第七話「ミラーズリポート」1/3

それはコンビニから帰る途中だった。外は陽が沈んですっかり暗くなっていて、仕方なく細い路地の道を歩いていた。

 大きな道に比べて街灯は少なく静かで物音もない。


「早く帰ろう」


 白に鼠色のチェック柄の入ったワンピースにサンダルを履いて、転ばないように歩く。あまり長時間外を歩きたいとは思わない、妙に肌寒さを覚える夜だった。


 唐突にバイクが迫ってくる音が聞こえた。近づいてくるにつれてエンジン音が徐々に大きくなる。


「(わざわざこんな細い道を走らなくても・・・)」


 そんなことを最初に思って、それから徐々にそのエンジン音は近づいてくる。


 ”正面だ”、そう思った瞬間にそれは私に向かって直接向かってきていると気づいた。


「(避けれない!!)」


 速度を下げて私を避けるどころか、大きな駆動音を立てながらバイクは加速して私に向かってくる。

 反射的な回避を行う間もなく、予期せぬ危機的状況にもうダメかと思った瞬間、身体が持ち上がる感覚が接近する車体のライトで光が溢れる中で起こった。


「危ない!!」


 男性の大きな声だった。男性に抱えられ飛び避けたおかげでなんとかバイクと衝突することを回避することが出来た。


「大丈夫かい、ちづるちゃん」


「は・・・、はい」


 本当に危なかった・・・、私は未だ動悸を抑えられぬまま答えた。

 バイクはそのまま道の向こうに走り去ってしまってこちらに戻ってくる様子はなかった。


 男性が手を伸ばしてくれてようやく立ち上がることが出来た。飛んで行ったサンダルを再び履いた頃にようやくその男性の正体に気付いた。


 薄暗くてなかなか気づくのに時間がかかってしまったけど、助けてくれた男性は前にロールケーキと一緒に名刺を置いていった雑誌編集記者の赤月蓮という人だ。


「あなたはあの時の不法侵入者!!、ロールケーキ御馳走様でした・・・」


 私はなんとか生きていることに安心して、謎のテンションでリアクションして見せた。


「赤月蓮です、ちゃんと覚えててくれるといいんだけど」


 思わぬ人に助けてもらってしまった。彼はそう、あの週刊誌を書いた人。


「またよからぬことを企んで近づいてきてます?

 あの記事はあなたが書いたんでしょ?、大変迷惑してるんですから、これ以上近寄らないでください」


 助けられはしたけど、私は怪しい雰囲気を感じて、一気にまくし立てて言った。


「誤解だよ誤解、あの記事は私が書いたものじゃないよ」


 彼は両手を開いて横にぶんぶん振りながら否定した。


「本当ですか?、じゃあ、どういうことなんですか?」


 私は責任を追及するように、疑い深い目で相手の顔をまじまじと見た。


「私は上司に経過を報告しただけなんだ、記事を書いたのも上司で発行されるまで私も知らされてなかったんだ。これでも報告するときにプライバシーがあるから載せないほうがいいでしょうと言ったんだよ」


「個人情報でしょう?、じゃあ、どうして知ったんですか?」


「警察にも知り合いがいるから・・・、ちょっと小耳にはさんで・・・」


「はぁ・・・、信用はしないですけどもういいです」


 私はこれ以上追及しても仕方ないと思いこれ以上疑うのをやめた。



 どうしてか、赤月蓮さんはまだ話し足りないようで、ファミレスまでやって来た。

 もう変えるつもり満々だったので、こんな事に付き合わされることになるとは、私は悪態を付きながら、テーブル席に座った。


「それで、おじさんは何がしたいんですか?」


「そのおじさんというのはやめてくれないかな・・・、これでも職場では若者扱いされてるんだけど・・・」


 私は「むぅ」と鋭い視線を送る。大体大人というやつは信用できない、結局損得で動く生き物だ、利用価値があるから近づいてきている、信用ならないのは当たり前だ。


「・・・仕方ないですね、赤月さん」


 なかなか警戒心を解かない私に対して赤月さんは苦しそうだ、おじさんと呼ばれるのはなかなかに傷つく案件らしい。

 実際の年齢を私が知らないから失礼なことを言っていたのは確かなんだけど・・・。でもまぁ、そろそろ興味本位だけではないことは段々分かってきた。

 わざわざ身を挺して助けてくれたのだから、話くらいは聞いてあげることにしよう。


 私はフルーツパフェを、赤月さんはオムライスを注文して、とりあえず普通の客を装って食事をすることにした。


 赤月さんは右手でオムライスを食べながら、左手で大きめの手帳を広げて、こちらに視線を寄せて話し始めた。

 一方、私は貴重な話が聞けることを期待して真面目に耳を傾けた。



「もう想像はついていると思うけど、私なりに今回の一連の事件の真相を探っていてね、記者として一般人よりは情報が入ってくるんだが、いくつか腑に落ちない点があってね、このまま犯人を進藤礼二と決めつけて捜査を続けていっていいのか、このままでは彼一人が罪を背負い、捜査も終結することになるだろう」



