第五葉 学生運動、戦争、三島由紀夫

 「お前、三島由紀夫って知ってるか?」

 「ええ、名前だけは・・・・・・」

 「俺、三島由紀夫が割腹自殺したときに居たんだよ」

 「ええっ! どこに居たんですか?」

 「駅前。いつになく騒々しいから何かあったのかと思ったけど、あとでそれが割腹自殺したときだったと分かった。俺、子どもの頃から結構本読んでてさぁ、三島由紀夫の文才には一目置いてたんだ。あいつも国のことを真剣に考えてたな。学生運動の連中とは真逆の立場かもしれないけど、真剣に考えて行動したことは同じだな。今と違って、そういう熱のある時代だった。吉川英治の作品もおおかた読んだな。三国志はおもしろかった。俺は劉備玄徳は嫌だな。なるなら諸葛孔明の方だな」

 諸葛孔明と聞いて里山はすぐに反応した。

 「じゃぁ、三回お願いしたら作品を書いてくれるんですか?」

 「ば、馬鹿っ、お前ぇ・・・・・・」と転坂は唸った。

 「お前は何かある度に書け書けって言うけど、そんなもん書けるわけないだろ!

俺は酒を飲んでいるときだけ饒舌になるんで、シラフで字なんか書けるかよ! そうだろ? できるわけない・・・・・・」

 「いえ、わたしはそうは思いませんよ」

 「またっ!、またそうやって・・・・・・」

 転坂はテーブルを叩きながら反論した。

 「だいたい、小説が何だってんだ! この国の小説家にロクなのがいるか? 瀬戸内寂聴? この間死んじゃったけど、あんなもんエロ小説家じゃねえか。読者に媚び売ってよお・・・・・・」

 「そうはおっしゃいますが、瀬戸内さんの時代の文壇は男社会で、女性が作家として伍していくのはとても大変だったのです。そんななかで瀬戸内さんはその草分として・・・・・・」

 「草分けじゃねえだろ、先にいるじゃねえか」

 「さすがよくご存じで・・・・・・。とは言うものの、瀬戸内さんの時代は依然男社会で、そこで独立した地位を確立するためには女性ならではの感性で新しい・・・・・・」

 「へぇぇ、じゃぁお前はその女性ならではの感性とやらをすべて感得しているということかい?」

 「そ、そういうことでは・・・・・・」

 転坂は勝ち誇ったかのように哄笑した。

 「うろたえるんじゃねえよぉ、冗談だよぉ・・・・・・。でも、本当に自分には書く力も、書けるようなこともないんだよ、本当に・・・・・・」

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