第7話 勇者の黒歴史

「さて、小僧が正式に我らの弟子となった事であるし早速稽古をつけるとするか」

「あ、魔王様すみません。あと二点程お聞きしたいことがあるのですが」

「ん?」

「お二人は互いに殺し合っていた間柄と聞いていたのですが僕にはどうもそんな風には見えないのですが・・・」


 気になっていた事二つ目だ。命の取り合いをするなんてとても思えない。

互いに歯に衣着せぬ物言いをし合っている正に竹馬の友とでも言うような仲に見える。


「なんだよ、そんな事が気になってんのか?」

「それはそうですよ!だって普通ありえないですよこんな事」

「まぁ小僧の言う事も最もではある。答えは至極単純な事よ」


 いや単純って言われてもわからない。どう考えても殺し合いをしていた勇者様と魔王様がこんな気心知れた友人みたいになる理由なんて僕には思いつかない。


「まぁここら辺の考え方とかもその内俺ら寄りになるだろ」

「そうさな。では小僧。目を閉じて想像してみよ。死ぬ事も無く、娯楽も無く、食事も睡眠も必要ないこの白き世界で50年間仇敵と過ごす事を」

「・・・何処かのタイミングで心が折れますねこれ」

「左様。勿論最初の2年間程はちょいちょい小競り合いのような事はあったがな」

「どうしたって決着なんか付かねぇ事に二年経って漸く気づいたんだよ。」

「そしてそれからは我らの目的との為、互いの手の内を晒して研鑽を積んでいたという事だ。」

「それで今のお二人があると」

「そういうこと。おかげで色んな事の考え方が根底から変わったって訳だ」

「それで効率化ですか・・・」

「些細な事ならば深く考える事もないが、命や譲れぬものがかかっている時は周りに何と言われようが勝つこと、生き延びる事を最優先とした効率的な考え、動きを迷う事なく行えるかどうかが重要という事だ」

「それを俺らが叩き込んでやるって訳だ」

「なるほど。お答え頂きありがとうございます」


 正直今すぐ自分がそれを出来るとは思わない。正々堂々が当然の世界で卑怯な戦いを行うのは人道を踏み外した奴しかいない。

 でもこの二人に付いて行けば僕は間違いなく成長出来ると思う。

 何時も何時も一番を取ることの出来なかった僕に見えた光明。今はこの道を歩んでいこうと心に決めた。

 そしていよいよ一番気になっていた事を聞いてみる。


「では最後の質問を失礼いたします」

「うむ」

「この世に存在する全ての武技、魔法はその技名や詠唱を発した後に発動するものと学びました。現にハンターの方は疎か勇者パーティや五天魔の方々ですらそうしています。ですが先程のお二人の戦いではそのような事は一切ありませんでした。これはどういうことでしょうか?」


 これが最大の謎だった。

二人の戦いは世界の常識を無視していた。まともに動きは見えずともあれだけ叫びながら戦っていたら声は嫌でも聞こえてくる。

 だが様々な技や魔法を繰り出しているにもかかわらずその技名や詠唱が一切聞こえなかったのだ。これを聞かずにいるのはいくらなんでも無理というものだ。


「良い着眼点してんな坊主!」

「これについては第一の修行を修めた後に教えてやるつもりだったがまぁ良い。中々良い質問だ小僧。これも我らが考えた効率化の一つだ」

「例によって今の坊主からしたら相当卑怯に思える事だろうが平気か?」


 ここまできてこの謎の答えをお預けにされる事は軽い拷問である。

それに僕はこの二人の弟子になった訳だし、お仲間の方々も問題にはしないだろうと言っていた。だったら今は少しでも吸収して強くなる事が僕の望みでもある。


「抵抗が無いとはまだ言えません。ですが僕を鍛えてくれると言って下さっているお二人の効率化という考えは今までの僕には考えもつかないものでした。だとしたら僕に出来る事はお二人のご期待に少しでも沿う事だと思いました。だから学ぶ事に異論はありません!」


 そう。今は何よりも強くなる方法が知りたい。真っ直ぐ頑張ってきた結果が現状なのだから、そこから更に飛躍する為の可能性を掴めるのであれば多少の不満は呑み込める。

 僕は知りたい。伝説の両雄、歴史上最強と謳われた二人の知識を。

僕も行ってみたい。目の前で繰り広げられた異常とまで言える戦いが出来る世界へ!


「良い返事だ。その適応力と貪欲さは今後の小僧に良き道を示すだろうな」

「間違いなく教える事になるだろうとは思ってたけど・・・いざとなると口に出すのスゲェ嫌なんだけど俺」


 勇者様が急に渋い顔をする。何か危険な事でもあるのだろうか?

それでも僕も此処まで来て腰が引ける程覚悟が無い訳ではない。なんであろうとやってみせる!


「お願いします勇者様!どんなに辛い事でもやってみせます!・・・なのでどうか!どうかご教授願いますっ!!」

「ほれカイルよ。我らの弟子の最初の願いぞ。人間最強と言われた貴様の・・グフフッ、ふ、懐の深さを教えてやったらどうだ?ッハハハ」


 魔王様が何かを堪える様に勇者様へ説明を促す。途中から笑いながら。なんで?


