れて、柚季さんが釈放されればいい・・・。

 そこまでの結果をすぐにというのは望みすぎかもしれないが、今はそういう方向に向かっていくことが一番重要だ。


 気付けば、外はもう暗く、丸い月が高い空に昇っていた。

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