第7話


 修行を始めてから一週間が経った。

 今日も、いつもと同じように大量の魔物と戦う。


『増援じゃ! デス・マンティスが四体!!』


「分かった!」


 岩の巨人のような魔物――タイタン・ゴーレムを倒した直後、僕は複数のデス・マンティスに囲まれていることに気づいた。


 だが焦る必要はない。瞬時に体勢を整えた僕は、一番近い位置にいたデス・マンティスへ接近した。鋭い鎌が振り下ろされるが、剣で受け流して懐に潜り込む。


『荒れ狂う炎よ!!』


「邪悪を切り裂く刃と化せッ!!」


 刀身に、炎が宿る。


「――《ブレイズ・エッジ》ッ!!」


 横薙ぎに炎の一閃を放つ。

 そのまま身体を翻し、連続で《ブレイズ・エッジ》を繰り出した。二匹目のデス・マンティスがこちらに向かって鎌を突き出していたが、炎の剣がその鎌をバターのように溶かして裂く。


 半歩下がって三匹目の鎌を避け、また懐に潜り込んでは《ブレイズ・エッジ》を叩き込んだ。剣に灯る炎を維持しながら、残る一匹の細い首を焼き斬る。


「……これで全部かな」


 他の魔物の気配は感じない。

 辺り一帯の魔物を全て倒した僕は、静かに呼吸を整える。


「全力で四連続使ったけど、まだ余裕があるね」


『うむ。恐ろしい伸びしろなのじゃ』


 サラマンダーも認めるほどの劇的な成長っぷりだった。

 以前は全力の《ブレイズ・エッジ》を二発までしか使えなかったが、今なら十回は発動できる。魔力量は五倍以上に伸びているはずだ。


 幾度となく生死の境を越えてきた甲斐はあったようだ。

 最初は緊張のあまり硬直してしまったデス・マンティスも、今なら楽勝とまではいかないが普通に倒せる。


(我ながら、確実に成長している。でも……)


 油断するな、油断するな、油断するな――――。

 何度だって自分に言い聞かせる。その慢心で誰を失ったのか忘れてたまるものか。


「う、おぇ……っ」


 吐き気を催し、その場で蹲る。

 戦いが終わった後、偶にこうなることがあった。……この一週間で僕は何度も死にそうな目に遭った。その時の恐怖が唐突にフラッシュバックするのだ。

 

 死の恐怖に晒されるのは何回経験したって慣れることはない。

 僕の死は、ルークの死。即ちレジェンド・オブ・スピリットの死だ。そのプレッシャーは尋常ではなく、戦いが終わって生きていることを実感する度に泣きそうになる。


『だ、大丈夫か、ルーク? やはりもっと休んだ方が……』


「……休んでいる暇なんかないよ。僕はまだ弱いんだから」


『しかし、それでこの前みたいに戦闘中に嘔吐してしまったらマズいのじゃ』


 あれは偶々だと思いたい。

 最終的にはゲロを撒き散らしながら魔物を倒した。できれば記憶から消したい思い出だ。


『少し焦り過ぎではないか? お主は既に十分過ぎるくらい強くなっておる。同世代ならもう負けなしだと思うのじゃ』


「敵が同世代とは限らないよ」


『それは、そうじゃが……』


 サラマンダーは沈黙した。

 少し頑なな態度を取ってしまったかもしれない。サラマンダーは心配してくれただけなのに。


『ルークは、どこまで強くなりたいんじゃ?』


「それは……世界最強、かな」


『お、思ったよりも野心的だったのじゃ』


 野心なんかではない。

 ルークは世界最強になるのだ。そういう運命で、その運命によって多くの人が救われるのだ。

 だから僕が世界最強を目指すのは義務である。


「サラマンダー、僕は世界最強の英雄にならなくちゃいけないんだ。だから、これからも手伝ってくれると嬉しい」


『うむ。……まあ、妾がいればその目標も現実味を帯びるのじゃ! なにせ妾は四大精霊のサラマンダーなのじゃからな!!』


 サラマンダーも僕が強くなること自体には賛成してくれているらしい。

 少し肩の力を抜くと、腹の虫が鳴った。

 魔物と戦っていない時はほぼ無音の地下空間だ。空腹を報せる音は思ったよりも大きく聞こえた。


「そろそろ食糧を補給しないと」


『また野草なのじゃ?』


「サラマンダーが焼いてくれるから食べやすいよ」


『……そんなのばかり食べているから、吐きやすいのではないか?』


 一度地上に戻って食べられるものを探してこよう。

 そう思った直後――遠くから絹を裂くような声が聞こえた。


「今の、聞こえた?」


『うむ! 悲鳴なのじゃ!!』


 ストレスによる幻聴ではなかったようだ。

 ここは大して有名なダンジョンというわけでもない。まさか僕たち以外にこのダンジョンに潜っている人がいるとは思いもしなかった。


 急いで悲鳴がした場所へ向かう。

 地面に転がっている松明の明かりが見えた。その先に、デス・マンティスに襲われている女性が見える。


『ルーク、魔力の限界が近いのじゃ! 無茶だけはしてはならんぞッ!!』


「ああ!!」


 サラマンダーの忠告に僕は頷いたが――仮に魔力が空っぽだとしても、僕はあの人を助けようとしていただろう。


 ルークは困っている人を見過ごさない。

 誰かが傷つこうとしている時、ルークは絶対に助けようとする。


「サラマンダー、!!」


『うむッ!!』


 僕はルークの意志を継いでいる。

 あの熱い魂が、僕の背中を押してくれる。


『気高き炎よ!!』


「疾風に乗って空を射貫け!!」


 その場で立ち止まった僕は、炎を纏った剣を構え、鋭い突きを繰り出した。




「――《ブレイズ・ストライク》ッ!!」




 炎の閃光が空を駆る。

 ルークが覚える第二のスキル――《ブレイズ・ストライク》。それは輝く炎を一点に集中させ、突きと共に放つ遠距離攻撃だ。


 突き進む炎の閃光は、魔物の巨躯を穿つ。

 魔物は悲鳴をあげて倒れた。

 地べたで尻餅をついている女性のもとへ、僕は向かう。


「だ、大丈夫で――」


 すんでのところで口を閉ざした。


 違う。

 ルークならこんな不安そうに声を掛けない。


 もっと自信満々に、堂々と、頼もしい声色で――。


「――大丈夫か?」


 まるで声に炎が灯っているかのようだった。

 薄暗い洞窟の中で、道標となるような芯のある声が自分の口から出た。その声を聞いて、女性は危機が去ったことを実感したのか、安堵に胸を撫で下ろす。


「……うん、ありがとう。助かったわ」


 自分のことで精一杯だった僕は、その時、初めて彼女の姿を正面から見た。

 瞬間――絶句する。


(どうして、この人がこんなところに…………!?)


 ポニーテールにまとめた橙色の髪に、円らな栗色の瞳。宝石を埋め込んだ茶色い杖に、少し大きめである紺色の外套。


 その女性は僕の知っている人物だった。

 だが、こんなところで出会うはずがない。本来、彼女と出会うのは五年後のはずだが――。


 いや、待て。

 これはチャンスだ。


 事情は分からないが、これは天から降ってきたとんでもない幸運だと気づく。

 頭を必死に回転させる僕を他所に、女性は立ち上がって手を差し伸べた。


「私はアニタ=ルーカス。冒険者よ」


 英雄編で出会うことになる、ヒロインの一人――アニタ=ルーカス。

 彼女は、天才魔法使いである。

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