第38話 バレンタイン③

 午後の授業を終え、迎えた放課後。

 俺がそそくさと帰り支度をしていると、ポケットに入れていたスマホのバイブレーションが振動する。

 スマホを取り出して、通知を見れば、メッセージが届いていた。


 宛先は彩音から。

 内容を確認してみると――


『今日暇? 暇だよねー? 十六時に駅前のマック集合で』


 と、有無を言わせぬ一方的な文面が書かれていた。


「また呼び出しか……」


 何度目か分からぬ呼び出しに、俺はげんなりとしてしまう。

 だが、これでもし指定された場所へ行かなかったら、夜に鬼のような着信履歴とメッセージが送られてくることは明白。

 ここは大人しく、彩音に会ってあげることが正解だ。


『分かった。席確保して待ってる』


 俺はそう返信を返して、スマホをズボンのポケットにしまい込んだ。

 荷物を背負い、席を立ち、そそくさと教室を後にして、駅前のマックへと向かう。


 歩いて十分ほどで、駅前のマックに到着する。

 適当にハンバーガーとポテトを注文して、俺は二階の二人掛けの窓際席を確保して、彩音を待つことにした。

 ハンバーガーをむしゃむしゃと頬張り、ポテトをもしゃもしゃ食べながら、窓から外の様子を眺めていると、視界の端にオレンジ色の髪が映り込む。

 視線を店内へ戻すと、ニッコリ笑顔の彩音が、いつの間にか向かい側の椅子に腰かけていた。


「よっ、ちゃんと来てくれて偉いぞー」


 そう言って、彩音は俺の頭へ手を伸ばしてくる


「えぇい、子ども扱いするなっての、鬱陶しい」


 俺は彩音の手を振り払い、机に頬杖をついた。


「んで、今日は俺を呼び出して何の用だ?」

「んー? そりゃまあ、クラスメイトがみんな、彼氏とイチャってるから、独り身で寂しい私を癒してもらおうと思って」

「ほう……聞き捨てならない言葉だな」


 どうやら彩音の周りには、リア充が多いらしい。

 けっ、これだからバレンタインデーはろくなことがないんだ。

 おっと危ない危ない、つい毒を吐きかけてしまった。

(もう吐いてるけど)


「あっ、そうだー!」


 すると、彩音がはっと何かを思いだした様子で、バッグの中をガサゴソと漁りだす。

 しばらくして、中から水玉模様の袋に包まれたモノを取り出して――


「ほい、これあげるー!」


 軽い調子で手渡してきてくれたのは、本日三度目のチョコだった。


「お、おう……サンキュ」


 俺は、おずおずと彩音が手渡してきたチョコを受け取った。


「なに、そのつまらないような反応は……あっ、もしかして、谷間で温めておいた方が良かった?」

「ちげぇよ。ただ、彩音から貰えると思ってなかったから、ちょっとびっくりしただけだ」

「またまたぁー。本当は期待してたくせにぃ-」

「えぇい鬱陶しいな。とにかくありがとな!」

「どういたしましてー! あっ、お返しは三倍でよろー。ちな、原価だけで三千円かかってるから」

「いや、その三千円分の内、俺が受け取ったやつでいくら分だよ?」

「二十個ぐらい作ったから、多分百五十円ぐらい?」

「俺に全額返金させようとすな」

「えぇー!? 慶悟のケチ」


 ぷくーっと唇を尖らせて、抗議の視線を送ってくる彩音。

 そういうあざとさが無ければ、普通にこいつは可愛くて色気もあるから、彼氏なんてすぐにできると思うんだけどな。


 ってか、これで義理チョコ三つ目かぁ……。

 明日は、大吹雪にでもなるんじゃないかと疑ってしまいそうなレベルで、俺の中の絶頂期迎えてるなこれ。


「彩音はさ、こうして頻繁に俺と時間潰してるけど、彼氏とか作らないわけ?」


 ここ最近、多いときには週四ペースで彩音に呼び出されている。

 もう慣れてしまったけど、彩音だって、学校での付き合いとかあるはず。

 なのに、どうして俺のことばかり構ってくるのか不思議だったのだ。

 俺が尋ねると、彩音は顎に人差し指を当てながら、視線を上に向ける。


「うーん……なんつーか、アーシに見合う男子いない的な?」

「お、おう……」


 いきなりの辛辣発言に、俺も思わず言葉に困ってしまう。


「だから今は、慶悟をおもちゃにして遊んでるのが一番楽しいって感じ?」

「俺はおもちゃなのかよ⁉」


『いつの間にか、他校のオレンジギャルのおもちゃにされていた件』

 近日発売。

 的なラノベタイトルありそうだな。


 とまあ、くだらない考えを巡らせていると、彩音のスマホがブーッ、ブーッと鳴り響く。


「ちょい待ち、電話だわ」


 そう言って、彩音は通話ボタンを押して、耳元へスマホを近づけて電話に出た。


「もしもーし? あっ、はい、どうしたんすか?」


 しばらく相手側の話を聞いていると、彩音の表情が少しずつ厳しいものへと変化していく。


「わっかりました。ちょっと待ってくださいね」


 彩音はそう言って、スマホを下の方へ隠すと、嫌そうな顔を俺に向けてきた。


「どうしたんだ?」

「なんか、バイトがバックレたらしくて、急にヘルプ頼まれちゃったんだよねー」

「それはご愁傷さまだな」

「ねぇ、今からアーシの彼氏になってくんない? そしたら、彼氏とデートなんで無理でーすって口実付けられるからさ♪」


 ウインクしながら、クズい発言をしてくる彩音。

 俺には微笑み返しながら言葉を返す。


「こういう時こそ、働いてお金稼いだ方がいいんじゃないか?」

「むぅ……慶悟のバーカ」


 不貞腐れた様子で、彩音は再びスマホを耳元へと近づけて、ヘルプへ行く旨を伝えた。

 通話を終えて、スマホを耳元から話すと、彩音はそそくさとカバンを手に持って立ち上がる。


「ってことで、アーシはバイト行ってくる」

「おう、頑張れよー」

「今度ちゃんと労ってよ?」

「分かった、分かった」

「それじゃ、愛してるよーんダーリン♪チュッ♡」


 ウインク&投げキッスを飛ばして、彩音は急ぎ足で階段を下りていく。

 やれやれといった様子で彩音を見送っていると、今度は俺のスマホの画面が光る。

 見れば、南央からのコールだった。

 嫌な予感がしたけど、俺は渋々といった感じで、通話ボタンをタップして、そのまま耳元へスマホを近づける。


「もしもし?」

「慶悟―! ヘルププリース!」


 開口一番、南央から放たれたのは、SOSのお願いだった。


「一応確認だけど、どういうSOS?」

「とにかく学校に来れば分かるからよろしくー! 昇降口前集合ね! それじゃ!」

「あっ、おい南央!」


 南央は言いたい事だけ伝えて、肝心の内容を教えぬまま通話を切ってしまう。


「ったく、しょうがねぇなぁ」


 俺はガシガシと頭を掻いてから重い腰を上げて席を立つ。

 トレーを片付けてマックを後にして、通学路を後戻りするのであった。

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