第24話:花酒と歓談
ようやく起き上がったディアラドと共にセイリーンは館に戻った。
五人で夕食を楽しんだあと、シャイアが待ちかねていたように立ち上がった。
「お二人にいろいろお見せしたいものがあるんですよ。花園の特産品なんですけど」
シャイアが花園で作っている花のアクセサリーや雑貨、ジャムなどを紹介してくれる。
どれも初めて見るものばかりで、セイリーンとケイトはすっかり夢中になった。
「気に入ったものがあったらおっしゃってくださいね。ぜひお土産に! それではとっておきのものを出しますよ~」
シャイアが思わせぶりに持ってきたのは、透明な瓶だった。
ラベルには花が描かれている。
「ウチの花園で作っている花酒なんですけど……食後酒に少しいかがですか?」
「えっ……?」
「ああ、俺たちはもらうが……セイリーンたちはどうする?」
「ええっと……お酒は強くはありませんが、ワインなどを少し
ケイトを見ると小さく頷いてくれる。
安心できる環境で、他国の王から勧められた地酒を飲む――それならば大丈夫だろう。
「では、少しだけお召し上がりになって」
シャイアが小さなグラスを出してくれる。
グラスに注がれた透明の液体の中には、薄青の花びらが入っていた。
「わあ……」
「綺麗でしょう? お酒の醸造には使っていないんですが、仕上げに入れるようにしているんですよ」
まずケイトがグラスに鼻を近づけた。
「いい香り……」
「このお酒は強いから、舐めるようにして飲んでみてくださいね。チェイサーのお水も置いておきますから」
シャイアの言葉どおり、少しお酒を舐めてみる。
「甘い……! それにかぐわしい花の香り!」
「美味しいですね! 私はもう少しいただいていいですか?」
ケイトがさっそくお代わりを所望した。
ケイトがお酒が強いのはよく知っている。
ケイトがそばにいるのであれば、お酒を楽しんでも大丈夫だろう。
それに――ディアラドが嬉しそうに見ている。
(さっきは思い切って話しかけてよかった……)
ディアラドとの貴重な二人だけの時間が、ぐっとセイリーンをくつろがせていた。
「シャイア、俺たちにも!」
「はいはい」
催促するキースに苦笑しながら、シャイアが大きいグラスを三つ出してきた。
五人はちびちびと食後酒を楽しんだ。
「うーん、やっぱりラピスフラワーのお酒が一番美味しい! うん、我ながらよくできた!」
シャイアがグラスをうっとりと見つめながら微笑む。
「自画自賛かよ」
「うるっさい! じゃあ、キースにはもうあげない!」
取り上げようとするシャイアに、キースがさっと瓶を抱え込む。
「嫌だ! もっと飲むんだ!」
「じゃあ、作り主にもっと敬意を払いなさいよ!」
「嫌だ!」
キースとシャイアのじゃれ合いに、セイリーンは思わず笑ってしまった。
「いつもこんな感じなんだ、この二人は。なんだかんだ仲が良い」
セイリーンは、自分が笑うとディアラドが嬉しそうになることに気づいた。
「はあ? 何言ってんだディアラド!」
「ディアラド様の目って節穴ですか!? ああ、もう一本開けよう……新作のバラのやつ」
シャイアがやけ酒のように新しい瓶を開ける。
「私もいただいていいですか?」
ケイトが真っ先にグラスを差し出す。
「私も……バラのお酒を飲んでみたいです」
セイリーンたちの反応にシャイアが顔をほころばせた。
「気に入ってもらえて嬉しいです!
花酒は女性が楽しめるように、って思って作ったので」
「男は無視かよ」
さっとグラスを差し出しながらキースが因縁をつける。
「そういうあんたこそ、ハーブのお酒を造るって話はどうなってるの?」
「全然うまくいかない! そっちもおまえに任せるよ」
キースがちびちびとグラスを舐めるのを、シャイアが苦笑しながら眺める。
「花酒いいなあ。これ。ミドルシアでも飲めればなあ……」
ケイトがグラスを見つめながらうっとりと言う。
「それ! 生産が追いついたら輸出も考えてるんですよ!
ね、ディアラド様!」
「本当ですか!? 楽しみです! ね、お嬢様!」
「ええ」
セイリーンにシャイアが笑顔を向けてきた。
「そういえば、さっき花園で作業中に歌声が聞こえてきたのですが……。
あれはセイリーン様ですか?」
シャイアに問われ、セイリーンは顔を赤らめた。
何も考えず気持ちよくのびのび歌ってしまった。
きっと花園中に響いていただろう。
「そ、そうです」
「素晴らしい歌声ですね。とても伸びやかで心地よくて。
弟子たちも私も、とても気分よく作業が出来ました」
「俺は寝ちまったなあ……」
キースはごろっとだらしなく横倒しになり酒をちびちび飲みながら言う。
「おまえもか! 俺も聴きながら眠ってしまった」
自分のそばで寝息を立てていたディアラドのあどけない寝顔を思い出し、セイリーンは顔を赤らめた。
(ぐっすり眠っているのをいいことに、髪や顔を触ってしまった……)
「シャイアさん、私ももう少しお酒をいただけますか?」
仄かに酔いは回っていたが、もう少しお酒が飲みたい気分だ。
「お嬢様、大丈夫ですか? 少しお顔が赤いですけど……」
「大丈夫よ、ケイト」
「じゃあ、バラ酒どうぞー」
セイリーンは羞恥で上気した顔を隠すように、ついでもらったお酒を舐めた。
キースが傍らのディアラドの服を引っ張る。
「おまえ、寝てたの!?
俺はともかく、おまえのために歌ってくれたんじゃないのか、セイリーン嬢は!」
ディアラドがハッとしたようにセイリーンを見た。
「すまない、あまりに心地よくて――」
「あ、いいんです。私もとても気持ちよく歌えて……楽しかったです。
また歌ってもいいですか?」
「もちろんだ……いつでも歓迎だ」
お酒を飲んだせいだろうか。
少し気分が高揚している。
シャイアを見ても、もう気持ちが沈んだり、引け目を感じることはなくなっていた。
自分は自分だ。
シャイアやダリアリアのようにはなれない。
でも、そのままでいいとディアラドは言ってくれた。
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