第4話 激変する環境

その後、学校でトシを始め、もみくちゃにしてくる他の生徒や先生に、自分がどんな受け答えをしていたか、あんまり覚えていない。


ただ、皆の表情だけ…。


トシは流石に心配そうだったが、他の生徒達は、自分にならなくてよかったとあからさまに、ホッとしつつ、色々質問してくる好奇心いっぱいの顔ー。


先生は「名誉あるお役目に当たったな。頑張れよ。」という形ばかりの激励の言葉と、こいつ、若いのに人生終わったな。という哀れみの視線ー。


そういったものを向けられていたとおぼろげに記憶するのみ。


菊婆が社の管理をしているとはいえ、孫の俺は、たまに社の掃除や、初詣のお守り、御札の売り子を申しつかる事はあるぐらいで、

俺は生き神様の事を殆ど知らない。


ただ、社の奥の家に隠れ住んでいるらしいという事ぐらいしか。


伝説では、何百年も前から生きていて、怪しい術を使えるらしいが、真偽の程は定かではない。


更に、その贄となる者がどのような役目で、何をされるのか、させられるのか、全く予想がつかなかった。


ただ、贄となった時点で、生き神様と同じように、社の奥に幽閉され、一般的な暮らしから引き離され、社会的には死んだようになる事だけは分かった。


前の贄だった人は、当時の市長だった、神山明かみやまあきらの三男で、ちょうど20年前に選ばれ、つい先日亡くなったという事だから、大体36〜39才で亡くなったという事になり、

島の寿命より、更に30年以上も短い。

過酷な環境下に置かれているであろう事は、たやすく想像できた。

一部の島民は、贄になった人は強制労働や、拷問をされるのではないかと噂していた。


要は、ただでさえ、希望のなかった俺の未来が、更に救いのない絶望的なものになったと言う事だ…。


贄としての準備があるだろうからと学校側から早退を勧められ、呆然としたまま帰宅した俺を、何とも言えない複雑な表情の菊婆が玄関口で待ち構えていた。


「真人…帰ったか…。まさか、お前が贄に選ばれるとはな…。」


「ババア…!」


俺は、通学カバンをドガッと床に叩きつけるように下ろすと、血相を変えて、菊婆に詰め寄った。


「俺が贄ってどういう事だよ?「お前だけは選ばれる事はない」って言ってたじゃねーかよ!

最初からババアは、全部知っていて、嘲笑ってやがったな…!?」


「そんな訳なかろうが!!贄は生き神様によって選ばれるもの。何者もその選択に干渉する事はできぬ!干渉などできるものなら、そいつだけは、お役目に相応しくないから、やめておいた方がいいですと、進言したわ!」


「んだとぉ…?んな事言って、ババア俺を贄に売ったんじゃねーか?本当は、風切冬馬みたいなリア充に当たっていたのに、金で俺を身代わりにしたんじゃねーだろうな!?」


「ま、真人、何を言っとるんじゃ?とにかく少し落ち着…。ぐふっ…!」


菊婆の襟元を掴み、ぎりぎりと締め上げた。


理不尽な環境に対する怒りや不満、今まで押さえていた負の感情が一気が爆発して、俺は叫んだ。


「そりゃ、俺は出来の悪い見るもガッカリな孫かも知れねーが、たった一人の家族じゃねーか!!それをっ、簡単に生き神なんかの犠牲にしやがってっっ…!!」


悔し涙が後から後から零れてきた。


「ううっ…、俺が…、どんな恐ろしい拷問を受けようがっ、奴隷のようにこき使われ、命を縮めようがっ、ど、どうだっていいっで…ぞう言うのかよぉっ…?!」


「ぐ、ぐふっ。真人…。ちょっと落ち着けと言っておろうがあっっ!!ハアッ!!!」

「フギャッ!!」


ドダーン!!


身長162センチで、俺より大柄で、柔道二段の腕前を持つ菊婆に、俺はいとも簡単に投げ飛ばされた。


俺は気付いたら、涙と鼻水を垂らして、床に転がっていた。


弱い俺はババアに一矢報いる事も到底叶わず、ただ、大量の塩水を顔中から垂れ流す事しかできなかった。


「うぐぅっ…。ぢくじょう…!!」


「お前は、贄について、色々誤解をしておるわ!贄とは、拷問されたり、奴隷のようにこき使われるような存在ではないっ!

少しそこへ直って、話を聞かんか!馬鹿者がっ!!」


菊婆はくわっと険しい表情で俺を一喝しながら、狭い和室の古びたちゃぶ台を指差した。

         

         *

         *


「ズズッ。」


血の気の多い俺だが、怒りの持続時間は、そう長くはない。

その10分後には、自分より強いものに立ち向かった後悔を背中の痛みと共に噛み締めながら、出された茶をすすり、大人しく菊婆の

話を聞く俺の姿があった。


「まず、贄とは、便宜上、その名が使われているだけで、本質的な役割としては、

社の生き神様に選ばれた祭祀の協力者じゃ。

無論、殺されるワケでも、体を傷つけられるワケでもない。生気を吸い取られるワケでもない。

ただ、祭祀の際、少し体力は使うかもしれぬが、それも一晩休めば全快するようなものじゃ。

命を縮めるような事は何もないから安心せい!!」


「それを信じろというのかよ!?前の贄に選ばれた人は、結局40足らずで亡くなったんだろ?」


諭すようにそう説明してくる菊婆に、俺は唇を尖らせて反論した。

菊婆は、重々しい表情で、頷いた。


「うむ…。それには、また別の事情があるのじゃ。機密事項なので、社に着いてから説明する。明日、社に入る予定じゃから、荷物をまとめておけよ?」


「はっ?明日?!」


信じられない事を言われて、俺は目を剝いた。


「ああ。祭りの儀式は一週間後。身を清める為に明日から、社の奥の屋敷に入る事になっておる。

車を出してやるから、朝、学校にも寄って、荷物を受け取って最後の挨拶をしてから、行くこととしようか…。」


「そんな…急な…。」


菊婆の言葉を信じれば、祭祀に関して、身の危険はないという事だが、詳細の分からない儀式に参加するため、学校生活も強制的に終了させられ、今までの人間関係も断ち切られ、得体の知れない社の奥に軟禁される事になる。


否が応でも環境を激変させられるという事実に、俺はまだ頭の中がついて行けなかった。


ん?人間関係が断ち切られるという事は…。


許婚も…?


はたと思い当たり、俺は顎に指をかけて考え

ていると…。


「ああ…。それと、香月さんとのご縁じゃが、なかった事になるじゃろう…。

すまないな…。真人…。」


そこで、初めて俺に申し訳なさそうな表情を向けた菊婆に、俺はどういう顔をしたらいいか分からないまま、戸惑いつつ、頷いた。


「お、おう…。」   




*あとがき*


読んで頂きまして、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます

m(_ _)m


今後ともどうかよろしくお願いします。






    

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