第5話 歩み寄りと失敗(あかり→真人)

「ほ、本当にここであかりに会えるのか?」

「ああ。私は嘘は言わん。少しは落ち着かんか。」


広い和室の座卓テーブルの一角に座り、ソワソワキョロキョロしていた俺を傍らにいた先代贄は窘めるように言った。


「だって、あかりとは、儀式の時(告白して強引に迫って怒られて)以来で緊張するぜ…!」

「ふっ。今回は生き神様に粗相のないようにな…。」


いたずらっぽい笑みを浮かべる先代贄、神山明人に、以前あかりを怒らせてしまった自分の言動を思い返し、神妙な顔で頷いた。


「わ、分かってるぜ。今日は、自分の気持ちを押し付けてあかりを困らせるような事はしない。」


俺にとっては、その命を縮めるほど強大な神の力を行使する生き神の仕事はあまりに過酷に思えるけれど、

あかりにとって、生き神の仕事は亡くなったあかりの母親から、そして代々の生き神から受け継いだ何より大事な役目であるのだ。


その役目を蔑ろにして、恋人のようにいつでもイチャイチャしたいだなんて、俺のワガママだった。


まずは、この前の事を謝って、あかりと仲直りをして、彼女との絆を一から作り上げていきたいと俺は強く思ったのだった。


彼女と自然に仲良くなるための秘策も用意してきた。俺は座卓の上に置いた木の箱に触れ、頭の中でどういう流れで話を持っていけばいいか、シュミレーションしていると…。


ポンッ!


!!!


突然目の前の何もない空間に、左右に白髪と赤髪の童子を従えた、着物姿の黒髪の超絶美少女が現れた。


「あかり…!!」


俺が彼女の名を呼んで立ち上がると、あかりは天女のようにふわりとその場に降り立ち、花のような笑顔を浮かべた。


「真人。儀式以来…ね…?」

「あ、ああ…。来てくれて、ありがとう。」


「どバカめ…。急に生き神様を呼びつけおって、何用じゃ!」

「どアホめ…。生き神はお忙しいのじゃぞ?さっさと用件をすまさんか!」


「キー、ナーも来てくれたのか…。」


変わらぬ毒舌を振るう双子の精霊に引き攣った笑いを浮かべていると、先代贄が生き神様に、にっこり雅な笑顔で笑いかけた。


「生き神様、おいでくださりありがとうございます。今日は当代贄が、先日の無礼を反省し、このままでは、儀式にも差し支えてしまう故、生き神様にどうしても謝罪させて頂きたいと頼み込まれまして、先代贄の私が、この場を設けさせて頂いた次第であります。

さ。どうぞ、そちらへ。」

「ええ…。」


優雅な仕草であかりを俺の向かいの席に誘うと、次にキーとナーを、部屋の後方に用意してあるもう一つの座卓テーブルに座るよう促した。


「お前達はその間時間が余ってしまうであろう。こちらで、和菓子でもどうだ?」


「「ほう…。羊羹に海老せんべい…。い、いや、我々は食わなくても生きていける。それよりあのバカ(アホ)を監視せねば…!」


座卓の上に用意してある羊羹に気を取られながらも、首を振るキーとナーに、甘い笑顔を向けた。


「まぁ、そう言わず…。食べなくても死なないかもしれないが、食べ物を摂取することは出来るし、羊羹と海老せんべい好物であったろう?

