第7話 文豪のように


「あいつは十代の頃に何度も入院していたらしいぜ。だいだい分かるよな、あのリスカの傷跡を見れば。俺さ、真さんのこと嫌なんだよね。女子ってああいうひ弱な美青年に惹かれるなんだよなー」


 燕が美少年やら美青年というワードを使用するときは大概人を罵るときに使う。


 燕にとって美少年・美青年というワードは嫌いな人と遭遇したときにブス! と罵る人がいるように悪の常套句なのだ。


 たぶん。


 真さんと初めて出会ったときもその傷は目立っていた。


 朝凪でも区切りとしてのフェイスシールドは鬼の首を取ったように用意されていた。


 



 日曜日の遅い午後、トッピングされているアボカドソースが外気に触れてはみ出しそうで、包んであるカバーには照り焼き醤油が一堂に集まっている。冷えたフライドポテトが湿気にくるまり、舌先に滲ませようと画策している。


 氷が解け、ぬるくなったジンジャーエールからは机の底が見えていない。




「真さんに聞こえるんじゃない。ちょっとは静かにしてよ」


 苦虫を噛み潰したような顔つきの燕に私は警告する。


 奥のカウンターでは真さんが陽の光を浴びてことがないんじゃないか、とヒヤッと思わせるような白い手で黙々と皿洗いをしていた。




「燕は最近短歌を詠んだの?」


 燕は鼻の下に人差し指を当ててまるで意固地になった文豪のようにふふん、と唸った。


「それが結果待ちなんだよ」


 その上唇を触れた人差し指で注文したコーラに刺さってあるストローに触れる。


 燕はよく人差し指を鼻先に持っていく。


 それが慢性化した癖みたいでひょんなときにそれが現れる。


 燕のお母さんからはやめなさい、としつこく注意されているのだが、本人は変えるつもりはさらさらないようだった。


 見ていてあまりいい気分はしないけれども、短歌の話題になったときは書斎で優雅に珈琲を飲んでいる口髭を蓄えた文豪のようにも思えるから不思議。


 どの公募に出したの、と仕方なく尋ねると燕は誇らしげに胸を叩いた。




「短歌の新人賞に出したんだよ! 最年少受賞を狙っているんだ」


 短歌を嗜んでから数年そこそこで新人賞に出す、燕も上昇志向は半端ない、と私は違った意味で感心した。


「五十首を生まれて初めて出したんだよ! いやいや、大変だった! 椿には想像も尽かないだろう。毎晩スマホの時間を惜しんで捻り出したぜ。ふん、ふん、受賞の暁には雑誌やネットニュースで俺の写真が出ずっぱりかなあ」


 私が長々と質問する前によほど自慢したかったのか、燕のはしゃぎ回る子どものような口先は止まらなかった。


 ご満悦に浸っている燕が金屏風の前でわざとらしくピースサインを取っている姿が反射的に浮かんだ。


 



 十代での受賞がどれほど珍しいのか、その界隈を詳しくない私にはあまり覚束ないけれども、県大会で優勝を飾るよりも名誉だとは分かる。


 文学に新風を吹かせるような非凡な才能を約束された人じゃない、と十代での受賞はなかなか難しいだろう。


 



 そのタイムリミットまであと三年弱しかないのだ。


 私も何かやれる目標はないかな、と脳裏に思い巡らせても私ができそうな達成はあまり鮮明には浮かばなかった。


「燕ならば受賞できるんじゃない? 私と違って言葉にセンスがあるし」

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