「だぁあああ!糞魔王!おめぇわかってて言ってるだろ!!」

「グフフ・・ごほっごほっ!な、何の事だか?クハハ」

「あの・・・勇者様?魔王様?」

「~~~~っ!!!」


 正に大爆笑を堪えている様子の魔王様と何故か顔を真っ赤にしている勇者様。

状況についていけない僕は二人を見上げる。


「・・ずかしくなった・・・」

「へ?」

「声が・・小さいぞカイルよ・・・ブフフックックック」

「んがああああああああ!!!恥ずかしくなったんだよ!」

「は、恥ずかしい?」

「そうだ!此処に来る迄は俺だって何も考えず技名言ってたさ!!でもそこの糞魔王と戦い方や考え方とかを照らし合わせて効率化していく段階で、態々んな事口に出さなくても技も魔法も使えるっつー考えに至ったんだ!そんでいざそれが出来る様になったら自分で考えた一つ一つの技に名前なんか付けてイチイチ声に出してた事が妙に恥ずかしくなったんだよ!!!」

「ダーーーーーッハッハッハッハッハッハ!!!!フハハハハハハハハハハ!!!!」

「腹抱えて笑い転げてんじゃねぇ糞魔王!!!」


 魔王様大爆笑。勇者様顔真っ赤。え?技名を言ったりする事が恥ずかしいって何?どういうこと?


「ど、どういう事ですか?技名を口に出すのが恥ずかしいって・・・」

「だから!良い歳した大人が戦う度に技の名前を声に出すっていうのが恥ずかしくなったの!!」

「えぇ~~・・・」

「ファ~~~~~ハハハハハハ!!!!フフフハハハハハハハハハハ!!」

「うるせぇバカ野郎!何時までも笑ってんじゃねぇ!!」


 世界の常識、当たり前の事に対して”恥ずかしい”?良い歳した大人?

子供から始まり普通の大人や戦闘を生業にしているハンター、それどころか勇者パーティや五天魔の方々だって技を出す時は技名を声に出す。詠唱を紡ぐ。

 誰しもが不思議に思った事が無い、思う筈が無い事を恥ずかしいと思った?

この人の思考はどうなっているのだろうか。


「あ~笑った笑った。小僧が来た途端こんなにも笑える様になるとは今後も楽しみだ。フハハ!」

「あ~~もうっ!だから言いたくなかったってんだ!!」

「貴様の最大の黒歴史を今吐露したのだからもう憂いはなかろう。変に格好つけてごまかして後々恥の上塗り等にならなくて良かったと考えるべきではないか?」

「それは・・・そうだけどよぉ~」


 人の肌ってこんなに赤くなるんだ。また一つ知識を得た。・・・別に戦いには役にたたないけど。


「さーて、一頻り笑わせて貰った事であるし此処からは我が説明してやろう。無論恥ずかしい等という理由ではなく効率化の話である」

「お、お願いします魔王様」


 顔真っ赤なままの勇者様が頭を抱えて蹲ってしまっているのに触れず、魔王様が説明を始める。


「まず小僧に問おう。例えば剣技において汎用性の高い飛斬を小僧が使用する」

「はい」

「では飛斬を発動する際に『飛斬』と発する利点はなんだ?」

「・・・は?」

「例えばの話ではあるが想像せい。小僧は今人殺しの盗賊と対峙しておる。そしてその盗賊を倒す為に飛斬を放つ。この時『飛斬』と発する利点を答えよと言っている」


 問の意味が全く理解出来ない。何度も思うがこれは世界の常識だ。そもそも技を出すのに技名を発するのはそれが必要な事であるからという答えしか考えつかない。

 極端な話、水を飲むのに口から飲む利点を答えろと言われているに等しい。


「・・・技名を口にしないと技が発動しないからです」

「うむ。正解だ」


 正解なの!?え?じゃあさっきの質問って何の意図があったの!?


「だが効率化の考えにおいては不正解だ。そもそも技名を発する利点は皆無である」

「え?でもそれではただ剣を振るだけで飛斬は発動しません」

「ならば聞くが、剣を持たぬまま素振りは出来るか?」

「剣を持たずに素振り?」

「左様。空手で剣術の型をなぞらえて素振りは出来るかと問うておる」

「型をなぞるだけなら・・・出来ると思います」

「そうだ。例え獲物を持っていなくとも素振りはどんな武器の練習でも出来る。この考え方が小僧の質問の肝だ」

「模擬武器等を持たずに素振りが出来るという考え方が肝・・・」

「まず前提としてそもそも技名なんぞ飾りでしかない不要な物なのだ。我らの辿りついた答えはこの世の常識を覆す成果を出した」

「それは一体・・?」


 世界の常識を破るどころか覆すときた。今日何度目かわからない喉を生唾が通っていく音が脳内に響く。


「全ての技!魔法を発動する為には技名の発声も呪文の詠唱もいらぬ!必要なのは”技が出る”!”呪文が発動する”事に繋げる為のキーと意識の改革である!!」




 すみません魔王様。熱く語って下さっている所申し訳ないのですが・・・・・さっぱりわかりませんっっ!!!

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