第27話


「さっきの炎は、君が?」


 ライオットと名乗った少年が、僕の方を見て尋ねる。

 僕が「ああ」と答えると、ライオットは丁寧に頭を下げた。


「助かった。感謝する」


「気にするな。俺たちはこれから、一緒に迷宮を探索する仲間だからな」


「そうか。……君のような仲間がいるのは頼もしいな」


 言葉から伝わってくるほど実直な性格だ。

 彼とは話しやすい。

 しかし残念なことに、ライオットとルークの間にはのようなものがある。この友情はすぐに壊れることを僕は知っていた。


「状況を整理しましょう」


 スカートについた汚れをはたき落としながら、エヴァが言う。


「私たちは特級クラスへ採用されるための最終試験を受けることになり、その結果、お互いのことをよく知らない七人がこの地下迷宮に入れられた」


 異論はない。

 僕らは頷いて続きを促した。


「となれば、最初にすることは決まっているわよね?」


 エヴァが僕らの様子を一瞥し、告げる。


「リーダーを決めることよ」


 自己紹介ではないだろうか?

 きっと僕以外にもそう思った人はいるだろう。しかしエヴァは有無を言わせぬ勢いで続けた。


「私が立候補するわ。もし嫌なら……模擬戦で決着でもつけましょうか。この学園は実力主義だと聞くし」


「試験が始まっているのに模擬戦をするのか? 流石に悠長だろう」


 ライオットが異議を唱える。

 僕以外にも、勘の鋭い者たちならば気づいているだろう。この迷宮には魔物の気配がある。今後、戦闘することを考えると消耗は避けるべきだ。


「それなら、ターン・バトルはどうかな?」


 焦げ茶色の髪の少年が、優しい声音で提案した。


「騎士の基礎訓練で行うものでね。攻守に別れ、互いに一つの技だけで勝負するんだ。本来ならその後で攻守を交代するけど、そこまではしない方がいいかな」


「そうね。技が一つで済むなら消耗も少ないし、丁度いいわ」


 エヴァは納得した様子で首を縦に振った。


「提案したってことは、まずは貴方が相手になるのかしら?」


「いや、僕は遠慮しておくよ」


「あら、騎士団長の息子ともあろう御方が、恐れを成して?」


「ははは……立場上、人を率いることが多くてね。偶には他人に任せたいんだ」


 エヴァの皮肉を、その少年はやんわりと受け流した。

 この国には、近衛騎士団という名実ともに最高峰の騎士団がある。彼はその団長の息子だ。

 近衛騎士団の主な仕事は、王族の護衛。その仕事上、貴族との深い関わりを持つ。だからエヴァは彼のことを知っていたのだろう。


「そんじゃ、挑ませてもらおっかな」


 紫色の髪の少女が、獰猛な笑みと共にエヴァに近づく。


「生憎、アタシはコネで選ばれただけの女にこき使われたくないんでな」


「コネ?」


「アンタ、マステリア公爵家の人間なんだろう?」


「そうよ。でもコネなんて使ってないわ」


 エヴァがそう答えると、少女は「はっ!」と笑った。


「じゃあ、そいつをアタシに信じさせてみろよ」


 空気が張り詰める。

 エヴァと、紫髪の少女が睨み合った。


「攻守を選びなさい」


「アタシが攻撃だ。その偉そうなツラ、ぶっ壊してやるよ」


「野蛮ね。できもしないくせに」


「んだと、コラァッ!!」


 紫髪の少女が怒鳴った。


「いやぁ、見物だね」


 一歩退いた位置で少女たちを見守っていると、先程エヴァにターン・バトルを提案した、焦げ茶色の髪の少年が声を掛けてくる。


「どっちが勝つと思う? あ、僕はトーマ=エクシス。騎士見習いだ」


「ルーク=ヴェンテーマだ。……そうだな、俺はエヴァに一票入れよう」


「へぇ。それは相手のことを知った上での判断かい?」


「相手?」


 紫髪の少女のことを言っているのだろう。

 無論、僕は知っているが、それは原作知識なのでここでは首を傾げることにする。


「彼女はレティ=ハローズ。かつて悪徳都市と呼ばれていた街ヨルハを、その圧倒的な強さとカリスマ性でまとめ上げた、自警団のエースさ」


 悪徳都市ヨルハ。

 その街が生まれた切っ掛けは、私利私欲に塗れた領主が悪政を敷き続けたことだと言われている。いつしかヨルハは法律が一切機能しなくなり、麻薬、人身売買、その他のありとあらゆる非合法な娯楽が蔓延るようになった。やがてヨルハには犯罪的な快楽を求める者が群がり、貴族のような大物までもがバックについた。


 長い間、誰もが手を出せなかった最悪の土地。

 それを自警団が粛正してみせたというニュースは、王国全土にまで広がっている。


 片や、とある公爵家の令嬢。

 片や、悪徳都市を浄化してみせた自警団のエース。


 勝敗を予想するなら、後者に軍配が上がりそうだが……それでも僕はエヴァに入れた一票を覆す気はなかった。


「おーい、そこの君。君はどっちが勝つと思う?」


 トーマが少し離れた位置で佇む男子に呼びかける。

 浅黒い肌に、明るい茶髪の少年だった。筋骨隆々な体型であるため大人のように見える。少年と表現するのは些か不釣り合いかもしれない。

 彼は瞑想でもしているのか、腕を組み、壁に背中を預けながら目を閉じていた。


「興味がない」


 男は端的に返した。


「他者の戦いである以上、勝敗に興味はない。我の関心を引くのは、女たちの戦いを観察することが、我が強さの糧になるかどうかのみだ」


「へぇ、硬派なんだね」


 だいぶ独特な話し方だったが、トーマは特に気にする様子なく頷く。

 茶髪の男は口を閉ざし、それ以上は何も言わなかった。


「しかしそうなると、賭けが成立しないな」


「賭け?」


「うん。だって僕もエヴァに賭けてるし」


 レティを持ち上げるような情報を自分から口にしておいて、トーマもエヴァが勝つことを予想していたらしい。

 というか、そもそも僕は賭けるつもりで答えたわけじゃないが……。


「……トーマは騎士見習いなんだろう? 賭けなんてやってもいいのか?」


「堅苦しいこと言わないでくれよ。僕がこの学園に来た理由は、騎士団じゃできない楽しいことをいっぱい経験するためなんだからさ」


 原作通りの性格だなぁ……

 その清々しさに、いっそ感心してしまう。


「ちなみに、ルークがあの戦いに参加するなら是非とも事前に伝えてくれ」


「なんでだ?」


「君に全額賭けるから」


 トーマはその瞳に理知的な色を灯して言った。

 彼はとにかく、紛らわしい少年だ。一見すれば品行方正な騎士。しかし口を開けば、ただ物事を楽しみたいだけの道楽息子。


 それでも、やはり彼のことを一言で表わすならなのだろう。

 トーマの父は、国内最強と呼ばれている近衛騎士団の団長だ。

 トーマはそんな父から騎士としての戦い方を継承している。


 トーマ=エクシス。

 彼はレジェンド・オブ・スピリットの学生編において、ルークと切磋琢磨するライバルキャラだった。


「あ、始まるみたいだよ」


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