第13話 1回戦(VS残撃のゼラ)

(Sideカルチュア)


「はぁ……」


 もう何度目になるか分からない溜息。

 レストーヌの第三王女であるカルチュアは、暗い表情でぼんやりとするばかり。


「くだらぬ……」


 豪華な椅子に腰掛けている彼女が見下ろしているのは、ガストラ武道大会の試合。

 特別なVIPだけが座る事が許される最上段の席から、試合を観戦しているのである。


「おや、カルチュア王女。今年の試合はお気に召しませぬか?」


 カルチュアの隣の席に腰掛けていた小太りの男が、額に冷や汗を浮かべながら訊ねる。

 彼はこの大会の主催者にして、ガストラの領主を務める貴族であった。


「せっかくゲストにお招きしたというのに、申し訳ございません」


「いや、そうではない」


 カルチュアはここ数日、ずっと悩み続けていた。

 そのきっかけとなったのは間違いなく、あの森で出会った一人の男。

 レベル0の分際で、レベル30相応の強さを持つオークを倒したなどとほざいていた愚か者……


「では、何かお気に病む事でもあるのですか?」


「……胸が、苦しいのだ」


「は?」


「その男の事を考えると、我の胸は苦しくなる。動機が激しさを増し、全身がカッと熱を帯びてしまう……なぜだ?」


「それはそれは……カルチュア王女がよもや」


 領主はカルチュアの言葉から事態を把握し、困った表情を浮かべる。

 レストーヌの王女が恋をしたなど、国全体を揺るがしかねない大スキャンダル。

 幸いにもVIP席にいるのはカルチュアと領主のみであるため、情報が漏れるような事にはならないが……

 

「カルチュア王女の心を射止めるとは、一体どのような者なのでしょうか」


「我の心を……? 馬鹿な。そんなはずはない」


「と、おっしゃいますと?」


「貴公も知っていよう。我は醜いモノを嫌い、美しいモノだけを好む。あの男は醜いとまでは言わぬが、美しさとはかけ離れている」


 脳裏に浮かぶ男の顔は、この世界の一般的な美醜感覚で見ても並程度。

 自分が恋をするなどあり得ないと、カルチュアは考えていた。


「ハハハハッ、カルチュア王女。それは間違っておりますぞ」


「なんだと?」


「恋というものは不思議なものでしてな。好みにそぐわぬ者や、思わぬ相手を好きになってしまう事もあり得るのですよ」


「……ありえぬ」


 領主の言葉を聞いたカルチュアが、納得出来ないと眉間にシワを寄せたその時。

 闘技場の観覧席から、盛大な歓声が湧き起こる。


「おや、この試合も決着したようです」


 一時間ほど前に始まった大会も、今や6試合までを消化。

 予選通過者は32名で、1回戦の残り試合は10試合となっていた。


「……次の試合こそ、我を楽しませてくれるとよいのだが」


「貴方様のお眼鏡に適う者など、そうはおりますまい。近衛騎士隊長のオズボーン殿でさえ、カルチュア様の前では赤子も同然なのですから」


 領主の視線がカルチュアの頭上へと泳ぐ。

 そこに表示されているのは、他とは一線を画す高レベルである。


「しかし、まだ出場者は大勢いますから。さぁ、次の選手に期待しましょう」


「ああ…………ん?」


 生返事のまま、視線を闘技場内へと向けたカルチュア。

 ちょうどそのタイミングで、東西両方の入場口から第7試合の選手が入場してくる。

 片方はレベル49の剣士。

 身のこなしからして、それなりに強いのは感じ取れた。


「あの男は……」


 問題は、その剣士と戦う相手の方だ。

 あの髪。あの目。マフラーで顔の下半分を隠しているため、パッと見では分からないが……カルチュアには分かる。

 

「む? これはなんの冗談だ?」


 領主もカルチュア同様、選手の一人を見て驚く。

 理由は単純。その選手の頭上にはレベル0の文字が表示されていたのだ。


「やっと、会えた……!」


「え?」


 歓喜に打ち震え、椅子から立ち上がるカルチュア。

 そんな彼女の様子を間近で見ていた領主は後に、こう語っている。

 あの時のカルチュア王女の瞳には、ハートマークが浮かんでいた……と。


(Side流斗)


 抽選番号13番だった俺の初戦は第7試合。

 ルディスと共に闘技場の中央へと進んでいくと、観戦席から歓声が起こる。

 

