第31話


 最終試験、二日目。

 昨日と同じように迷宮を進んだ僕たちは、拠点を作った部屋と同じくらいの大広間に辿り着いた。


 ここが迷宮の最深部だ。

 その中央には歪な台座があり、拳大の宝石のようなものが嵌め込まれている。


「これが……宝玉か?」


「んだよ、思ったより簡単に見つかったな」


 ライオットが台座を警戒して観察する。

 その隣で、レティが平然と台座に近づいた。


「そんじゃ、さっさと取って帰るか」


「お、おい! 不用意に近づくな! 罠だったらどうするんだ!?」


「そん時は……どうする、リーダー?」


 レティが僕の方を見る。


「打破すればいい。俺たちならできるさ」


 本当は「普通にお前が責任を取れ」と言いたいところだが、ルークならきっとこう言うだろう。


「くっ……調子のいいことを」


「そうは言うけどよ、リーダーがああ言うとマジで何とかなりそうな気がしねぇか?」


「それは、確かにそうだが……」


「なんだ。普段は険悪なくせに、やっぱりアンタもリーダーのこと認めてんだな」


「だ、誰が認めるか! あんな男!!」


 男のツンデレ、ライオット。

 彼はこの先もレティだけでなく色んな人物にからかわれることになる。


 レティが宝玉に手を伸ばした。

 思ったよりは拍子抜けする試験だったな、と誰もが思ったその時――。


「何か来るぞ」


 ゲンが警告する。

 大広間の壁が左右に開いた。どうやら隠し扉があったようだ。

 扉の中から現れたのは――。 


「なんだ、こいつは……魔物か?」


「ア、アタシのせいじゃねーよな……?」


 一体の鎧武者がそこにいた。

 誰もこの魔物を見たことがないのか、仲間たちは怪訝な顔をする。

 次の瞬間――鎧武者は剣を抜き、台座の傍にいるライオットとレティへ襲い掛かった。


「こいつ――ッ!!」


「速い――ッ!!」


 ライオットが《アース・ウォール》で自分とレティの前に壁を作る。

 だがその壁は、鎧武者によって瞬く間に切断された。


「馬鹿なッ!?」


 それなりに魔力を込めていたつもりなのだろう。しかし鎧武者はその壁を一刀両断してみせた。

 十中八九、今までの魔物とは比にならないほどの強敵だ。


「《アース・ニードル》ッ!!」


 リズが土の棘を射出する。

 だが鎧武者は見かけによらず俊敏で、全て回避された。


「《タービュレンス》ッ!!」


 エヴァが鎧武者の動きを先読みし、全てを切り裂く乱気流を生み出す。

 以前は防御に使っていたその魔法を、今度は攻撃に使っていた。乱気流に飲まれた鎧武者は、そのまま全身を引き裂かれ――――。


「き、効いてない……ッ!?」


 鎧武者は風の刃を耐えていた。

 吹き飛ぶこともなく、切り裂かれることもなく、全身を魔力で覆ってガードしている。


 鎧武者が力強く地面を足で叩いた。

 盛り上がった地面を、反対の足で蹴飛ばしてくる。


「きゃっ!?」


 土の塊が掠ったエヴァは、悲鳴を上げながら地面に転がった。

 刹那、鎧武者が接近して剣を振るう。


「――《アイアン・アイギス》!!」


 レティがエヴァの正面に立ち、魔法を発動した。

 頑強な鉄を大量に重ねたような盾が顕現した。

 その盾は、鎧武者の剣を弾く。


「あ、貴女、そんな強力な魔法を使えたの……?」


「言ってる場合かよ、箱入り娘!!」


 鎧武者はすぐに体勢を整え、レティに剣を振り下ろした。

 だがレティは、再び盾を正面に構え――。


「アタシはなァ――防御の方が得意なんだよッ!!」


 鎧武者の攻撃を、またしても防いでみせる。

 この防御力は本物だ。鎧武者の攻撃は一切通っていない。


「ゲン!!」


「うむ」


 レティの呼び声に武人ゲンが応じる。

 鎧武者は剣を弾かれてよろめいていた。その隙に、ゲンは一瞬で鎧武者の懐へ潜り込み、魔法を発動する。


「《アクア・ハンマー》」


 それは深海を槌の形に切り取ったかのような、高密度の水だった。

 膨大な魔力が込められたその槌で、ゲンは鎧武者を吹っ飛ばす。


 耳を劈く轟音がした。

 あまりの威力に迷宮全体が揺れ、何人かが体勢を崩して尻餅をつく。


「手応えあり」


「や、やるじゃねぇか……」


 壁に叩き付けられて倒れた鎧武者を見て、レティが頰を引き攣らせる。


 単純な威力だけなら――アニタさんより上だ。

 ゲンとアニタさん、どちらが水属性の魔法を使いこなしているかと問われると、答えはアニタさんだろう。しかしゲンの魔法は威力に特化していた。ゲンは回復魔法を使えないし、ドラゴンを閉じ込める結界を張ることもできない。しかしその代わりに、パワーだけなら恐らくS級冒険者に匹敵する。


