第50話 回復魔法



 右手に送っていた魔力を止めると、一花はその場にグニャリと座り込んだ。


「葵。すまないが一花にバスタオルを頼む」


「う、うん。持ってくる」


 葵がバタバタとリビングを出ていく。


 俺は、用意しておいた回復ポーションをポーチから取り出す。


 先に雄二の手当をすることにした。


 倒れている雄二の頬に手を当て、回復魔法を使う。


「えっ? 何?」


「回復魔法だが、はじめてか?」


「うん」


「そうか。これは回復ポーションだ、念のために飲んでおけ」


 雄二にポーションを渡して、一花を見る。


 一花は呆然としながら床を見つめていた。


「雄二と同じように回復魔法を使う。頬に触れるぞ」


 声をかけると、全身をビクリと震わせ顔を背けられた。


 そこに、葵が持ってきたバスタオルがかけられる。


 あんなことをしたんだ、恨まれても仕方ない。


「大丈夫?」


 葵が聞くと、一花はコクリと頷いた。


 俺は一花の頬に手を伸ばして、回復魔法を使う。


 一花はビクリと震えた後、そっと目を閉じた。


 念のためにと魔力を増やしたら、今度はブルリと全身を震わせた。


――――ジョー。


 アンモニア臭が鼻を突く。


 どうやら、弛緩して失禁してしまったようだ。


 ここは知らん顔をするのが正解だろう。


 一花が、「えっぐ、えっぐ」としゃくりあげている姿を見ていると、罪悪感がこみ上げてくる。


「葵。一花を風呂に連れて行ってやってくれ。

 それと、これは回復ポーションだ。

 風呂の後に飲ませてやってくれ」


 ポーションを葵に渡して、俺は立ち上がった。


「わかった。一花、立てる?」


 葵に支えられ、ヨロヨロと立ち上がった一花の口から一言。


「……蒼大のバカちん」


 二人がリビングを出て行くのを待って、蒼介さんに雑巾はどこかと訪ねると、


「あぁ。私が持ってこよう」


 俺が掃除すると言ったが、蒼介さんは頑として譲ってくれなかった。


 どうやら、気絶して何もできなかった自分を責めているようだった。



「蒼大の言いたいことはわかったけど、他のやり方なかったの?」


 落ち着きを取り戻し、椅子に座った雄二が聞いてきた。


「あれくらいのインパクトがないと、伝わらないと思ったんだ」


「確かにすごいインパクトだったけど、一花が可愛そうだよ」


「それは、本当にすまないと思ってる。けどな、このままだとお前たち早死するぞ?」


「そっかぁ……。どうすればいいのかなぁ」


「蒼介さんも悪かったな」


「私はいいんだ。ただ……やはり一花のことが心配だね」


「2,3日外泊するよ。俺が戻っても大丈夫になったら、連絡をくれるかな?」


「わかりました。家族でよく話し合ってみます。

 嫌な役をやらせてしまったね。申し訳ない」


 蒼介さんは頭を下げたが、なんだかイジメをしたみたいで、俺が頭を下げたい気分だ。


「俺にしかできないと思ったから」


 そう言い残して、用意しておいた荷物を持って家を出る。


 どう転がるか、後はお前たち次第だ。






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