かけがえのないお出かけ




 深鏡さんはお嬢のお姉さんだったらしい。


 そもそもお嬢はそれを隠しているつもりはなかったらしいので、俺が知らなかったのは今までたまたま話題に上らなかったせい……というには流石に無理があるな。

 たぶん深鏡さんに話題とか情報とかを調整されていたのではないだろうか。


 でも、そう考えればしっくりくることも多い。


 深鏡さんがお嬢にタメ口で名前呼びなこととか、亡くなった御伽々翁氏について話すときのやたら強い口調とか、おでんを食べたことなかったりすることとか、とか。

 今まで気にしたことはなかったけど、今までのいろんな出来事が本当だということを裏付けてくれる気がする。


 いや、それにしても深鏡さん、お嬢様じゃん……ゴリゴリの……。


 やばいな、俺大丈夫かな。めっちゃ不敬なこと言ってたりしないよな?


「空木さん、どうかされましたか?」


 俺が頭を抱えると隣にいたお嬢が首を傾げた。

 いつものように俺が被せた男物のキャップの向こうから見つめてくる翠の宝石みたいな瞳に、軽く手を振ってみせた。


「まあ、ちょっと考えごとかな」


 土曜日。

 俺とお嬢は電車通りのデパートのロビーで深鏡さんを待っていた。

 今日は先日深鏡さんと会ったときに話した、お嬢の服を買いに行くために待ち合わせをしている日なのだ。


 時刻はもうすぐ11時になろうかという頃合い。約束した時間が11時ごろ、という予定だったので恐らくもうすぐ来ると思うのだが。


「深鏡さん、今日は普通に来てくれるといいけど」


 ぼやくような俺の言葉をお嬢が拾い上げた。


「ふつうに? 前も待ち合わせをしたことがあるんですか?」


「いや待ち合わせって言うか、ほらこの前夜俺が深鏡さんと会ったって話したじゃん? あの時深鏡さんはかなりエキサイティングだったというか……」


「?」


「なんていうか、速攻で関節を極められ―――」


 その瞬間、俺の耳に足音が響いた。

 それは俺の真後ろ、死角から現れた人物によるものであり、反射的に振り返ろうとした俺の背中をどん、と強く人差し指で突いてきた。


「ホールドアップ空木。動いたら撃つわ」


「だから急に背後から現れて俺を脅すのやめてくれます!? 俺の背中に添えられてるこれ銃じゃなくて深鏡さんの指鉄砲ですよね!?」


「ばきゅん」


「撃つなよ!」


「背中に銃が突きつけられている危機的状況で喋ってる空木が悪いわ」


「しゃべっても撃つとは聞いてない!」


 俺が振り返ると、そこにはいつものように不敵な笑みを浮かべた深鏡さんがいた。


 先日と同じくメイド服ではなく、普通に私服。

 やや厚めのチノパン。清潔のある白のブラウスに、やわらかいシャツワンピースを羽織り、緩急をつけた服装でありながらも、彼女の大人っぽい美しさをぐっと引き立てていた。

 おそらく、周囲に溶け込むことを意識してメイド服ではない服をチョイスしたのだろうが、あまりに似合いすぎて逆にちょっと目立っていた。


 彼女は西部劇のガンマンが早打ちをした後銃口に立ち上る煙を吹き消すように、指にふっと息を吹きかけた。


 もちろん深鏡さんの指から煙は出てない。出てるのは彼女の厚顔不遜なオーラだけだ。


「前回のことを忘れていないなら警戒を怠らないことね。これではいざというときにまほろを守り切れないわよ」


「深鏡さんがいればそんなことにならないでしょ! 深鏡さんなんでもできるんだし!」


「……フッ、それもそうね。深鏡の負けね」


「深鏡さんいつも負けてない?」


「失礼ね。深鏡は常に勝ってるわ」


 そうかな、俺の知る限り深鏡さんが勝ち誇ってるところ見たことないんだけど……。


 と、俺と深鏡さんが話していると隣からころころと喉を転がす笑い声が聞えて来た。


「ふふ、お二人とも仲良しさんですね」


「フッ、深鏡の人を惹きつける人柄のおかげね。

