(承)

 老人は言った。

「要するにお前には何か体と心を同時に動かすような体験が必要なんだ」

 夜九時。駅近くの公園のベンチに青年と老人が座っている。

 青年は以前、このベンチにて出会った女性に馴れ馴れしく愚痴を聞かせ、迷惑をかけたのにアドバイスをいただくという幸運に恵まれたあの達観系残念青年である。

 老人はそこら辺で出会った雑談相手である。青年の森羅万象に疲れ切ったような顔色の悪さから声をかけて今に至るというわけであった。

 対して老人は、そんな初対面の青年に向かって忠告を促す。

「聞くにお前さんはその女のアドバイスに従ってバイトを始めたはいいが、そのバイトが肉体労働でしかも通販食品の詰め込み作業だった。だから体力と気力を同時に使いすぎてここでくたばっているということだろう」

「はい……全くもって今言っていただいたその通りです」

 以前は女性に失礼な言葉遣いで接していた青年もさすがに老人ほどの年長者には最初から敬語を使っていた。

 明らかな目上の者に対しては下手に出て機嫌を伺う小心者であった。

「詰め込み作業だけでも人が食べる食品を自分の手で台無しにしないように身だしなみに気を付けたり、分量を量り間違えないように指先まで気を配っていたことで終わるころにはぐったりとなってしまいまして…」

「で完全に労働に心を折られたお前さんはここでぐたりとしていたとのことか」

「はい…言い訳のしようがないほどそのとおりであります」

「なんというか後先考えずに突っ走るタイプだなお前さん」

 ご老人の言葉にぐうの音もでないダメ男である。

「じゃあそれからどうする。とりあえず短期だったから1ヶ月そこで働きづめということでもないのだろう?」

「はい。とりあえず二日だけだったので……二日だけでここまでグロッキーになるのもあれですが」

 完全に何かもに弱気になっている彼に老人は言う。

「ボランティアやるか?」

 無償の奉仕活動を提案してきた。

「ボランティアですか?」

「そうだ。無償。お人よしが行う慈善活動。しかしその慈善活動が無ければ立ち上がれない人間はごまんといる。肉体も使い、人と交流して心を通わせる。重労働かもしれないが達成感はものすごく得られる。どうだ?やってみるか?ちょうどいい条件のところがネットに募集をかけてたが」



 自分一人では何一つロクな選択肢が出てこなかった。青年はその提案に乗るしかなかったのでとりあえず老人がおすすめしてくれたボランティアに応募してみることを明日から始めることにした。



《転》に続く→

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