第15話 お昼休憩(ヤンデレアックス)


 武道大会の2回戦を突破し、これでベスト8進出。

 残り3試合に勝利すれば優勝となる。


「マスター! おめでとうございます!」


「ふん、アタシがいるんだから当然よね」


 武道大会の進行も2回戦までの全試合を消化し、ほんのひと時の昼休憩タイム。

 俺は観覧席のピィと合流し、今はルディスと3人で昼食を取っている。

 闘技場内にはかなり多くの飲食店がテナント入りしており、ピィ達は最後までどこに入るか悩んでいたが……結局は初体験のピザ屋さんを選んだ。


「あははは、ありがとう。さぁ、冷めない内にピザを食べよう」


 俺はテーブル中央に置かれた巨大ピザをカットする為に、ピザカッターを手に取ろうとしたのだが……


「は? 何やってるわけ?」


「……ん?」


 ガシッと俺の腕を掴むルディス。

 その瞳は……いつぞやのピィのようにグルグル巻きの漆黒。


「なんで? なんでアタシ以外の刃物を使おうとしているの? そんなのユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ……」


「ひぇっ……!?」


「お、落ち着くんだルディス!?」


「こんなコロコロ回る事しか出来ない刃物のどこがいいの? ねぇ、アタシの事が嫌いになったの? そうなんでしょ? ごめんなさい、だってアタシちっとも役に立たないもんね。アンタの重荷になっちゃってるんだもんね。ユルシテユルシテユルシテユルシテユルシテユルシテ……あ、あああああ! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


