第8話 メロン

【考えすぎっしょー? ウチらと話す時みたいにさー、普通にしてなってマジでー】

【昨晩は何度も目を覚ましていたようだったな。嬉しすぎて興奮していたのだろう? ふん、お主も年相応よな】

【もう~、何度やってもネクタイ結ぶの下手ねぇ~。まどろっこしいわ~】

「あーあー、うるさいうるさい」


 三度ネクタイを結び直してみたがやっぱり曲がっている気がする。鏡に映る自分のニヤけ面は、いままさに悪事に手を染めようとする犯罪者みたいで我ながら凶悪だ。


 時計を見るともう少し時間に余裕はあったが、踊り出したいほどの気持ちの高揚を抑えきれずに部屋を飛び出し学校へと向かった。


「やあやあ、グッモニだよ鮫島さめじまくん。良い朝じゃないか!」

「鮫島くん、おっはよー!」

 待ち合わせ場所の正門で白崎しろさき先輩が大仰に腕組みしたまま挨拶し、その隣で鈴木さんがぶんぶん手を振って迎えてくれた。


 時刻は午前6時半を少し回ったところだ。これでも待ち合わせの7時に遅れないよう早めにやって来たつもりだったが、まさかのびりとなってしまった。


「遅れてすみません」

「いやいや、集合は7時だったのだから遅れてはいないさ。それじゃあさっそく部室で着替えるとしよう」

 晴れやかな笑顔で白崎先輩が校舎へと歩みを進める。


「部室は校舎の中なんですか?」

「そうだとも。我がガーデニング部は特別待遇として部室棟ではなく教室を一室まるごと使わせてもらっているのだよ」


 部員がたった一人のガーデニング部でも部室があてがわれていることに驚きを隠せなかったが、案内された先はただ単にいまは使われていない空き教室だった。


「……空き教室ですね」

「荷物を置いておいて着替えることが出来れば十分だよ。我々の作業は基本的に屋外が主なのだからね」


 まあ、確かにその通りだ。

 それよりも気になったのは、教室の扉に『園芸部』と書かれたネームプレートに大きくマジックでバツがされ、代わりに大きく『ガーデニング部』とやけに豪快な毛筆で書かれた紙がテープで貼り付けられていることだ。


 元が園芸部から袂を分かつことになったと言っていたのでわざわざ書き直して貼り付けたのだろうが、書道部かと見紛うほどに無駄な達筆さだった。


「これは白崎先輩が書いた――」


 その俺が口にした問い掛けは、普段からそうしているのか迷いの欠片も感じさせない勢いで開け放たれた扉が盛大に叩き付けられた音で掻き消されてしまう。


 全開になった扉の奥、空き教室の中になんと――


「ちょっと華蓮かれん、ノックしなさいっていつも言ってるでしょ」


 いままさにブラウスを脱ぎながら振り返った女子と目が合い、


「にゃああぁぁああああぁぁぁぁっ!?」

「うおおおああぁぁっ!? す、すすっ、すいませんっ!!」

 ひどい悲鳴を上げながら脱いだブラウスを抱き締めるようにして胸元を隠す女子は、昨日の案内中に中庭で出会ったさかえ先輩だった。


「チッ。なんだ陽和ひよりいたのか。デカ乳キャラのベタなラッキースケベノルマ達成だな」

 じつに忌々しそうに舌打ちして、まったく動じる様子もなく白崎先輩がズカズカと教室に入っていく。


「ラッキースケベノルマってなによ!? 聞いたことないわよっ!?」

「朝からやかましいな。ほら、私たちが着替えるんだから早く出ていけ」

「あたしも着替えてる真っ最中でしょう!」

「ガーデニング部の部室でなにを偉そう言っているんだ? ほら、そこの廊下で着替えれば良いじゃないか」

「なに言ってんのよ! 部室は共用にするって話をつけたでしょう!」

「うるさいぞ。いつまでも不愉快なデカ乳剥き出しにして挑発しているつもりか? ご希望通りにもぎ取ってやろうじゃないか! くらえっ、ボタニカルクローッ!」

「にゃああぁぁっ! 直に握ってくんなっ! 痛いっ!!」


 慌てて背中を向けたのだが、背後で行われているであろう無益な争いはあまりにも想像にたやすい。

 なるほど、直で鷲掴みしているのか……、っと何を落ち着いて盗み聞きしているのだ俺は。


 そそくさと後ろ手に扉を閉めようとすると、視界の端に映った鈴木さんが手元を慌てさせながら、何を思ったかブラウスのボタンをぷちぷち外し始めている。


「ちょっ、ど、どうしたんですか!?」

「……今のうちに、白崎先輩の指が榮先輩のおっぱいに食い込んでいるうちに急いで着替えてしまおうと思って!」

「いや、きちんと教室の中に入ってからにしてください!?」

「それだとバレちゃうかもしれないから! Bって――」

「そ、それでも、とにかく入って着替えてください!」

「ううー、仕方ない……。あ、わたしたちの着替えが済んだら声かけるからちょっとだけ待っててね!」

「はい、わかりました……」

 まるで気にする様子もなくボタンを外し続ける鈴木さんから、首がねじ切れそうなほど視線を外して後ろ手で扉を閉める。


 中からはあいかわらず榮先輩の叫び声が響いており、執拗なまでの鷲掴みはいまだに続いているようだった。


 いやはや二人の先輩の間にどんな問題があるのかわからないが、白崎先輩はどこまでも榮先輩のことを、いや榮先輩の身体の一部分を目の敵にしているようだ。


 ……それにしても、すごい大きさだったな。


 ちょっとしたメロンくらいの立派なサイズだったな……、っと何を思い出して考察しているのだ俺は。


 いかんいかん、こんな時はお経でも唱えて邪念は振り払って心を静めるべきだ。お経なんてまったく知らないのだが。


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