第13話 一週間後に向けて

 ゆっくりと眼を開ける。視界に入ってきた天井は、よく知っている保健室の物だった。


「戻ってきた・・のか」


 つい先程迄の事は夢か何かだと思ったが、それにしては記憶がはっきりしている。教わった事も覚えているし、課された事も例に漏れず。

・・・ボコボコにされたのも言わずもがなである。


「おぅ起きたか。ったく腹ぶん殴って気絶させるたぁアストルも無茶しやがるもんだ。悪かったなジン」

「お世話かけたみたいですみません【カーチス】先生」


 彼は人魔教育学園一号館の保険医であり、アストルの叔父でもあるカーチス・マーティン先生だ。

 貴族でありながら誰に対しても分け隔てなく接するので、一部の貴族至上主義者以外からは好かれている。


「気にすんなって。あの脳筋が漫画か何かに影響されてやったんだろ?お前はなーんも悪くねぇって」

「とりあえず一発お見舞いしてきます」

「ハハハハハ!!そりゃいい!結界の外で喰らわせてやれ!」


 僕が笑顔で「甥を殴る」と言うとカーチス先生は大笑いしながらそれを促す。

こういうやり取りが出来るってだけで僕達平民はこの先生に好感を持てるんだよな。


「ところでジンよ。お前がベッドで寝ている間何回か苦しそうにしてたけど身体は大丈夫か?」

「・・・いえ、もう痛みも無いので問題ありません」

「そっか。本人がそう言ってんなら俺からはなんも言わねぇよ」


 恐らく師匠達に扱かれている時だろう。こういった事にも深く追求してこないので本当に助かる。ありのまま伝えた所で頭のおかしい奴と思われるだけだしね。


「じゃあありがとうございましたカーチス先生」

「おう。あの馬鹿にイイのお見舞いしてやれや」


 笑顔で拳を握り、僕を見送ってくれた。

さて、あの馬鹿は何処にいるだろうか。


 ジンがアストルを探す。四方を見渡すと近づいてくる人物が目に入った。


「やっほージン!アストルに殴られて気絶させられたって聞いたから様子見に来たんだけど元気そうね」

「心配してくれてありがとうリリナ。とりあえず今はお返しする為にアストルを探してるんだ」


 ジンに話しかけてきた黒髪ショートヘアの活発そうな彼女は、同学年短剣科目主席のリリナ・カストル。彼女もまた貴族の家柄だが、自分に追いつこうと努力を続けているジンを認めている一人である。


「アストルならもう帰ったよ?」

「はぁ!?彼奴僕の事をほったらかしにして先に帰ったの!?」

「うん。そもそもアタシはアストルからジンの事を聞いたんだもの。そしたら『また模擬戦しような!また明日!』って伝えてくれって」


 彼奴は本当に友達なのだろうか?かなり疑わしくなってきた。普通自分が気絶させた友人をほったらかしにして帰るか?

 ・・・一発じゃ駄目だな。どうしてやろうか。


「っていうかズルいよジン!いつもアタシが模擬戦誘っても断る癖にアストルとアイリスとはやってるなんてさぁ」


 ぷく~っと頬を膨らませながらリリナが僕を睨みつけてくる。僕よりも長身ながら、間違いなく美人と言える彼女のその表情は多数の異性の視線を集めるだろう。


「いや・・・、僕もやりたくてやった訳じゃなくて、アストルとアイリスに無理やり連れて行かれたんだよ。案の定ボッコボコにされたしさ」

「じゃあアタシとも一戦やろうよ!最後にジンとヤったのって去年の冬じゃん。そろそろ身体が疼いてしょうがないんだよ!アタシが本気でヤれるのってジンしかいないし!」


 周囲の男子達の殺気混じりの視線が僕に集中する。もしかしてリリナわざとやってる?誤解しか生まない様な言い方は止めてほしい。僕達は普通のクラスメートなんだよ・・・。


「何言ってんのさ。それこそアストルやグランと戦えばいいだろ?僕より強いんだから」

「短剣同士で勝負出来るのはジンだけでしょうが!」

「なんで獲物にこだわるのさ・・。それに短剣同士じゃ余計に僕が勝てる可能性なんて無いじゃないか」

「え~!いーじゃんいーじゃん!一回だけ!一回だけでいいからヤろうよジ~ン~!!」


 大声で叫びながら僕の腕に抱きつき揺らしてくる。殺気が増えた様だ。勘弁してくれ・・・。


「どっちにしても来週の期末模擬戦で戦おうと思えば戦えるんだから今じゃなくてもいいでしょ」

「待てないよ~!もう半年以上もしてないんだから今すぐヤろうよ~!」


 ヤバイ。もう四方八方からとんでもない視線を感じる。師匠達と会う前の僕だったら冷や汗と鳥肌で凄い事になっていそうだ。これは少しだけど胆力がついたって事だろうか。


「・・・もう一週間だけ待っててリリナ。僕やらなくちゃいけない事があるんだ」


 真顔で真剣に伝える。仮に今リリナと模擬戦をしたとしても僕は負けてしまうだろう。それは今迄の学園生活の全てが物語っている。

 一週間後、師匠達の言う通りグランに勝てる様になっていればリリナとも渡り合える筈だと。


「・・・ジン、何かあった?」

「え?」

「今のジンはなんか・・、上手く言えないけどいつものジンと違う気がする」

「そう・・かな」

「うん。なんか自信っていうかやる気っていうか・・・、何かを掴んだって感じの顔してる」

「掴んだ・・・か。まだ掴もうとしてる途中なんだけどね」


 僕が真剣なのが伝わったのか、リリナは僕の腕を離して話してくる。

そんなリリナに僕ははにかんだ。


「必ずこの一週間で掴んでくる。だから楽しみにしててリリナ」

「・・・わかった。楽しみにしてるね!」

「うん。頑張ってくる。じゃあねリリナ」


 そうして僕はリリナに別れを告げて家路につく。ひとまず家の手伝いと夕飯を済ませてから、寝るまでラダートレーニングをしなければ。

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