「それじゃあ、赤月さんは父が犯人ではないと?」



 私は、今更自分の父が容疑者の進藤礼二であることを隠す必要もないかと思って直球で質問した。



「まだ、それはわからないがその可能性は十分ある。

 重要なことは事件が進藤礼二の単独犯であると単純化されることだ。捜査はもっと柔軟にさまざまな角度から思考を巡らせることが必要だ。


 事件の大きさから結論を急いで早く幕引きを図ろうとすれば、それだけ肝心なところを見落としたまま真相からずれたものになりかねない。

 それこそJFK大統領暗殺の犯人とされ逮捕されたオズワルドのようにね。


 一つは凶器だ、凶器に使われたナイフは見た目はそれほど特殊ではないが、一般的に日本で流通しているものでなかった、それを事件の前まで普通のサラリーマンだった進藤礼二がいかにして入手したかは不透明だ。

 自宅からそれに似た凶器も見つかっていないし、交友関係からも未だそういった銃刀法違反になるような危険物を所持している人物は見つかっていない。偶然手にしたとすれば、それは出来過ぎているように感じる。


 もう一つは記憶障害だ、進藤礼二が供述するところによれば、事件の当日の記憶がないということだ。それに進藤礼二は麻生一家とも誰とも面識がなく、動機も不明だ、失業からの自暴自棄的な犯行にしても、三人を殺し、逃走もせずその場にいるだろうか。

 目撃証言の乏しいこの事件、真実は単純なものではないかもしれない」



 赤月さんは一つ一つ、今回の事件について丁寧に説明した。


 語り口調ではあったが、記者というだけあって、私なんかより、よく調べて考えていることが分かった。



「裏に何らかの陰謀があるということですか?例えば麻生さんに恨みを持った人物が都合よく父を犯人に仕立て上げるような」


「そういう可能性も考慮すべきだということだな、まだこの事件の裏には何かあるかもしれない」



 父が犯人でないとすれば、父をスケープコートにして逃れている真犯人がいるということだ。そんなことが簡単にできるかは分からないけど、私は何としてもその真犯人を見つけ出さなければならない。



「それで、どうして私のところに来たんですか?」


「君の体調や記憶の戻り具合が気になっていたし、進藤礼二と面会したという情報も今回あった。

 今となってはなぜ君の命が狙われているのかということの方が気がかりだけどね」


「私が父と面会したことを知ってるなんて、随分耳が早いんですね。今日は危ないところでしたけど、単なる愉快犯の犯行かも」


「しかし、また命を狙われないとも限らない、犯人が今回の事件と関係のある人物だとすれば、このまま放置しておくのは危険だろう」


「暗くてバイクに乗っていたのが何者かわかりませんでしたからね、本当迷惑なことです」


「そういうことで、ここは協力しないか?君だって面会に行ったということは気になっているんだろう、今回の事件の真相が」



 真実はいつも一つとでも言いたいのだろうか、赤月さんの解釈には都合のいいところが多分にあるけど、これは私相手だからなのだろうか?

 面会に行ったからといって真相を探るためとは限らないわけだし、何だかうまく乗せられている気もしてしまう。


 でも現実的に今の時点では、私一人でどう真犯人を探していいか分からない、ここは素直に協力を受けた方がいいかもしれない。



「そんな陰謀があるかはわかりませんけど、でも、父が身に覚えがないというなら、真相を探りたいとは思っています。それに私なりに腑に落ちないことがあります。


 どうしても父には三人を殺害するのは難しいように思います。凶器のことにしてもそうだし、もっと冷酷で荒事に手慣れている人物の犯行のように思うんです、会ってみて父にあれだけのことが出来たとはなかなか考えられない」



 私は落ち着いて自分の見解を述べた、赤月さんもこの意見にはうなづいて見せた。


「いい着眼点だね、ちづるちゃんがそれだけ冷静に分析できるなら、いいパートナーになれそうだ」


 赤月さんはニヤリと笑った。こうして私と赤月さんは事件の真相を探るため、協力関係となった。


 もしかしたら本当に赤月さんは私の身を案じてくれているのかもしれない。


 自分の調査のせいで、出すつもりのない記事が週刊誌に掲載されてしまったことを後悔しているのかも。あの記事のせいで私のことを傷つけてしまったことを悔やんでいるのかも、そう考えればただのロリコンではないかもしれない。


 美味しいものをご馳走してもらったし、私はちょっとだけ赤月さんに心を許すことにした。


 今の私にとって、大人の人が味方に付いてくれるというだけで大きな力になるはずだ。

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