縛りつけたい、私のもとへ。

だずん

前編 どうか、繋げさせて。

「私、坂本くんのことが……好きなんです。その、だから、えっと、よかったら私と付き合ってくれませんか?」


「えっと、その……ごめん。俺には他に好きな人がいて」


 うっ。そんな……。


 私の心は悲鳴を上げている。それでも私の頭は何か策が無いかと必死に回転する。


 他に好きな人がいる。つまり私のことは好きになれないから、付き合えません。ごめんなさい。

 そういうこと?

 でもそれは本当?

 その好きな人とうまくいかなかったら?


 それだったら……

 せめてそうなったら私と付き合ってくれないかな……


 私はどうしても、どうしても坂本くんと付き合いたい。

 好きだから。


「……うん。わかった。でも、でも、その……もしその好きな人とうまくいかなかったら……ごめんねこんなこと言っちゃって。でも、もしそんなことがあったら私と付き合ってくれないかな?」

「……それっていわゆるキープって感じのことだよね? 流石にちょっと悪いよ。だから――」


 私の目からは涙が溢れていた。


「おねがい……おねがいだがらぁ……わだしと、やぐそく、して、ほしいの……」


 なんてひどい有様なんだろう。涙まで使って懇願して。

 それでも私は心の叫びを抑えることができなかった。


「……わかったよ。約束する」

「うん、ありがと……」



 一方は君を引き留めるために伸び、一方は私をぐるぐる巻きにした、そんな鎖を私の心が投げた。投げてしまった。


 でも、その鎖は見るも無様ぶざまびている。

 こんなみにくいものを見て、君は何を思うだろう。


 仮に付き合えたとしても。

 そんな汚い鎖に縛られた君はすぐ嫌な気持ちになるだろう。


 君の返事がちょっとでも遅ければ「なんで?」って問い詰めるだろうし、君が嫌でも毎日何時間も通話してくれないとヤダってゴネるだろうだし。

 そうなることが容易に想像できてしまう。


 そうなるくらいなら、最初から鎖なんて投げないほうが良かったと思う。

 でも、それができたらこうはならない。

 心の持つ、何かを求めるその力は、頭で変えられるようなものではないから。



 こんな形の告白が、私の初めての告白だった。




 ☆ ☆




 雨が降りしきる中、私は左手に傘を持ち、自宅へ歩みを進める。

 私はため息を漏らし、ぼつぼつと傘にぶつかる雨の音に耳を澄ませる。そうして心を落ち着かせてから、またさっきした告白のことを考える。

 もう何度も同じ思考が頭の中を堂々巡りしてる気がするけども。


 結局、私をキープしてくれるって約束してくれたけど。坂本くんは他の人が好きなことには変わりなくて。だから、ふたりがくっついたら私は完全にフラれることになる。

 やっぱりそれは私からしたらすごく辛いことで、想像しただけで胸の奥が締め付けられて、外にいるにもかかわらず、涙をこらえられない。


 私は右手で目のあらゆる所から溢れた水滴をぬぐう。

 もう何回目だろう。でもどうしても思考はここに帰着してしまう。


 ……坂本くんがその好きな人にフラれたらいいのに。

 ううん、坂本くんがフラれるように私が仕向けちゃえばいいんだ。


 ……いやいや、なんてひどいこと考えてるんだ私。

 もうだめだ……。

 ひどいことしか考えられない。好きってこんなにひどいことができるんだ。

 そんなの知らなかったし、知りたくなかった……。



 いつの間にか目の前には自宅の扉があった。

 私はため息を付きながら鍵を回して家の扉を開ける。


「お姉ちゃんおかえりー!」


 この意気消沈としている私を、いつものように手を広げて「抱きしめてー!」って感じで出迎えてくれるのは妹の明里あかりだ。

 こんな抱きしめてポーズを取る妹だけど、実は学年が1つ下なだけだったりする。まあ私が4月生まれで、明里が3月生まれだから実際にはほぼ2歳差なんだけど。


 普通、こんなことはもっと小さい子がすることのはずだけど、明里はちょっとその感性が違うみたいでいつもこんな感じだ。

 まあかわいいにはかわいい。流石に毎日となるとめんどくさいなーってなるけど。


 それでもいつもはぎゅーってしてあげてるんだけど、今日はそんな気分にはなれない。

 いや、逆だ。ほんとはぎゅーってしたいんだ。どうしようもなく。

 でも、そうしちゃったら私の中の何かが一気に崩れ落ちそうで嫌だからしない。


「ただいまー……」


 私は力なくそう言って、手は下にぶらさがったまま動かない。

 そのことに明里は疑問を抱く。


「あれ、お姉ちゃんどうしたの?」

「お姉ちゃんはちょっと疲れちゃったんだ……。あはは……」


 だめだ。明里の前だというのに涙がこぼれそう。いや、明里の前だからかもしれない。


「疲れちゃったんならしよ? ううん、しないとだめだよ。ほら」


 そうやって明里は手を広げたまま私に近づいてくる。

 私は逃げ場を失った。明里は私の何もかもを受け止めようとしている。そんな感じがする。


 別に怖いとかそういうのじゃないけど、本当にいいのかなと思う。いくら姉妹の仲がいいと言ってもこれは過剰な気がする。

 でも過剰だったら何が悪いのか。そういうことは考えてこなかった気がする。まあひとりの時間が無くなるとかそういう面はあるけど、それが嫌かって言われると……別にまあいいんじゃないかなとも思える。そんなふうに妥協できる範囲のことだ。

 だから私は妥協する。明里に甘えることにする。


 いつもは明里の肩の上から抱きしめてるけども、今日は逆だ。

 私は明里のわきから手を、腕を入れて、反対側に回して、ぎゅっとする。


 あ。


「うっ。うぅー。うぇっ」


 私は酷く泣き散らかしていた。それはそれはもう反射的に。

 どうしようもなく泣いてる私の頭を撫でる明里。

 いつもはおかしいほどに私との距離が近くて、そんな過剰なスキンシップを快くは思ってなかったんだけど。

 今はその優しさにただただ委ねていたいばかりだ。



 ――しばらく時間が経ったように思う。

 なんでこんなに泣いちゃったんだろう。

 でも少しは落ち着いてきた。


「お姉ちゃん、よかったらわたしのお部屋で、お話聞かせてくれる?」

「……うん」


 私は自分の部屋に荷物を置くことすら忘れて、明里の部屋に付いていった。

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