「ルディス! お前以外の刃物なんか興味ないぞ! 本当だ!!」


 俺が慌ててルディスの手を握ると、彼女はパァッと顔を明るくする。


「ほんと? アタシが一番の刃物?」


「あ、ああ……」


「えへへへっ♡ しょうがないわねぇ、そこまで言うのならアタシが死ぬまでアンタの刃でいてあげる♡」


 ルディスはそう言うと、ヒュンヒュンと指をピザの上で滑らせる。

 すると次の瞬間、ピザはまるで鋭利な刃物に切り裂かれたように8等分されていく。


「……あの、フォークとスプーンは?」


「うん? いいんじゃない? 食事には必要でしょ、それ」


「じゃあ、ステーキナイフは……」


「浮気」


「……」


 悲報。俺氏、二度とフォークを握れない事が決定。


「こわぁ、女の嫉妬というのは恐ろしいですねぇ……はむはむ、あちち。もっと余裕を持つべきですよ、大人の恋愛というのは……もきゅもきゅ、あちち」


 でろーんとチーズを垂らしながら、熱々のピザを頬張るピィ。

 リスみたいで可愛い。ルディスも可愛い。みんな可愛い。

 でも時々、怖くなります。


「アタシも頂くわ。あむあむ……おいひぃ」


「もぐもぐ……ああ、美味しいな。ルディスが綺麗にカットしてくれたおかげだよ」


「もう♡ ばか♡ 何を言ってんのよ、こんなところで♡」


「むむむむぅーっ!! 私だって活躍したいです!」


「こらこら、チーズが口に付いているぞ」


「んへへへぇ♡」


 フキフキフキ。俺はナプキンを使ってピィの口周りを拭う。

 ピィは気持ち良さそうに目を細め、ニコニコニコ。


「ぐぬ……」


 ペタペタペタ。

 俺がピィの口周りを拭いている間に、ルディスは自分の指を使って口周りにトマトソースを付けている。


「……んー」


「ルディスもほら、こっち向いて」


「んぅ~~~♪」


 フキフキフキ。

 ああ、本当に甘えん坊さんばかりだ。



【一時間後】



「それじゃあマスター! この後も頑張ってくださいね!」


「おう! 優勝したら、今夜はみんなでパーティーだ!」


 昼休憩も終わり、俺が選手控え室に戻るということで。

 ピィとはもう一度別れる事となった。


「ルディス、私の分もマスターをよろしくお願いしますよ」


『当たり前でしょ。任せなさい』


 アックス化して俺に背負われているルディスに声を掛けてから、走り去っていくピィ。

 彼女の期待に応えるためにも、格好良く勝ち上がっていかないとな。


「それじゃあ控え室に向かうか」


『ええ、そうね』


「次の相手はどんな……ん?」


 控え室に戻ろうと一歩を踏み出したところで、俺はふと気付く。

 さっきピィが去っていた廊下とは反対方向。

 そこにある一室の扉が半開きになっており、中からヒソヒソとした声が聞こえてきているのだ。


「……首尾はどうだ?」


「間違いなく…………てある」


 その内容は聞き取れなかったが、声の調子がどこか不穏な感じだったので……俺は音を立てないようにそっと扉に近付いた。


「ククク、レストーヌの愚かな王女は気付いておるまい」


「ああ、我々ジェドランドの用意した刺客達が大会に潜入している事など」


「大会優勝者に捧げられる栄誉の楯。それを授与する時、無防備で隙だらけの第三王女を暗殺するのだ」


「その為にも、順調に大会を勝ち上がらなくてはならない」


「なぁに、このまま行けば我々が大会を優勝する。第三王女さえ殺してしまえば、我々はこの国を支配したも同然だ!」


 といった内容をベラベラと、黒服にフードという怪しい格好の男達が話し合っている。


「えぇー……?」


 なんというか、計画そのものが回りくどいというのは置いておくにしても。

 こんな半開きのドアの前で、ベラベラと喋る内容では無いと思うんだけど。


「むっ!? 聞いたなコイツ!?」


「貴様は! 大会を勝ち進んでいるレベル0の男だな!?」


「我々の計画を知られたからには、貴様を生かしておくわけにはいかん!!」


「あ、やばい。呆れすぎて、声を出しちまった」


 部屋の中の男達がこちらに気づいたようなので、俺は扉を開く。


「ちょうどいい。貴様をここで殺しておけば、我々の同志が試合を勝ち進むのがより確実となるからな!」


「もっとも、あの男は貴様などに負けるはずがないのだが」


「フフフフ……見ろ、この男。震えているアーッ!」


「……ハァ、鬱陶しいな」


 正直、第三王女がどうとか。

 そういう話はどうでもいいんだけど……


「俺はこの大会で優勝しないといけないんだ。だから、余計な邪魔をされたくない」


『この哀れなアホ共に、正義の鉄槌を下してあげましょ』


「ああ。さっさと片付けよう」


「何を一人でベラベラと!! 死ねぇーいっ!!」


 三人組の男達は、両手を上げてこちらに飛びかかってくる。

 俺はそんな彼らをまとめて――


【数分後】


「まるで手応えが無かったな」


 全てを終えて選手控え室に戻った俺は、勝ち残っている選手達を見てみる。

 ここまで残っているだけ、そこそこレベルの高い選手ばかり……この中にあのアホ集団の仲間がいるはずだが。


「……」


「あ、いた」


 目深に被った黒衣のフードと、顔にはなぜか仮面。

 どこからどう見ても怪しさ満点の選手が、ふんぞり返るようにベンチに座っている。

 レベルが分からないのは、仮面で顔を隠しているからだろうか。


「へぇ? レベル0を隠したいなら、そういう手もあるんだな」


『やめてよね。あんなダサい仮面を付けたら、アタシまで恥ずかしいじゃない』


「そこまで言うとは……」


 厨二心的には結構アリだと思うんだけど。


『アンタは世界最強のレベル0になるの。その方が格好良いじゃない!』


「確かに……最弱が最強ってのが熱いかも」


「おいテメェ、さっきから何をブツブツ言ってやがるんだ?」


「……ん?」


 俺がルディスと話をしていると、いつの間にか俺の前に一人の男が立っていた。


「誰だアンタ?」


「ほう? 随分と余裕じゃねぇか。次のおめぇの対戦相手も分からねぇなんてよ」


「……」


 またリオラの時のように対戦相手が絡んできたのか。

 しかも予選の時と同じく、ガラの悪い脳筋タイプっぽいし。

 面倒な事にならないといいが……


「さっきからあの仮面野郎を見ていたようだけどな。次のてめぇの相手はこの俺なんだ。他の奴に気を取られているんじゃねぇ」


「……そうだな」


「俺は強者と戦うのが楽しみなんだ。次の試合、気の抜けた戦いを見せたら承知しねぇからな! 覚悟しておけよ!!」


「お……おう?」


「俺の名はファーガス。互いにベストを尽くして、いい試合をしようぜ!!」


「……こちらこそ、よろしく」


「じゃあなリュート! てめぇには期待してるからなー!」


 ああ、ごめんなさいファーガス。

 君を見た目や振る舞いで判断した事を、俺はとても深く反省します。


『い、意外に爽やかな奴だったわね』


「ああ、本当に」


 これは俺も、3回戦が楽しみになってきたな。

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