第6話 幼馴染
その後、しばらくは三人で昔話に花を咲かせたが、やがてアントムは腰が痛いからと言って再び奥に引っ込んでしまった。
「……それで、最近はどうなんだ?」
カイルが気安い調子で問いかけてくる。その顔はパーティのリーダーではなく、幼馴染の顔だった。昔と変わらない店の雰囲気がそうさせてくれたのかもしれなかった。
「まぁ、のんびりしているよ」
リアムは杯に口をつけながら答えた。
「これからどうするのか、もう決めているのか?」
「特に考えてはいないな」
「村には帰らないのか?」
「今さら帰る気にはなれないな」
「どこかに旅に出たりとかは?」
「旅に興味はない」
仮にも冒険者という職に就いていた者としてその発言はどうかと思ったが、今は何よりも安穏とした生活を満喫してしていたいとリアムは望んでいた。
「なら、いっそのことこの街で所帯でも持ったらどうだ?」
「所帯を持つ? 俺が?」
意外過ぎる提案にリアムは思わず聞き返してしまった。
「俺もお前もいい歳なんだし、別におかしなことじゃないだろう?」
「考えたこともなかったな……」
「誰か良い相手はいないのか?」
「別に、いないな……」
「シェルファなんてどうだ?」
「ぶふっ!」
予想外の名前にリアムは酒を吹き出した。
「――な、なんでそこでシェルファの名前が出てくるんだ?」
「なんでって……彼女、ずいぶんとお前に懐いてるみたいじゃないか」
「懐いているというよりは、単にストレス発散のはけ口にされてるだけだと思うが……」
「ふたりで街中を仲良さげに歩いているところを何度か見たことあるぞ」
「単に荷物持ちとして付いて行っただけだ」
それを聞いて、カイルは拍子抜けしたような顔になった。
「なんだ、ダイアナがしょっちゅうお前とシェルファの話題を口にするから、てっきりそうなんだとばかり思ってたよ」
「たしかにシェルファはやたらと絡んでくるが、あれはなんていうか……そういうのとは違うと思う」
リアムは元々それほど人付き合いの良い方ではない。私生活でパーティメンバーと絡むこともほとんどなかったが、唯一の例外がシェルファだった。
彼女はどういうわけかパーティに加入した当初からリアムにだけは積極的に絡んできた。
ただ、その態度はあまり友好的とは言えず、何かにつけて文句を言い、ちょっとしたことでも顎でこき使おうとしてきた。おまけに少しでも不服そうにしようものなら、「あたしの方がずっと年上なんだから言うこと聞きなさい」と返されるのがお決まりのパターンだった。
そもそも相手はエルフである。高慢で知られるエルフが人間の男……それもお世辞にも美男子とは言い難い自分に好意を持っているとは、リアムにはとても思えなかった。
「俺の目から見ても彼女はお前にだけは心を許しているように見えるけどな」
カイルのその言葉にリアムは苦笑した。
「考え過ぎだ。以前、買い物中に俺の横で騒いでるシェルファを見て、店の店主が『まるで大木の周りで小鳥が囀ってるみたいだな』って笑ってたことがあった。傍から見ればそんなものだろう」
言うまでもなくリアムが大木でシェルファが小鳥である。
「大木と小鳥か……。なるほど、それは面白い例えだな」
カイルは愉しそうに声を上げてひとしきり笑うと、唐突に何かを思い出したのかリアムの顔を見た。
「そういえばお前、シェルファに『オルン』って呼ばれてたよな。あれ、どういう意味か知ってるのか?」
「……たしか前に本人に確認したら、エルフ語で『オーガ』を指す言葉だと言っていたな」
リアムは憮然とした表情で答えた。オーガとは身長が三メートルある赤黒い肌をした凶悪なモンスターである。少なくとも好意を抱いている相手につける渾名としては相応しくないだろう。
「オーガ……なるほどそうきたか。彼女らしいな」
カイルはくっくと喉の奥で笑った。
「何が可笑しいんだ?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
その反応で気にするなと言われても無理な話である。とはいえ、この手の話が苦手なリアムとしては追及する気にもなれず、やや強引に話題を変えることにした。
「……そんなことよりも、そっちはどうなんだ?」
「俺か? 俺は相変わらずの独り身だよ」
「そうじゃない。パーティのことだ」
勝手な理由で辞めたとはいえ、パーティの仲間が互いに命を預け合った戦友であることに変わりはない。その後の動向はやはり気になった。
カイルは少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「……問題なくやれてるよ。リュンターって名の戦士を知ってるか?」
知っている名だった。ここ一年くらいで名をあげ始めた若手である。
リアムは「知ってる」とだけ答えた。
「今はそいつに前衛を任せてる。まだ粗削りだが体格も大きいし、優秀な
「……そうか、上手くいってるなら良かったよ」
リアムはそう返すだけで精一杯だった。
自分の居た場所に別の誰かがいる……その事実が鈍い痛みを伴って心に入り込んでくる。
抜けたメンバーの補充をするのは当然である。にもかかわらず、リアムは今の今までそのことに思い至らなかった。
もうお前は必要ない。そう宣告されたような気がした。無論、カイルにそんなつもりがないことはわかっていた。
お前がいなくて困っている。心のどこかでそんな言葉を期待していたのだ。
自身の浅ましさに反吐が出そうだった。
「――なぁリアム」
カイルの口調があらたまる。
「お前はずっと傍で俺を支えてくれた。本当に感謝してる。だから、これからは俺の為じゃなく、自分の為に時間を使ってくれ」
そう言うと、カイルは席を立った。
「……帰るのか?」
「ああ、こう見えて忙しいんでな」
カイルは苦笑いを浮かべ、「また近いうちに飲もう」そう言い残して店を出て行った。
ひとり取り残されたリアムは、手にした杯を傾けることなく、ただ茫然と目の前の壁を見つめていた。
自分の為に時間を使う――。
リアムのこれまでの人生は常にカイルと共にあった。
幼少の頃、両親を流行り病で亡くし、村の有力者だったカイルの親に引き取られた。以来、カイルとは兄弟のようにいつも一緒にいた。
カイルは幼い頃から聡明で利発だった。
他の子供からいじめられてばかりだったリアムを、よく庇ってくれた。
リアムにとってカイルは親友であり、兄のような存在だった。いつもその背中を追いかけていた。
そんなカイルが小さい頃からよく語ってくれたのが、「冒険者になって世界一のパーティを作る」という夢だった。
常に一緒にいたリアムは気が付けばその夢に自身の夢を重ねるようになっていた。
だから、カイルが冒険者になる為に村を出る決意した時、それに付いて行くのはごく自然なことだった。
それから十五年、リアムはずっとカイルと共に走り続けてきた。
夢に向かって走り続ける親友を後ろから支えることが自分の役目だと思った。
カイルがリーダーとしての重責を背負う分、自分がパーティを守る盾となる、そう誓った。どんなに辛くても、カイルに負担を掛けまいと決してそれを顔に出さなかった。
カイルの役に立ちたい。
彼の夢の果てを共に見たい。
その一心で、歯を食いしばって戦い続けてきた。
――だが、結局リアムの心は道半ばで折れてしまった。
我が身可愛さに足を止めてしまったのだ。
これからは自分以外の誰かが彼を支え、夢の果てを見るのだろう。
カイルの夢と自分の夢が重なることは、もうないのだ。
それに気付いたとき、心に途方もない喪失感が去来した。
リアムは杯を煽り、その喪失感を酒と共に無理やり胃の中に流し込んだ。
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