第四話 魔法使いの世界

 ――――


 白く滑らかなカーテンの隙間を

 暖かい日差しが通り抜ける。

 ベットの上では黒い長髪の女が、

 やつれた顔に笑みを貼り付け横になっていた。


 これは記憶。色褪せない心の情景。

 朝霧桃香のターニングポイント。


 やつれた女が声を発する。


「ごめんね、桃香。お母さんはここまでみたい。」


 ――いやだよ、もっと一緒にいてよ。


「大丈夫。あなたはお父さんに似て強いから。」


 ――なんで。なんでお父さんはいないの?

 お母さんが苦しんでいるのに、どうして!?


「……ごめんね、お父さんを許してあげて。

 あなたは自由なの、自分を信じなさい。

 自分の信じる『正義』に従い、なさい。

 ……桃香、愛してる。」


 娘の返事を聞くこと無く女は深い眠りについた。


 このときは確かに恨んでいた。

 その熱意に従い、警察学校を卒業後、

 そのまま巡査部長にまでなれるほどに。


 しかし、この嫌悪すべき負の感情は

 とうに風化してしまったと朝霧自身考えていた。


 警察として功績を上げるほどに、

 町の治安を守れることへの優越感があった。

 被害者からの感謝の言葉、

 町ゆく子供たちからの元気なあいさつ。


「お巡りさんありがとう」


 この言葉がいつしか朝霧の『正義』となった。

 だから、復讐心なんてもう心に無いと、

 ……そう思っていた。



 ――――


「ウガシャア――!!!!」


 自制の効かない体が叫ぶ。

 体中に張り巡らされた糸が自由を奪う。

 ほとんど残っていない理性は

 悪夢を見ているような息苦しさにもだえる。


(誰か……私を、とめて!)


「理性は無いと見て良いな、討伐する。」


 フィオナが構える。

 レザーグローブを装着した両手を

 胸の前でクロスさせる。

 瞬間、一部の露出した指は糸を吐いた。


 既に身動きの出来ない朝霧の体に、

 さらに糸の拘束を纏わせる。


 ギチギチと締め付けられる糸。

 か細い割に全く動かせない。

 抵抗を続ければ続けるほどキツく、

 朝霧の体を締め付ける。


 糸の一つが首にかかる――


「ア、アア――!!」


 危険を直感し体が動く。

 幸運にも雨で濡れた右腕が糸の拘束を抜ける。

 怒濤の一日。

 もう残り少ない体力を腕の一振りに乗せる。

 糸はビリッと鋭い音を立て引きちぎれた。


「――なるほど。アトラスが殺されるわけだ。」


 驚嘆しながらも落ち着いた口調で

 女は次の攻撃に移ろうとした。その時――


「逃ゲ……テ」


 朝霧の瞳にわずかに理性が戻る。

 フィオナは攻撃をやめた。


「コレ以上……人を、殺したく、無い。」


「――ああ、分かった。ゆっくり休みなさい。」


 フィオナが大きく両手を引く。

 瞬間、朝霧の服に縫い付けられた

 無数の糸が朝霧を高速で後方へと引っ張った。


 激しい音を立て壁に激突する朝霧。

 その体から意識は抜け落ち、そのまま気絶してしまった。



 ――――


「フィオナ! 終わったか? 終わったな!

 すぐずらかるぞ! もう人払いの術が

 効かない騒ぎになってる。」


 慌てるドレイクが声をかける。

 フィオナは朝霧を抱えて立っていた。


「おい……その娘をどうするつもりだ?」


「この子を私たちの世界へ連れ帰ります。」



 ――魔法世界・とある病院――


 白く滑らかなカーテンの隙間を

 暖かい日差しが通り抜ける。

 ベットの上で朝霧が目を覚ます。


「あ……れ? 私は何を……?」


 フワフワする頭で記憶を辿る。


(たしか強盗殺人犯を追っていた。

 そこで大男と出会い、そして――)


 嫌な記憶が呼び起こされる。

 中林の死、自分の半死、骸骨頭。

 そして暴れる自分が感触までも……


 恐怖で思わず腕を抱える。


 そんな朝霧に声を掛ける者が現れた。

 振り向くとそこには、

 記憶の中にもいた赤い髪の女性が立っていた。


「おはよう、朝霧桃香……で合っているかな?

 私はフィオナ。」


 ――瞬間、朝霧は酷く怯えながら彼女を拒んだ。


「来ないでっ……! 今の私は普通じゃ無い……!

 貴女まで殺してしまうかも……!」


 殴り殺した感触が蘇る。血の匂いが蘇る。

 しかし、狼狽する朝霧にフィオナは接近した。


「――それは無い。

 既に君にはを掛けさせて貰った。

 我々の手錠にも使用されている優秀で有用な術だ。」


 朝霧は困惑する。目の前の女の言葉が理解出来ない。

 言語的に、では無く意味的に理解が及んでいない。

 そんな朝霧を置きフィオナは続けた。


「魔法の研鑽けんさんに暴走は付きものだからな。

 制御ならともかく、制限するだけなら簡単だ。

 君の場合は異常な魔力量による過負荷が原因だろう。

 であれば、この制限魔術で十分防止が――」


「――あのっ……! そうじゃ無くて……!」


「……あぁ、失礼! 説明の順序が違ったな。

 そうだな、まずは――窓の外を見てごらん。」


 言われるがままカーテンを開ける。

 そこには綺麗で発達した都市があった。

 だが、思考がまとまっていない朝霧ですら

 すぐに気がつくほどの異常があった。


 


 独特なデザインの高いビル群。

 支えも無く浮遊している建造物も確認できた。

 遠くに見える広い水域が都市を一層映えさせる。

 空飛ぶ車でも出てきそうな、SFの世界が広がっていた。


「ようこそ、魔法使いの世界へ。」



 ――――


 目覚めてから数分後。

 朝霧はようやく落ち着いてきた。

 フィオナが簡単な説明を行い、

 朝霧も冷静に自分の状況を確認した。


 大男の正体は魔法使いのアトラス。

 フィオナたちは魔法世界の警察組織『封魔局』であり、

 その魔法使いアトラスを追っていたこと。

 そしてアトラスは彼女たちの追跡を逃れるため、

 朝霧たちの世界へと侵入したこと。


「魔法……使い。」


 朝霧の脳裏ではその言葉が繰り返される。

 普通なら到底信じられるものでは無い。

 だが、アトラスという大男が操った光の玉や

 今まさに窓から見える景色がそれを証明している。


「でも……なんで私が、そんな世界に……?」


 不安から震えた声で質問をする朝霧を気遣い、

 フィオナは彼女のために水を用意してくれていた。

 朝霧は差し出されたコップに手を伸ばす。


「それは君が既に――」


 ――パリンッ!


 フィオナの言葉を遮るように、

 コップは朝霧が握りしめた瞬間した。


「……え?」


 破片で傷つき血を流した手を見ながら朝霧は恐怖する。

 ほんの少し、力が入ってしまっただけだった。

 なのにコップは跡形も無く粉砕されたのだ。


「出力を制限してもなお……か。凄まじいな。」


 すると怯えて震える朝霧の手を

 フィオナは握りしめて傷口に指を当てた。

 そして――


「魔術行使――天使の章、第三節『ラファエル』。」


 呟くようにそう呪文を唱えると

 朝霧の手に深く刻まれていたはずの傷が消えて行く。

 数秒の後、その手は元通りの状態となっていた。

 朝霧は今まさに、魔法を目撃したのである。


「回答の続きだ……今見せた怪力、それも魔法の力だ。

 君は既に神の祝福を受け――使。」

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