第29話 デート当日(凜花視点)

 私、橘田凜花たちばなだりんかは、佐野慶悟と一緒に、模試の試験で対決した罰ゲームと称して、デートを敢行していた。

 現在公開中の映画を観に行くため、私たちはショッピングモールの中を歩いているもだが――


 くぅぅぅぅぅーーーーっ!


 私は一人心の中で悶絶していた。


 何よこれ⁉

 何でコイツはこんなことまでしてて平然としていられるワケ!?


 私は内心、めちゃくちゃ混乱していた。

 だって、私が手を差し出したら、普通に手を繋いでくるし、しかもポケットの中に迎え入れるとか、どんな神経してるの⁉


 私の胸の鼓動は、さっきから高鳴りっぱなしだ。

 もう、こんなことになるなら、罰ゲームの一環とか言わなきゃよかったと後悔する。


 と思う反面、佐野に手を握られて気づいたこともあって……。

 やっぱり、男の子の手ってゴツゴツしてて大きいなぁ。

 佐野はサスケに出ていることもあり、指先のトレーニングもしているからか、余計に太くて丈夫に感じられる。

 掌に出来ているマメの感触が、彼の努力の跡を物語っていた。

 そんな力強い男らしい手に包まれて、私はどこか安心感にも似た感覚を覚えてしまっている。

 もし万が一のことがあっても、佐野が守ってくれるんだろうなという、そんな逞しささえ感じ取れた。


 って、何考えてるの私⁉

 これはただの罰ゲームなのよ!

 本当に守って欲しいとか、そんなこと思ってないんだから!


 私はぶんぶんと首を横に振り、邪な想像を頭から振り払う。

 すると突然、隣を歩いていた佐野の足が止まる。


「着いたよ」

「へっ⁉」


 佐野に声を掛けられ、視線を前に向けると、映画館の入り口に到着していた。


「えぇ着いたわね!」 

「それじゃ、チケット発券してくるから、凜花はちょっと待っててくれ」

「わっ、私く付いて行くわ」

「いいから、ここで待っていてくれ。んじゃあ、ちょっくら行ってくるわ」


 彼はそう言って、ポケットに入れっぱなしだった手を抜くと同時に、私の手をそっと離した。

 私が少し名残惜しさを覚えている間にも、彼はそそくさとチケットの発券機へと向かって行ってしまう。


「もう……もうちょっと甘えさせてくれたっていいじゃない」


 私が一人でぶつくさと文句を言っている間に、佐野が私の元へと戻ってきた。


「はいこれ、チケット」

「ありがとう」


「入場までもう少し時間あるみたいなんで、ちょっとお手洗い行ってくる」

「それじゃ、私もついでに行こうかしら」

「分かりました。それじゃあ終わったらもう一度ここに集合って事で」


 そう言って私達は一度、それぞれ映画館に入る前にお手洗いを済ませることにする。

 私は化粧台の前で、はぁっとため息を吐いてしまう。


「私、何やってるんだろう……」


 せっかくのデートだというのに、結局無難な服装で来てしまった。

 もっと彼好みの服装にすればよかっただろうか?


「いけない、いけない! 早く戻らないと」


 私は両頬をペチペチと叩いて、気合を入れ直してから、彼が待っているであろう入り口付近へ戻っていく。

 彼の元へ戻ると、柱に寄り掛かりながらスマホを操作していた。

 スマホを見る彼の表情は、どこか引きつっているように見える。


「どうかしたの?」


 私が声を掛けると、佐野がすっと顔を上げて笑みを浮かべた。


「何でもないよ」


 そう一言告げて、佐野はスマホをポケットに仕舞い込んだ。

 再び向き合う形になり、無言で見つめ合ってしまう。

 私はばつが悪くなり、上映時間の書かれているスクリーンへと目を移す。


「佐野はこの映画、観たことあるの?」

「うん、前作までのシリーズは全部見てるよ。でも、こうやって映画館に観に来るのは久しぶりかな」

「そうなんだ……まあ最近はすぐに、ネットで観れちゃうもんね」


 最近は、ネトフリなどのサブスクリプションシステムが普及したこともあり、家で気楽に映画を楽しめるようになってしまったので、こうして映画館にわざわざ足を運ばなくても、手軽に最新映画を観れる時代になってしまった。

 けれど、映画館もこうしてたまに来ると、やはり巨大なスクリーンで大迫力の映像を見るという経験は、家では出来ないので、新鮮味があって私は好きだったりする。

 まさか、佐野とこうして映画を観に来ることになるとは思っても見なかったけどね。


 薄暗い室内で、男女二人隣り合わせで映画観賞。

 となれば、必然的にひじ掛けに手を置くことになるわけで……。

 私はつい、佐野の手を見つめてしまう。

 佐野の手、温かくてごつごつしてて、男らしくて安心感あったなぁ。


「また握ってくれないなぁ……」

「ん、何が⁉」

「へっ⁉」


 しまった、つい心の中の声が漏れてしまっていたらしい。

 私は慌てて周りを見渡して、とある看板を指差した。


「あれよ、あれ!」


 指差した先には、運よく食品街にあるお寿司屋の広告が掲載されていた。


「お寿司、食べたいの?」

「そうじゃないんだけど、あの広告観てたら、この前家でお父さんが握ってくれた手巻き寿司のこと思い出しちゃって!」

「あぁ、そういうこと。確かに、家で手巻き寿司作るのも美味しいよな」


 強引な持っていき方だったけど、佐野が話に乗ってくれたため、何とか誤魔化すことが出来た。

 私はほっと胸を撫で下ろす。


【お待たせしました、10時より上映予定の――】


 すると、私たちが観る映画の入場が始まるというアナウンスがエントランスに流れた。


「行きましょうか」

「だな」


 佐野は、一歩先を行くようにして、入り口へと向かって行く。

 その後ろを、私はひょこっとついていく間も、視線は彼の手元をジィっと見据えてしまうのであった。

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