 しかし、そんなゲンの攻撃でも――鎧武者は倒せない。

 立ち上がった鎧武者は、全身から濃密な魔力を噴き出した。


「む」


「こいつ……本気を出してなかったのか!?」


 眉間に皺を寄せるゲンの隣で、ライオットが焦燥する。


「トーマ! 危ねぇッ!!」


 レティが叫ぶ。

 鎧武者は、近くにいたトーマに斬りかかった。

 しかしトーマは普段通りの落ち着いた様子で、右腰に携えた剣を抜き――。


「よいしょ」


 当然のように、鎧武者の斬撃を受け流す。

 トーマは、まるで風に従ってなびく柳のように、鎧武者の剣をそっと逸らしてみせた。それまでの激しい戦いが嘘だったかのように、静かで、穏やかな攻防である。


 この場にいる全員、時が止まったかのような錯覚を覚えた。

 だが現実には、時は動いており――。


「ふっ!!」


 無防備になった鎧武者へ、トーマが剣を振り下ろす。

 その結果――バキン! と嫌な音が響いた。


「あ、やば。折れちゃった」


 トーマの剣が、根元から折れた。

 分離した刀身はくるくると回転しながら宙に投げ出され、やがて地面に突き刺さる。


「いやー、ごめんごめん。実は武器の準備が間に合わなくてさ」


「お、お前、だから今までの戦闘も消極的だったのか……!?」


「うん」


 暢気に頷くトーマに、ライオットは額に青筋を立てる。


「でも妙なんだよね。……あれ、多分、人間の剣術なんだけど」


 トーマが鎧武者を見つめながら言う。

 刹那、鎧武者は剣に膨大な魔力を込めた。


 鎧武者が剣を振るう。

 刀身に込められていた魔力が、斬撃となって飛んできた。


「げっ」


「なッ!?」


 予期せぬ攻撃に、トーマとライオットが驚愕する。

 防御は間に合いそうにない。だから――僕は二人の前に立ち、斬撃を剣で弾いた。


「大丈夫か、二人とも?」


「いやぁ、助かったよ」


「く……貴様に助けられるとは」


 素直に感謝するトーマとは裏腹に、ライオットは心底悔しそうな顔をしていた。

 鎧武者と対峙しながら仲間たちの状況を確認する。まだ戦えそうな者もいるが、スタミナ切れが近そうなレティ、冷静さを失い混乱しているエヴァ、そして武器を失ったトーマが気になった。


「撤退だッ!!」


 皆に聞こえるような大きな声で、僕は宣言する。


「全員、一度退くぞ! 俺が時間を稼ぐ!!」


 鎧武者の剣を受け止めながら僕は言った。

 殿を務める以上、仲間たちに信頼してもらえる程度には強さを見せつけておかねばならない。


 剣に炎を纏い、鎧武者に肉薄する。


「《ブレイズ・エッジ》ッ!!」


 炎の斬撃を五連続で放った。

 最初の三撃までは防がれたが、残る二撃で鎧武者の身体を捉える。

 古びた甲冑に、斬撃の跡が刻まれた。


 刹那――鎧武者が、更に巨大な魔力を解放する。

 その膂力と脚力が倍増した。


「あの魔物……更に強くなってる!?」


「ルーク、逃げろッ!!」


 リズが驚愕する。

 ライオットが僕への恨みを忘れて叫ぶ。


 多分、原作のルークだとここで逃げるしかないだろう。

 でも僕は鍛えた。

 泣きながら、吐きながら、肉と骨をズタズタにしながら――ずっと鍛えてきた。


「《ブレイズ・アルマ》ッ!!」


 全身を炎が覆う。

 次の瞬間、僕と鎧武者の姿がブレて、消えた。


 双方――肉眼では捉えられない速度で戦い始める。剣戟が重なり、火花が散り、僕と鎧武者はこの大広間を縦横無尽に駆けながら剣を振るった。


 一秒間に《ブレイズ・エッジ》を七回放つ。

 すると鎧武者は、同じように魔力の斬撃を七回放つ。


 激しい衝撃波が生まれ、砂塵が舞い上がる――――前に、僕と鎧武者は距離を詰めて数え切れないほど斬り結んだ。


 頰を薄皮一枚で斬られる。代わりにこちらは鎧武者の篭手を焼いた。

 僕らが呼吸を整えるために動きを止めると、ようやく砂塵が舞い上がり、衝撃波が広がる。


「嘘だろ……残像しか、見えねぇ……!!」


「これは、僕たちがいると足手纏いになるね……」


 視界の片隅で、レティとトーマが目を見開いていることが確認できた。


「……っ」


 そして、誰かの歯軋りが聞こえた。

 誰のものかはなんとなく察しがついているが、今は鎧武者に集中せねばならない。


「おおおぉぉぉおぉおおぉ――ッ!!」


 激しい鍔迫り合いの中、僕は《ブレイズ・エッジ》を放つ。

 鎧武者は炎の斬撃を掻い潜って僕に一撃入れようとした。が、それを最小限の動作で受け流す。


 ――心配しなくても、一人で倒すつもりはない。


 猛攻を仕掛けてくる鎧武者に対し、僕は一歩だけ下がり、仲間たちがいる後方へ視線を配った。できれば自分も撤退したい、隙があれば彼らと一緒に逃げたい――そんな意思を込めて。


 すると鎧武者は、まるでこちらの意思を汲み取ったかのように大雑把な突きを繰り出した。

 僕はそれを剣の腹で受け止め、そのまま衝撃を利用して後方に飛び退く。


 自然な流れで隙が生まれた。すぐに鎧武者に背を向け、全力で逃げることにする。

 よかった……ちゃんと伝わってくれたみたいだ。

 剣を鞘に収めながら、僕は内心で感謝した。


(ありがとう、


 原作をプレイ済みである僕は知っていた。

 あの鎧武者の中身は、特級クラスの担任であるイリナ=ブラグリー先生である。






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


1日2話更新の限界がきたので、本日から1日1話更新とさせていただきます。


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