第36話:侍女たちの噂話
貴族の令嬢たちに負けず劣らすの熱意で、侍女たちが噂話に興じていた。
「ねえ、セイリーン様はどうなさっているの? グレイデン王国にはケイトが付いていってるんでしょ?」
公爵家の侍女がほうっとため息をつく。
「ケイトから毎日報告の手紙が来るけど、本当に楽しそうで羨ましいの」
「セイリーン様だけじゃなくて、ケイトもとても大事にしてもらっていて……」
「でも、猛獣王って言うくらいだから、すごく怖い人なんでしょ?」
「それがね、ディアラド様はとても気さくで穏やかな方らしいわ。それにグレイデン王国の人々は皆朗らかで親切ですって! ほらこれ!」
「なあに、素敵!」
光が当たると虹色に輝く宝石のついたペンダントに、侍女がたちが声を上げる。
「綺麗な石ね! 見たことない!」
「まあね! ディアラド様から私たちへの贈り物よ。毎日届くの。セイリーン様からのお手紙と一緒にね!」
「ええっ、侍女にも!?」
「そう! 公爵様たちはもちろん、侍女や使用人の方々にもってわざわざ……。そうそう花を使ったお菓子もいただいたわ。王様の花園で作ったんですって」
「えええ、いいなあ!」
「ケイトも美味しいものを毎日いただいているって……。なんと王様と同じテーブルで一緒に食べているんですって!」
「侍女が王族と!?」
信じられないと悲鳴のような声が上がった。
「ディアラド様はすごく気さくで優しい、って書いてあったわ。馬車の乗り降りに手を貸してくれたり、力仕事を手伝ってくれたり」
「王様が!?」
「身分に関係なく男が女性を助けるのは当たり前、っていうお国柄なんですって」
「へえええ! イメージと全然違う!」
「ね! 武力で国を治める凶暴で恐ろしい王だって聞いてたのに。だから、女性の扱いも乱暴なのかと……」
侍女たちが思いがけない情報にざわめく。
「グレイデン王国では女性たちも生き生き働いているって書かれていたわ。ディアラド様はどこに行っても大人気で民に囲まれる、って」
「セイリーン様もすっかりくつろいでいらっしゃるみたいで」
「今回はお忍びの静養旅行だからケイトだけだったけど、次は私たちも連れていってくれるよう頼むんだ!」
「いいなあ、楽しそう……。私も公爵家で働きたいわ。セイリーン様もお優しいし……」
侍女たちがうなずき合う。
「なんだかグレイデン王国のイメージが変わったわ……。ディアラド様も遠目には恐ろしい方に思えたけど……」
「ね、黒い魔獣のマントが印象的で」
「でも、確かにとても落ち着いた方だったわね」
「それにあの突然の求婚! 私たちは遠くからしか見えなかったけど、セイリーン様にひざまずいていたわよね」
侍女たちの興味がディアラドに移っていく。
「そんなに気さくでお優しい方なのね……」
「お強いみたいだけど、女性に対してとても礼儀正しく親切みたいよ。特にセイリーン様にはベタ惚れで、ずっと彼女が喜ぶために頑張っているらしいわ」
「羨ましい!」
「一途な方なんですって。周囲の女性には目もくれず、ずっとセイリーン様一筋。
縁談も全部断っていたって」
「はあ……純愛なんだ」
「確かに……野性的だけどまっすぐな方に見えたわ」
「それにかっこいいよね。よく見たら……」
「そうなんだよね。金色の鋭い目にさらさらの銀髪……長身でスタイルいいよね!」
「あ、あんたもそう思ってた!?」
「うん、なんか他の男性と雰囲気違うんだよね。雄々しいっていうか、凜々しいっていうか……」
「そうね。半年に一度はミドルシア王国に交流にいらしているけれど、浮いた話はまったくなかったわね。他国の王族って羽目を外す方も多いのに」
「ね。城侍女に手を出そうとしたり、娼館を渡り歩いたり……。私たち使用人の目なんて気にしてないんでしょうけど」
「そうそう。ルシフォス様もね。ダリアリア様と浮気しているなんて、私たちにはバレバレだったっていうのに」
侍女たちは失笑をもらした。
「王都内では二人きりにならないようにしていたみたいだけどね。郊外にも使用人の目はあるっていうのに」
侍女たちはクスクス笑ったあと、顔を見合わせた。
「……婚約破棄されてよかったんじゃない、セイリーン様」
「そうね。王妃になれたかもしれないけど、10年越しの婚約者をあんな風に切り捨てる方って信用できないっていうか……」
「情が薄いというか、遊び方も上手な方ではないわよね」
「見た目は
「遊ばれているだけ、って気もするわよね。ダリアリア様は大陸中を飛び回っている才女で出会いも多いだろうし。有能だけどシビアって聞くわ」
「ルシフォス様だと物足りないかも――」
「あっ、ちょっと!」
ルシフォスが侍従たちを連れて歩いてくるのを見た侍女たちは、そそくさとその場を立ち去った。
まるで蜘蛛の子を散らすような侍女たちの姿に、ルシフォスは眉をひそめた。
いつもならばうっとりとこちらを見つめ、深々とお辞儀をしてくる貴族の令嬢たちも、ひそひそ話に夢中でルシフォスに目もくれない。
「あ、ルシフォス殿下! ご機嫌麗しゅう」
晴れやかに声をかけきたのは、オーブリー・サイラス公爵だった。
「これはサイラス公爵。ご挨拶痛み入ります。王への
ルシフォスは丁寧な挨拶を返した。
仮にも一時、義理の父になるかもしれなかった人物だ。
「いえ、今日は王立図書館と国際学の博士へお話を伺いに」
まるで婚約破棄などなかったかのような明るい表情と屈託のない態度に、ルシフォスは戸惑いを隠せなかった。
気まずい思いをしているのは、ルシフォスだけのようだった。
「そうなのですか。博士によろしくお伝えください」
「ありがとうございます。殿下も良き日を」
足取りも軽くオーブリー・サイラスが颯爽と廊下を去っていく。
その胸にきらりと光るブローチが目についた。
見たことのないデザインが、目に焼き付く。
相当上等な品だというのが、目の肥えたルシフォスにはわかった。
「……えらく上機嫌なんだな。慰謝料の金品や領地が効いたのか」
フン、と鼻で笑ったルシフォスだが、すぐさま異変に気づいた。
侍従たちが気まずそうに目配せしたり、自分がから目をそらせている。
「どうした、そなたたち。何か言いたげだな」
「い、いえ殿下」
「申してみよ!」
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