第25話


 ビッグ・ラビットの討伐依頼についてギルドに報告した後、僕とリズは報酬金を二等分して帰路についた。


「報酬……私は別に、いらない」


「二人で受けた依頼なんだ。遠慮なく受け取ってくれ」


「でも、私は何もしてないし……」


「それはリズのせいじゃないだろ?」


「……貴方には、言葉で勝てそうにないわね」


 小さく溜息を吐いて、リズは報酬を受け取ってくれる。

 実際、当初の予定通りビッグ・ラビットが相手だったらリズもちゃんと戦力として働いてくれただろう。そこにバジリスクがいたのは不運でしかない。


「じゃあ、俺は宿に戻るから」


 ギルドまでの帰り道で、リズも宿に泊まっていることは聞いていた。しかし方角が違うので、僕らはここでいったんお別れだ。


「あ、あの……」


 リズが髪の毛の先っぽを、指で弄りながら言う。


「学園の試験……お互い合格してると、いいわね」


「ああ。俺もリズと一緒に通いたいな」


「……っ!!」


 リズは顔を赤く染め、踵を返した。

 遠ざかっていく華奢な背中を、無言で見届ける。


『……誑しめ』


 仕方ないだろう。

 ルークならこう言うのだから。


 しかし……おかしいな。リズから信頼されるには、まだまだ時間が掛かると思っていたけど、なんだか既にデレデレモードに入っている兆しがある。


 まあ、今はそれよりも考えなくてはならないことがある。

 今回の依頼を受けて――僕は新たな課題に気づいた。


(戦力が、不安だな)


『何がどう不安なのじゃ?』


 疑問を口にするサラマンダーに、僕は宿へ向かいながら説明する。


(バジリスクとの戦い……正直、危なかった。まさかリズが、あそこでバジリスクを攻撃するとは思わなかったから……)


『うむ。しかし生殺与奪の権を奪われた人間は、大体あんなふうに混乱してしまうものじゃ』


(分かってる。僕もリズを責めているわけじゃないよ)


 僕だって、という意志がなければ、きっと簡単に足が竦んでいた。リズのことを責められる立場ではない。

 だから――。


(責めるべきは、僕だよね)


『……は?』


(リズが混乱して、判断を誤ることを想定していなかった。僕が最初からその可能性を考慮していれば、リズは傷つかずに済んだのに……)


『ま、待て……待て、待て、待て……!?』


(仲間という甘い言葉に誘惑されていた。……仲間だからといって、疑わなくてもいいわけじゃないんだ。これからは敵だけじゃなくて味方の動きも注意しないと)


 リズが混乱するタイミングくらい読めたはずだ。

 僕はルークと違ってご都合主義が起きない。そう気づいていたはずなのに、仲間の行動は自分にとって不利に働くことがないという先入観に陥っていた。


『そ、そんなこと言っていたら、本当の仲間など作れんのじゃ!』


(仕方ないよ、僕はルークと違って弱いんだから。……仲間の裏切りくらいは警戒しておかないと)


 本物のルークは強い。だから仲間も信頼できる。

 でも僕は弱い。だから仲間のことも警戒しなければならない。


 当然のことだと思った。

 何も不自然なわけではない。


「……もう一段階、上のスキルが必要だな」


 考えていることが無意識に口から出た。

 現状の実力では、仲間の動向を確認しながら戦うのは難しい。


 それを可能とするスキルの存在を僕は知っているが――アレは本来なら学生編の終わりに習得できるものだ。


 獲得条件は、精霊との親密度が一定値を超えること。

 理由はよく分からないが、僕とサラマンダーは原作よりも関係が深い。もしかしたら、もう少し親密度を上げることで、このタイミングでも習得できるかもしれない。


 しかしどうやって親密度を上げればいいのか。

 取り敢えず、原作の真似をしてみるか……?


 このやり取りは心の中ではなく実際に口に出した方がいいだろう。

 そう思い、僕は周りに人がいないことを確認してからサラマンダーに声を掛けた。


「サラマンダー」


『なんじゃ?』


「僕は、君のことが好きだよ」


『にゃっ!?』


 サラマンダーが、かつてないほど変な声を出した。

 原作のとあるシナリオにて、ルークは悪意を持った精霊と対峙する。その精霊の悪行のせいで、人々が「精霊は人に仇なす存在なんじゃないか?」と疑いを持ち始めた頃、ルークはサラマンダーにこの台詞を伝えるのだ。


「原作では、このやり取りでスキルが獲得できるんだけど……やっぱり駄目か」


『な、何がじゃ!? 何か駄目だったのじゃ!?』


「気にしなくていいよ。日が暮れる前に武器屋へ行こう」


 原作ではこのやり取りを機に、サラマンダーとの親密度が一定のラインを超える。

 が、現実はそう上手くいかないことを再認識したので、僕は報酬金で武器を買いに行くことにした。


『お主……一応言っておくが、その、精霊だって男女の感情というものはあるのじゃぞ? あまり振り回すのはどうかと思うのじゃ……』


「え、でも人間と精霊の恋愛システムって、搭載されてなかったような……」


 レジェンド・オブ・スピリットには二桁のヒロインがいるが、精霊はヒロインにできない。つまりルークと精霊が結ばれるルートは存在しない。


 ちなみにユーザからは「精霊と結ばれるルートが欲しい!」という要望がめちゃくちゃあったそうだ。が、DLCダウンロードコンテンツでも実装はされなかった。


『人間と精霊の間でも子は作れるのじゃ。精霊の中には冗談が通じん相手もいるし、あまり迂闊なことは言うでないぞ……?』


「わ、分かった。気をつけるよ……」


 なんだか思ったよりも深刻に注意されてしまったので、反省する。


『……誑しめ』


 今はルークを演じてなかったのに、同じことを言われた。


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