011 殺人運動

 わたしは後部座席から無理矢理運転席へ移動し、運転手の首の千切れかかった死体の上に無理矢理乗る。そのままアクセルを押し込んで、スピードを上げながら道路を行く。なるだけ車の少ない道を選び、ハンドルを切った。

 後方、さいおんじさんは追いつこうと全速力で車にむかって走ってくる。


「スタミナが切れるのを待ちますか」


「待ってる時間はない。それを待っていたら他の人たちが合流する」


「ここで如何に彼女を引き離すかが問題ってことか……」


 そう。今彼女を振り切らなければ彼女はどこまでもわたしたちに食らいついてくる。

 彼女の追跡が恐ろしいのは、速度とスタミナの圧倒的高さ。わたしは逃げ道をひたすらに考え続けていた。

 それに、わたしの運転がどこまでうまくいくかはわからないけど。


 つばを飲み込む。

 必ず、すなぎもを生かす。

 友達を守るため、わたしがどうにかしなければ。

 手の平にかく汗をスカートで拭き、ハンドルを握りなおす。


 夜の人の少ない道路。ビルの隙間を縫い、車は器用に進んでいく。

 片目が痛い。抑えつつ、痛みに耐える。遠近感がおかしい。これではうまく逃げるのも難しい。

 ごみ箱などの小さな障害物をなぎ倒しながら車は進む。それでも、いくらやっても、さいおんじさんを撒ける気がしない。彼女の殺意を持った目が、車から一向に離れない。


 焦りが出る。汗が止まらない。

 片目があれば、まだマシだったかもしれない。

 片目を失ったせいで……。

 ぎゅっと、抑える。

 ふと、すなぎもを見る。彼は腕を組みずっと考え込んでいた。汗を流しつつ必死に。冷静に。

 わたしの代わりにこの戦いにおける頭脳になろうと。


「由梨花さん! 由梨花さんの能力は、相手の耳に聞こえないと通じないんですよね」


「うん。聞こえないと錯覚させることが出来ない」


 あたりまえのこと。それがルール。

 だから耳をふさがれたりしたら、聞こえなくなる。その対処方法を、さいおんじさんも既に知っている。だからその手は使えない。

 だというのにすなぎもは、勝利を確信したように笑った。


「じゃあ、きかせれば問題ないんですよね」


 ●◯●◯●◯


 追跡は随分と長く行っていました。舞園先輩と砂肝和一を乗せたタクシーは、運転手を失ったというのに先輩の運転でどうにかしのいでいます。

 時にはビルの壁に掠りながら、時には信号を無視しながら、、車は面白いくらいに止まることがなく走ります。その先に希望などないというのに。


 人間どこかでミスをします。

 それは能力者であっても同じです。

 人間的感情を真似事でしか表せない能力者と言っても完ぺきじゃありません。疲れは出て、それで事故を起こした瞬間を狙えばいいのです。

 いわばこれは根気比べ。

 私と、先輩の根気比べなのです。


 車が斜面を登っていきます。私も同じように登っていきますけど、差は先ほどの通りです。焦らず、じっとこうやって追跡をするだけでも精神的疲労は溜まっていきます。

 車は少し高い道を進んでいきます。


「に、に、逃げようとすればするほど……心はつ、つ、疲れちゃうんですよぉ……」


 その時、車が道路をはみ出しました。

 ガードレールを突き破り、道路から落ちる。

 ほら。

 こういう風にミスをします。

 私は車を追います。

 普通、この高さから落ちれば地面にぶつかり車はぐちゃぐちゃです。だけど……。


「な、なるほど……。カーチェイスには飽き飽き、ですかぁ……」


 見下ろします。そこにあったのは、青葉学園屋上。屋上に車が乗っかっているのです。先輩たち二人は屋上のドアを車でむりやりこじ開けて、車を降りて中に入っていきます。


「が、が、学校の中でかくれんぼですねぇ……。いいですよぉ……でも」


 私は思いっ切り道路から飛ぶ。跳躍し、屋上へと飛び乗りました。床がへこみ、ひび割れます。

 そのままひん曲がった屋上の扉に目を向けて、走り出し、扉にドロップキック。蹴り飛ばして中に侵入。

 走り出します。


「ど、どっど、どこですかぁ! で、で、でてきてくださぁい!」


 叫びながら音を聞き、物音を探します。


 『……』


 微かに聞こえました。

 二階? 三階? 何階でも構いません。

 直接見に行けばよいだけですから。

 階段を飛び降りて、三階へ移動します。そうして三階の廊下を一周し、探す。いません。

 じゃあ二階。

 階段を飛び降りて、廊下に注意を向けます。男が一人見えました。砂肝和一です。


「いるじゃないですかぁぁああっ! いるなら返事してくださいよぉお」


 呟きながら耳をふさぎます。先輩が見えない以上、どこかで二拍手する可能性があります。予想外だったので耳栓はありませんけど、私の武器は拳だけじゃなく、この足もです。蹴り殺せばいいのです。


 男に距離を詰めようと走り出します。近くの部屋に入り、扉を閉めます。関係ありませんね。

 私は力いっぱい扉を蹴り飛ばす。扉はいとも簡単にひん曲がって、開きます。うち開きです。


 中を覗くと、先輩と、砂肝和一が二人並んで立っています。砂肝和一が、先輩の肩を握っています。こんな、こんな状態だというのに。


「なんですかぁああ! こ、こ、こんなところでもいちゃいちゃですかぁああ!」


 ちがう、と先輩の口が開く。私は距離を詰めて蹴りかかろうとします。はぐれないため、と先輩は両手を伸ばし、拍手しようとします。

 私を耳をふさいでいる。

 だからそんなものは無駄なんですよ!


 パンパン。


 二拍手。

 しっかりと耳に聞こえました。


 その瞬間、私の目の前から二人の姿が消えます。認識できなくなった。先輩の幻により、二人を知覚できなくなったのです。これでは、追跡も適いません。


 でも、どうして。

 耳はふさいでいたのに。


 思考を巡らせます。

 後部から思いっ切り殴られます。

 多分、パイプ椅子です。

 気を、失う。

 その瞬間、私は自分が今いる部屋がどんな部屋かやっと、気が付きました。


 機械に、マイク……。

 マイク音量はマックスになってる。 

 ここは……放送室です。


 そっか。わかりましたぁ……。

 耳をふさいでいても、聞こえるような、大きい音を出しているだけだったんですね。

 これは、私の……対策不足です……。


 そこで、私の意識は途絶えました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る