第5話 前世の記憶

「はぁ~…………最悪……」



一時間くらい『誰かの記憶』を己の頭の中で見たミロアは、自分でも驚くほど貴族らしからぬ声を出す。それは『誰かの記憶』を自分なりに整理した結果、ミロアの精神に大きく影響を与えたからだ。



「これって俗に言う『前世の記憶』ってやつじゃん」



前世の記憶。それがミロアが見た『誰かの記憶』の正体だと決めつけた。その記憶の持ち主は『日本』という国の生まれで『群馬県』の街に在住し仕事をしていた30代後半の女性で、趣味は異世界転生・転移ジャンルの読書だった。特に貴族・悪役令嬢に転生するジャンルを好む様子であったため、それに関連した知識も数多い。



「……私って転生者ってことなの? つまり、ここは乙女ゲームの世界とか? そんなのあんまりよ……」



前世の記憶では、多くの悪役令嬢の本を読んでいるため、ミロアは自分の境遇に『転生者の悪役令嬢』や『不遇な公爵令嬢』に自分を重ねてしまった。前世の知識から、今の自分が『乙女ゲームの悪役令嬢』に転生したとしか思えなくなってしまったのだ。



「つまり、ガンマ様は『攻略対象』で、あの女……ミーヤ・ウォームが『ヒロイン』ってこと?」



もしもこの世界が乙女ゲームであるならヒロインがいるはず。ミロアの頭の中でヒロインと思われるのは、現時点でミーヤ・ウォーム男爵令嬢しかいない。肩までかかる緑色の髪に大きな花飾り、緑色の瞳を持つ可愛らしい顔立ちの少女、乙女ゲームの世界のヒロインにはぴったりだ。何しろ王太子も含めて複数の男子に好かれているのだから。



「は、ははは……そりゃあ、そうよね。私のやってることって悪役令嬢のそれじゃない……」



ミロアは自分が過去にガンマにしてきたことを思い出す。嫌と言われてもつきまとい追いかけ回してきた。そんなミロアに今までガンマの方から歩み寄ってくれたことなどあっただろうか。



「っていうか、マジなストーカーだから」



思わず自分にツッコミを入れるミロア。これでは自分のポジションは悪役令嬢としか思えない。それほどまでにこれまでガンマにしてきたことが過激だったのだと気づいたのだ。嫌われて当然だ。気づいたミロアは頭を抱える。



「……ガンマ様とは、もう無理ね……」



そして、ミロアはガンマとの婚約を諦めた。王太子が実は最低で自己中心的な男だというパターンもあることも前世で読んだことがある。ミロアの愛していたガンマはそういう人物に該当しなくもない。事実、女性であるミロアを突き飛ばして介抱もしなかったのだ。そんな男に愛する価値があるかどうか微妙な気がしてきたのだ。いや、思い返すほど愛せる要素がないと気づく。



「……もう、最低男決定じゃん。これは婚約を解消すべきね。向こうから破棄される前に手を打たないと」



ミロアはガンマとの婚約を解消したくなった。このままでは婚約を破棄されて断罪されて国外追放されてしまうかもしれない……と思ったが、流石に断罪と追放まではないだろう。



「私は、ミーヤには注意しかしていないわ。虐めなんて冗談じゃない」



幸いというか、ミロアはミーヤを虐めてなどいない。厳しく注意はしたが、ガンマと違って過激なことまではしていないのだ。だが、『厳しい注意=虐め』と捉えられる可能性も高い。頭お花畑のヒロインや攻略対象なら有り得る話だ。



「これは先手必勝ね。お父様に相談しないといけないわね」



ミロアはまず父に願い出ることにした。王太子ガンマ・ドープアントとの婚約を解消したいと。



「あんな男、こっちから切り捨てないと」



前世の記憶の影響は、ミロアのガンマに対する愛情を綺麗サッパリ消し去ってしまった。

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