攻めすぎると


「結局あんまり眠れなかった……」


 ようやく眠れたのは三時を回ってから。その上、健康的に六時に起きたひまりは後ろから抱きつく形になっているのに、こちらを向き、強く抱きしめてきた。

 別にそれだけならいつもと同じなので何も思わない……わけではないが、そうダメージはなかったかもしれない。だが、あろうことか寝起きの俺にはにかみながら「おはよう」だ。それも、俺が抱きまくらにしていたことを思い出しながらか、少し頬を染めながら。

 おかげで今はひまりの顔が見れなさそうだ。


「和人さん?みんな待ってますよ。そろそろ起きましょう!」


 そのひまりの攻撃に「二度寝する」と宣言し、布団に潜り込んだ俺だったが、さすがにもう九時。皆いることだし出かけよう、と言っていたわけだし、そろそろ起きないといけないだろう。


「よいしょっと」

「ちょっと!何やってるの!?突然!」

 

 そういろいろ考えていたら、突然ゆずちゃんが布団に潜り込んできた。


「むう……私はさっき声かけたましたが!」

「え?そうなのか。ごめん……じゃなくって!」


 何故か離れようとしても向こうは密着するように近づいてくるので、体があたって精神的によくない。


「な、なんでベッドに潜り込んできたの?」

「聞きました。二人とは一緒に寝たことあるんでしょう?じゃあ私も拒否される道理はないと思うんですが」


 少し不機嫌そうに、つんと言い放つ。だれだ。だれがその情報を吐いた!


「もしかして、嫌ですか?それなら今すぐどくので……」


 ゆずちゃんは不安そうな顔になり、ぱっとベッドから出ようとする。


「待って!」


 俺は急いでその体を抱きしめて、頭を撫でる。ふわり、と昨日も嗅いだ記憶のあるシャンプーの匂いが鼻を刺激した。……って!その思考は良いから!

 ゆずちゃんを見ると、顔を真っ赤にしてうつむいてしまっていた。


「別に嫌じゃないから。でも、突然はびっくりするから」

「は、はいぃぃ……」


 弱々しい返事。うーん、もしかしてまだ気にしているのだろうか。全然嫌なんかじゃなかったんだけどな。

 とりあえず安心させるため、ぎゅう、ともう少し力強く抱きしめた。ひまりによくやる手法だ。


「きゅー……」

「あれ?」


 やけに動かないなあ、と思いゆずちゃんの顔を覗き込むと、真っ赤にして目を閉じていた。反応もない。……もしかして、気、失ってる?


 暫く待ってみたが起きる様子がなかったので、俺はベッドを降り、その場所にきちんと寝かせ、リビングに降りる。


「あれ、お兄ちゃんだけ?」

「ああ、ゆずちゃんは寝ちゃった。なんでだろ?」


 そう言うと、ひまりと咲ちゃんは怪訝な目を向けてきた。じーっと効果音が付きそうなくらいの痛い目線だ。


「……ねえ、なにかしたでしょ」

「なにがだ?俺からは何もしてないぞ?」

「じゃあ高松ちゃんからはなにかされたってことですか?」

「……」

「わかりました。高松ちゃんですね?」


 ひまりと咲ちゃんから詰問され、一瞬でバレてしまう。

 ……しかし、そう言えばゆずちゃんがベッドにも潜り込んできたのは二人のせいじゃなかったか?


「……ベッドに潜り込んできたんだが?」

「あ」


 そう言うと、露骨に咲ちゃんが目をそらし始めた。……なるほどね、犯人は咲ちゃんだったわけか。


「ねえ、咲ちゃん。ゆずちゃんは『二人は一緒に寝たんでしょう?』といって入ってきたんだけど、心当たりない?」


 目の位置が定まらず、きょろきょろと動き回る。目線を追っていると、今度は曖昧に笑みを浮かべてえへ、と笑った。可愛いけど、ごまかされないぞ。


「咲ちゃん?」

「……はい。昨日私が寝るときに話しました」


 咲ちゃんは、拗ねるようにそれを認めた。


「まあさ、正直話すことは全然いいんだけどね」

「へ?でもそのせいで高松ちゃんきぜ……じゃなくって寝ちゃったんですよね?」

「多分だけど、原因それじゃないんだよね」

「ひまり!」


 俺がひまりを呼んで、大手を広げると、嬉しそうな顔をして、ひまりは胸元に飛び込んできた。


「どうしたの?」

「懐かしくないか?これ」

「うん。私が悩んでたりしたときによくしてくれてたよね」

「これをした」

「は?」


 二人の声が重なった。怖い。

 胸元のひまりは目に光がなくなり、殺さんという勢いで強く抱きしめてくる。痛いよ。

 咲ちゃんは、コレは私もやってもらわないと不公平ですよね……と呟いている。

 そこに、階段を降りる音が聞こえてくる。


「ふぁあ……ちょっと寝ちゃったかな?」


 リビングに入ってきたゆずちゃんだったが、俺の顔を見ると、みるみるうちに顔を赤くしてぷいっと顔をそらした。


「ねえ、高松ちゃん、先輩とはベッドに潜り込んで、抱きしめてもらっただけだよね?それ以上はしてないんだよね?」

「は、はい」

「……恥ずかしがり過ぎじゃない?なんかもっとすごいことした人みたいになってるけど……」

「いや、思ったより幸せになっちゃって、頭がぎゅーっとして、とにかく何も考えられなくなっちゃって、頭が大変なことになっちゃったんです!」

 

 その瞬間、空間全体がしんとなる。

 そうして、ためにためて、俺と咲ちゃんとひまりは顔を見合わせた。アイコンタクト。伝わるはずだ。


「かわいい」

「なんでぇ!?」


 その三人の言葉は揃い、ゆずちゃんは恥ずかしそうにうつむくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る