真人がやらかさぬかどうかはしっかりと私が見ている故、安心しろ。」


「キーちゃん、ナーちゃん、私は大丈夫だから、お菓子食べてゆっくりしていてね?」


「う、うーむ。生き神様もそう言われるのなら…。」

「あ、ああ…。せっかくの機会じゃしな…。」


キーとナーはあかりと神山明人に勧められ、顔を見合わせると、向こうの座卓の前に大人しく座った。

どうやら、キーとナーは和菓子が好物らしい。

「はむはむ…。う〜む。この羊羹控えめで上質な甘さだぁ♡」

「パリパリ…。海老せんべいもさくさくで香ばしいのぅ♡」


あんなに、敵意丸出しだった精霊達がお菓子を前に普通の子供のようになってしまっている事に、俺は目を見開いた。


このままでは儀式に差し支えると、あかりにとって大事な生き神の役目の事を持ち出して呼び出すやり口といい、神山明人は相当な策士に思われた。


敵に回ったら恐ろしいであろう彼だが、味方でいてくれるならこれ程心強い事はない。


こちらにウインクをしてくる神山明人に、手を合わせるジェスチャーをし、大きく頷くと、あかりに向かい合った。


あかりは紫がかった大きな瞳で俺の様子を窺うようにじーっと見てくる。


くうぅっ!可愛いなぁ…。

俺、儀式でこの子とすごい事をしたんだよな…。

いや、いかん。今は仲直りをするために、この場にいるんだ。そんな事を考えちゃいかん。

思わず、彼女の綺麗な裸体を思い出してしまい、頭をぷるぷると振った。


「真人、体調はもう大丈夫なの?」


「えっ。あ、ああ、もう平気平気!寝てる間、ちょっと筋力衰えちゃったけど、筋トレしてるから、数日で元に戻ると思うよ?」


俺が力こぶを作ってみせると、あかりはホッとしたような笑顔を浮かべた。


「よかったわ。真人に何かあったら、どうしようって、私すごく心配したのよ?」


「ご、ごめん。心配かけて…。」


そう謝りながらも、俺はあかりが心配してくれた事が嬉しくて、ニヤニヤしてしまった。


別れ際は烈火の如く怒っていたが、俺が倒れたせいか、今のあかりの物言いは気遣わしげで優しかった。


よし。今謝れば許してくれそうだ!と思い、その場で土下座の準備をしていた俺だったが…。


「真人、この間はひどい事を言ってしまってごめんなさいね…。」

「え。」


なんとあかりに先を越されてしまい、俺は目をパチクリさせた。


「真人は贄の役目についたばかりで、まだこちらでの生活に慣れていないのに、私ったら真人の気持ちも考えず、あんな風に怒って「すか◯んたん」なんて言ったりして…。

儀式にもちゃんと協力してくれたのに、嫌な思いをさせてしまって、本当にごめんなさい…。」


シュンとした表情で頭を下げてくるあかりに俺は手をブンブン振って否定した。


「いやいやいや、謝らないでよ、あかり!悪いのは俺だよ!あかりは生き神の役目が大切なのわかってるのに、それを無視して俺が強引に自分の想いをぶつけちゃったのが悪かったんだから…!あかり、本当にごめん…!」


後手になってしまったが、あかりに思い切り頭を下げて謝った。


「真人…。」


「その事は本当に俺が悪かったんだけど、一つ聞いていい?」


「なあに?」


キョトンとしているあかりに、俺は気になっていた疑問をぶつけてみた。


「あかりはどうして「すか◯んたん」なんて言葉を知っていたの?」


お屋敷で世間から隔離され、およそそんな言葉を使わなさそうな、先代贄(実父)や、先代生き神(母)に、教育されてきたあかりがどうしてそんな言葉を知る機会があったのだろうと不思議だったのだが…。


あかりは顎に指をかけ、考え込んでいた。


「それが…、私もはっきりと覚えていないのよね?記憶力はいい方なのだけど、その言葉をどこで学んだのかは、頭に靄がかかったみたいに思い出せないの。

そのくせ、妙に印象が強くて、感情が昂った時に、つい出てしまうのよね。」


「そ、そうなんだ…。じゃあ、言葉の意味は知らないまま、つい言っちゃった感じ?」


あかりはそんなに強い罵りの意味で使ったワケじゃなかったのかもと半ば期待したのだが…。


「いいえ!言葉の意味は知っているわ。

『すかぽんたん』とは、「間が抜けて愚かなことまたはそのような人」という意味の、『あんぽんたん』と、「抜けている」という意味の、『スカタン』を合体させた造語で、より、バカさ加減を増した言葉だった筈よ?」

「ぐはっ!!💥」


あかりに、ドヤった笑顔でそんな事を教えられ、俺は大ダメージを受けて、その場に崩れ落ちた。


意味を知らないどころか、バッチリ分かっていて、何なら俺の思っていたよりも強い罵りの意味で使ってたわ。


「ハッ!ごめんなさい。私ったらついハッキリと…。真人ぉっ。しっかりしてぇっ?」


あかりに慌てて肩を揺り動かされ、俺は血の涙を流しながらサムズアップをした。


「だだ、大丈夫。君に『すか◯んたん』言われて死ねるのなら本望だぜっ。」


「もう、真人!死ぬだなんて言わないで!」

「!!//あ、あかり…!」


あかりは泣きそうな顔になり、白く柔らかい手で俺の手を握った。


「私は生き神だから…、その…。//真人の…す、好きだっていう気持ちは、そのままの形では受け取れないし、返してあげられないけれど、出来る限り真人の気持ちに寄り添って仲良くしていきたいとは思っているのよ…?」


「あ、あかり…。///」


一方的に気持ちをぶつけてしまった俺に、懸命に歩み寄ろうとしてくれるあかりの真心を感じ、俺はじーんとしてしまった。


「少しでも、真人の気持ちを分かってあげたいと思って、私、社のスタッフさんに相談してみたの。そしたらね、真人の気持ちを知るのに、ピッタリのものがあると、この本を勧められたのよ?まだ途中までしか読んでないけど、なかなか興味深かったわ!」


「??」


あかりは、そう言いながら、一冊の文庫本を差し出して来た。


『ライ麦畑でつ◯まえて』


「グハッ!!💥」


文庫本のタイトルを見て、俺は爆死した。


「きゃあっ!真人、またどうしたのっ!?大丈夫っ?」


テーブルの上に顔を突っ伏し、ピクピクしている俺に、あかりは悲鳴を上げた。


「ここ、これ、選んだスタッフさんて、誰?」

「保坂さんだけど…。」

「保坂さ…が、がはっ…!」


保坂さんの中で、俺、どんだけ厨二病なんよ?


「ま、真人?ダメだった?保坂さん、いい人よ?

真人が寝言でおっぱいの事ばかり言っている事を相談したら、『大丈夫。男は皆そんなもんです』って安心させてくれたし…。」


「あ、あかりぃっ!もう俺のライフはゼロだからそれ以上はやめてぇっ!!」


ゾンビのような顔で俺はあかりに懇願したのだった…。



*あとがき*


読んで頂きまして、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます

m(_ _)m


今後ともどうかよろしくお願いします。



追記:誤って、6話を先に更新してしまいました。もし、ご覧になった方がいらっしゃったら、大変すみません💦

数分遅れましたが、5話を更新させて頂きます。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでしたm(__)m💦💦







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