「マスター! 頑張ってくださーいっ!」


 どこかからピィの声も聞こえてくる。

 俺は声のした方向へ顔を向け、ピィの姿を見つけると手を振っておく。

 あの子には格好良いところを見せないとな。


「こりゃあどうなってんだ!?」


「レベル49とレベル0の試合だとぉ!?」


「こんなんじゃあ賭けが成立しないぜ!」


 予想通り、俺のレベルに気付いた観客達がざわつき始める。

 そして次第にその声には不満と怒りが混ざり始め、血の気の多そうな観客からは罵声や罵倒の声が響いてきた。


「ふざけんじゃねぇぞ! 貴重な選手枠をレベル0なんかで埋めやがって!」


「こんな結果の見えている試合なんか興味ねぇぞー!!」


「次の試合をもう始めちまえよー!!」


 観客席の中で、俺の勝利を信じているのはピィくらいだろう。

 他の者は全員、今から行われる試合は結果が見えていると考えている。

 いいね。そういう状況だからこそ、俺の勝利に価値が出てくるのだ。


「それではこれより、1回戦第7試合! リュート選手VSゼラ選手の戦いを始めます!」


 審判を務める美人のお姉さんがマイクを片手に叫ぶ。

 しかしやはり、先程までの試合とは違って観客達は盛り上がらない。


「リュート殿」


「あ、はい。なんでしょう?」


 俺と面と向かい合った途端、対戦相手である30代くらいの渋い男性……ゼラが声を掛けてくる。

 なんの用かと俺が首を傾げると、彼は剣を抜きながら言葉を続けてきた。


「……先程、予選の際に見せた足運び。実に見事だった」


「どうも」


「貴方は強い。私は貴方をレベル0とは思わず、全力で挑むつもりだ」


「それはありがたいです」


 なんという武道精神に溢れた人なんだろう。

 面白い、気に入った。こちらも精一杯、相手を努めさせて貰おうじゃないか。


「では両者、構えてください」


「「……」」



「ふんっ!」


 先に動いたのはゼラ。

 こちらに向かって突進してきた勢いのままに、横薙ぎに剣を振るってきた。


「……」


 その一撃を俺はルディスの柄で受け流す。


「くっ!」


 バランスを崩したゼラは体を捻りながら、俺に蹴りを放ってくる。

 しかし俺はわずかに上体を逸らす事で攻撃を回避した。


「だりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃっ!」

 

 そこからはやたらめったらと、高速で剣を振るい始めるゼラ。

 あまりの速度に、前の斬撃の軌跡が残り続け……まるで分身しているようだ。


「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 しかし、残像は残像。

 常に最新の攻撃にだけ気を配っていればいい……はずであった。


「!?」


 俺の肩をザシュッと、ゼラの剣が掠めていく。

 バカな。今の一撃はついさっき避けたはずなのに……

 なぜ当たり判定が残っている?


「フッ……驚いたか?」


「……何をしたんです?」


「良いだろう。騙し討ちのような真似は好かないし、どうせ種明かしをしても防ぎようがないからな」


 そう答えたゼラはゆっくりと剣を空振りしてみせる。

 その後似続けて、地面に落ちていた石を蹴り上げると……ちょうどさっき剣を空振りしたところに飛んでいった石が砕け散ってしまう。


「斬撃の……固定」


「そうだ。これこそが、私が天より与えられた才能(スキル)だ」


「スキル……ね」


 なるほど。この世界の住人達もスキルを持っている場合があるのか。

 てっきり、俺だけの特権なのかと思っていたけど。


『ばーかばーか! 何やってんのよ!!』


「あはははは、ごめん。調子に乗りすぎたな」


「……? 何を一人で笑っている?」


 どうやら武器状態のルディスの声は聞こえていないようで、ゼラは不思議そうに俺の方を見ていた。

 まぁ、聞こえていたら聞こえていたで困るんだけど。


「礼を言います」


「は?」


「この大会、最初に戦ったのが貴方で良かった。そのおかげで、俺はもう……決して油断や慢心をしない」


 俺はルディスを持ち上げて構える。

 大きな斧を片手で振るおうとしている事に、ゼラは少し面食らったようで。


「なんという腕力だ……! しかし、いくら貴方が素早かろうと! 肩を怪我した以上、剣士である私より速くは動けまい!」


 さっきの一撃で俺にダメージは1も入っていないのだけど。

 まぁ、そこは置いておくとして。


「……そうだ。さっきのお礼に、良いものを見せてあげますよ」


 ビキビキビキと、俺はルディスを握る右腕に力を籠める。


「!!」


 1発目は縦斬り。2発目は横薙ぎ。3発目は袈裟斬り。


「速い……! だが、この程度は避けっ……ぐぁっ!?」


 縦斬りを回避し、続く横薙ぎも回避しようとしたゼラであったが……その際に彼は1発目の縦斬りに被弾。

 体勢を崩したところに2発目の横薙ぎと、更にトドメの袈裟斬りがヒット。


「ぐがぁぁぁぁぁぁっ!? ば、馬鹿な……」


 傷口から血を吹き出しながら、ガクンと崩れ落ちていくゼラ。

 俺はルディスを強く振って付着した血液を飛ばすと、背中へと戻す。


「……致命傷じゃありませんので」


「ま、待て……まさか、貴方も私と同じスキルを……?」


 傷口を抑えながら、倒れたゼラが俺に訊ねてくる。


「いいえ。流石に貴方のように何秒も斬撃の固定は出来ませんよ」


「じゃあ……ま、まさか…………?」


「ただ急いで3連撃を放っただけですよ。ほとんど同時にね」


 だから1撃目を避けようと2撃目の範囲に入れば被弾するし、2撃目を避けようとすれば3撃目に被弾する。単純なカラクリだ。


「そうか、私には……1拍ずつ遅れているように、見えたが。アレは全て同時の攻撃であったのか……完敗だ」


 そこまで言ってゼラは完全に意識を失う。

 

「…………あ、え? ゼラ選手が気絶……? という事は、リュート選手の勝利?」


 審判のお姉さんはこの結果に困惑。

 観覧席も水を打ったように静まり返り、誰も俺に祝福の言葉を送らない。


「マスタァァァァァァ!! キャアアアアアアア!! マスタァァァァァァ!!」


 ピィ一人を除いては。


「審判さん。俺の勝ちですよね?」


「は、はい! 1回戦第7試合! 勝者はリュート選手です!!」


「ありがとうございます」


「しゅきぃー!! マスター!! かっこいいいいいいいですぅぅぅぅっ!!」


 俺は右拳を突き上げると、ピィの声だけが響く闘技場を後にするのだった。 

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