第46話:誤算
ルシフォスはセイリーンを閉じ込めた小屋を出ると、足早に本館に戻った。
「この王剣、やたら重いな。使う時が来るまで大事にしまっておけ」
ディアラドの剣を侍従に渡し、ルシフォスはどかっとソファに腰を下ろした。
計画は順調だ。
ディアラドは疑う素振りも見せず討伐隊を
(だが、なぜこんなにも苛つくのか……)
一週間ぶりに見たセイリーンは、
頬はほんのり上気し、青い瞳は生き生きと輝いていた。
生気
(陰気で地味な女だったのに……)
グレイデン王国で、いったい何があったというのか。
(あんなに息を呑むような美しさを放つ存在だったか……?)
「ルシフォス様、魔物のご用意ができました」
「うむ」
ルシフォスはもやもやした感情を持て余しながら、近衛兵と共に本館の隣にある別館に移った。
近衛兵の作業室にしている広々とした部屋に入る。
長テーブルの上に檻があり、白い兎のような獣が入っていた。
「こちらがシュネー・ヘルデ、と呼ばれている魔物です」
ルシフォスはまじまじと檻の中の獣を見つめた。
「……ずいぶんと小さいな」
「ええ。戦闘能力も狐以下で、兵たちも拍子抜けしたようです」
ルシフォスと目が合うと、シュネー・ヘルデはチチチチ……と耳障りな音を立て、歯を剥いた。
長い尾の先の黒い部分を震わせている。どうやら音は尾から出ているようだ。
「フン……魔物というからどんなに恐ろしげな獣かと思えば、まるで兎か鼠のようではないか。ダリアリアも討伐隊が必要などと大げさなことを!」
「まさしく。網をかけると暴れたものの、
「皆、魔物を過大評価しているのではないか? ディアラドがマントにしている魔獣も、せいぜい熊くらいであろう」
ルシフォスの言葉に、室内にいた近衛兵たちが笑った。
「まあ、辺境の地では獣を倒すことくらいしか、
「魔獣王、などと自称すれば皆恐れると思っている。野蛮な国ですよ」
近衛兵たちが侮蔑の表情を浮かべる。
「魔獣王、ディアラドか……」
これみよがしに漆黒の毛皮を羽織っているディアラドの姿を思い浮かべ、ルシフォスは顔を歪めた。
周囲の貴族の女たちが、恐れながらもディアラドをちらちら見ていたのも気に入らない。
(やはり、奴をここで始末しておくのは正しい)
(セイリーンも無事手中にあるし、私の計画は完璧だな)
檻の中で、シュネー・ヘルデが鼻をひくひくと動かしている。
見知らぬ場所に連れてこられて不安そうだ。
「とにかく、我が国に魔物の知識がないのは問題だ。今度のためにも、さっそく研究を始めろ。急所を探せ。何の毒が効くか確かめろ」
「はっ!」
兵士が檻から一匹取り出すと、台の上に縄できつく固定した。
「ギイッ!!」
縛られた箇所が痛むのか、シュネー・ヘルデが悲鳴のような声を上げた。
檻の中の二匹が呼応するように、ギチギチギチと歯を鳴らし始める。
と、同時に黒い尾の先端を震わせた。
チチチチチチ――と不気味な音が室内に響く。
「耳障りな! あとはおまえたちに任せる! 簡単に殺すなよ!」
ルシフォスは兵たちに命じると、作業室を出た。
(まったく、おぞましい。魔物など、ミドルシア王国から一匹残らず消し去ってやる!)
「討伐隊の帰還はまだか!」
ルシフォスは背後を付いてくる侍従を振り返った。
「もうそろそろ帰ってくる頃合いでしょう」
「よし! ディアラドの首を確認したら、
別館から出た瞬間、ルシフォスは異変に気づいた。
「なんだ……?」
そこだけ雪が降り積もったかのような、白いふわふわとした塊があちこちにある。
目を凝らすと、白い獣の姿だとわかった。
「シュネー・ヘルデ……?」
ギチギチギチギチ――不快な歯を鳴らす音が一斉に聞こえてきた。
「……っ!!」
ざっと見渡しただけでも、軽く50匹はいるだろう。
近衛兵たちも、その数の多さに息を呑む。
「なぜ、私の領地に魔物がいる!! 街道にいるはずではなかったのか!!」
ギチギチギチギチ――。
恐るべき早さでシュネー・ヘルデが続々と増え始めた。
「うっ……」
もう数え切れないほど増えた魔物の姿に、侍従たちが硬直した。
「ル、ルシフォス様……」
魔物に対抗する手段が一つだけあることに、ルシフォスは気づいた。
「本館に戻るぞ! ディアラドの剣は魔獣をも斬るのであったな!」
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