女性だけの町

@wizard-T

第一部 女性だけの町の暮らし

第一章 女性だけの町

「入国審査」

 この町には、多くの建物がある。


 発電所から役所、オフィスビルに工場。


 アパレルショップや喫茶店、さらに書店やスーパーマーケット。


 もちろんアスファルトの道もあり、車もバスも走っている。電車もある。


 さらに少し外れには田畑もあり、海もある。







 そんな町において一番存在感を放つ建物に向けて、今日も多くの人間が吸い込まれて行く。



「おはようございます」

「おはようございます」


 毎日繰り返される定型文。だが二人ともそれが心地よいのだと言わんばかりに利き手を上げる。

「今日もまた頑張りましょう」

「この町のために!」

 町中に通るほどの声を響かせながら、二人の女性は門をくぐる。文字通りのパンツスーツを身にまとい、上から下までビジネスウーマンのスタイルを着こなすその姿はまさしく町のあこがれとなるべきそれだった。

「おはようございます」

 そんな彼女たちはエレベーターの前に立つまで出会う人間すべてにあいさつを繰り返し、さわやかな笑顔を振りまき続けた。

 やがてエレベーターは音を立て、重々しい扉を開く。

「夜勤お疲れさまでした!」

「ゆっくり休んで下さい!」

 少し腫れぼったい目をした同僚に向かって二人は優しい言葉を掛け合い、相手の女性から頭を下げられながらエレベーターへと入る。


 二人に比べ十個ほど年かさな夜勤明けの女性たちはどっちもまともな化粧もしておらず、あるいは十五個以上年上にも見えた。無論化粧をするしないは個々人の勝手であり、わざわざ立ち入るような事ではないかもしれない。

「正直藤森さんって真面目過ぎるよね」

「そうだよね、確かにこの仕事はやりがい豊富だけど、ちょっとは気を抜いてもいいのにね」

「神林さんのとこもいろいろ大変みたいでさ、今度手伝わないと」

「私もそうしたいけどね」

 最大搭乗人数10人、積載重量600キロと言う密室の中で二人は眉毛をハの字にする。不愉快とか、不満とか、あるいはそのたぐいかもしれない感情を押し殺しながら美辞麗句とも言えなくはない言葉を吐き出し合う。


 やがて高さ100メートル越えのこのビルの35階と言う名のオフィスにたどり着いた二人は、各々の席に着きPCを立ち上げる。

 やや動きの遅いPCを待つ間に二人は、エレベーターのそれ並にいかめしいドアに書かれている文章を目で読み、口を開ける。


「この世界に、平穏を!」

「すべては、誰もが安らかに暮らせる世界を!」


 お互いがお互いに向かって親指を立て合い、深々と頭を下げ、椅子に座る。

「さあ今日もまた、この町の平穏を私たちが守るのよ」

「そうですね!」

 社訓を心に刻み込んだ二人は、PCのログをさっそく確認する。

「とりあえずバリアの方は良好……と」

「藤森さんも神林さんもこの点しっかりしてるからありがたいですよね」

「その二人を含む私たちがしっかりしてないと、この町は終わっちゃうからね。この町を安全な町にするために、ね」

 彼女たちの仕事は、五重のチェック機能の一段階目である。この町に住む女性ならば誰もが憧れる役目であり、このオフィスビルで働く千人近い女性の九割以上がその役目を求めて他の場所で働いている。

「入町希望者はどうなってます」

「いるわね、五人ほど。内訳は五十歳、七十二歳、三十一歳と八歳、そして二十六歳」


 そんな彼女たちのメインワークは、入町希望者たちの管理だった。

 五人のプロフィールが次々と画面に表示され、戸籍から趣味嗜好職歴家族構成その他が彼女らの知る所となる。


「えっと、移住希望者がこの五十歳と七十二歳の独身、あと三十一歳と八歳の親子……」

「あと二十六歳の方は観光となってます」

「ペットはどうなってるの」

「彼女は飼っていませんが、親子が飼っているハムスターが実は……」

 相方が言葉を濁した事で全てを察した彼女は、すぐさまメールソフトを開いた。

「あなたはバリアに転がって来た松ぼっくりを焼いてちょうだい」

 大真面目にそんな事を言いながら、メールの中身を打ち込んでいく。実に手慣れた手つきで、何十度目かの定型文を打ち込む。テンプレートは実際存在するが、それでも彼女はある意味手書きでの入力を好む。

「相変わらず速いですね」

「あなたこそ治安保全プログラムの起動はまだなの」

「実はその最中に猫が見つかりまして、ああ今やりました」

「ああそうごめんなさい」

 この町に来るに当たっては彼女たちから、いや住民の全てから認められなければならない。住民たち全員が来訪者を安全だと認めてこそ、一部になれる。


「当町ではお二方の移住を大変歓迎しております。されどお二方が愛玩動物としているゴールデンハムスターの祐太郎ちゃんにつきましては、当町の規定によりその移住を認めておりません。心苦しい事この上ないのですが、どなたかに譲渡していただくか購入店舗へと返却するように願います。もし万が一存在を秘匿して入町した場合、我々は添付された写真のような処置を取りますゆえどうかご容赦くださいませ。」


 そう親子、正確に言えば母娘に送られたメールには、一匹の仰向けになった犬の写真が添付されていた。


 黒こげになったまま、睾丸と陰茎をむき出しにした姿で。

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