 ……ひさしぶり、まほろ。元気そうで良かったわ」


「ええ、ええ。かけがえさんこそお元気そうで良かったです」


 ふ、と深鏡さんの目が優しく細められる。


 今ならわかる。これは姉が妹にする慈愛の表情だったのだと。

 それは偽りなどではなく、表面的なものではなく、深鏡さんの素直な表情だった……ように見えた。

 少なくとも俺にとっては、深鏡さんは本当にお嬢の顔を見て安心したように見えたんだ。


「顔色もいい。食事もちゃんとしているようね。空木にひどいことされたりしてないかしら?」


「ええ、ええ。空木さんはとても紳士的な方ですよ。私たちが信頼したとおりです」


「そう。それならよかったけれど……」


 言いつつ、深鏡さんはお嬢のことを上から下までしげしげと見つめ、今お嬢がかぶっている黒い男物のキャップのところで視線をピタリと止めた。


 そして腕を組んで、ふむ、と少し考え込む。


「なるほど。空木は女子を自分の色に染めたいタイプなわけね?」


「違うけど!?」


「ま。私、いつの間にか空木さんに染められていたんですね」


「お嬢!?」


「確かに、私空木さんの普通で私を染めてくださいってお願いしましたものね」


「お嬢!?!?!?」


 急に何言っちゃってくれてんの!? 俺深鏡さんにお嬢に手を出したら殺すって言われてんだけど!?


 スッと深鏡さんの目が細くなった。


「ほう、覚悟はできてるようね?」


「できてないですぅ!」


 まだ俺死にたくないしやり残したことが山ほどあるんだよ!


「でも普通わざわざこんなアンバランスな男物のキャップまほろに被せる? 空木、意外に独占欲強いのね」


「いやこれはたまたま家にあったやつを被ってもらってるだけだから!」


 俺としてはお嬢の顔を隠して見つからないようにしている努力を誉めてほしいんだけど!


 その後、なんやかんやありつつなんとか深鏡さんに理由を説明して死刑は何とか免れたので、俺たちは本来の目的のお嬢の服の買い物に向かう。


 その道すがら、お嬢と深鏡さんはお互いの近況について話していた。


「そう、毎日の料理を。楽しくやれているようね」


「ええ、先日は空木さんにたい焼きを食べさせていただいたんです。あんこが入っていておいしくて……かけがえさんも今度一緒に食べにいきましょう」


「フッ、まほろを唸らせたそれが深鏡を満足させることができるのか見物ね」


「ま。ふふ、それは食べてからのお楽しみ、ですね」


 こうしてしげしげと二人を見ると、今まで気にしていなかったところにもいろいろと気づく。


 お嬢は金髪でやや垂れ目がちなかわいらしい容姿をしている。

 それに対し、深鏡さんは黒髪でややツリ目がちだ。身長も足もすらりと長くてモデルのようにかっこいい。

 どちらかというと「かわいい」よりも「美しい」と言われることが多いだろう。


 半分血のつながった妹。母親が違う姉妹。メイドとして仕える姉。


 それは、いったいどのような関係で、深鏡さんは何を思ってそう生きることにしたのだろう。


 いま深鏡さんはお嬢が―――『御伽々まほろ』が御伽々グループの道具にならないように動いていると言うけれど、いったいどんな気持ちでそうしているのだろう。


 深鏡かけがえ。本当の名前は御伽々かけがえ。


 彼女は何を思って、今お嬢のそばにいるんだろう。


 ……わからない。


 俺みたいな普通の人間には、その気持ちを推し量ることすら難しい。


 どういう風に関わればいいのかすら、よくわからない。


「空木、何をぼーっとしてるのよ。置いていくわよ?」


「空木さん?」


「あ、いや、今行きます!」


 色々考えていたら二人にずいぶん遅れてしまっていた。


 俺はいまの思考を頭を振って散らして、二人のもとへと駆けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る